1599年12月1日 蜂起
ユカタン半島・カンプチェのエンコメンデーロであるガルシアは鬱憤を貯め込んでいた。彼が経営する農園ではカカオ、トウモロコシ、サトウキビなどをモヒート(混血者)やアフリカンを使役して栽培しているが、昨年、エスパーニャ本国との貿易停止が公布されて以来、販路が見つからず農園は赤字になった。その上、教会からは奴隷廃止、使役している労働者に相応の対価を払う事を執拗に求められ行き場のない怒りを常に胸に抱えてる状況だった。
「メヒコ湾内の海賊は全滅したそうじゃないか?なら、本国との貿易を再開できるのではないか?」
メヒコ湾に面するカンプチェの港は度々海賊に襲撃され大きな被害を受けていた。だが、8月のタンピコ港での戦いでこの地域の海賊は一掃されたと聞いていた。
ガルシアは奴隷解放などはなからする気がなかった。そもそも本国からは幾度となく新法が発布されその都度、奴隷禁止が謳われていたが守った事もなかったし訴追された事もなかった。世襲も禁止されているがガルシア自身、父親から農園を引き継いだ二代目である。
だが、今回はこれまでと何か違う!ガルシアは漠然と不安も感じていた。
フランシスコ会、アウグスティノ会、ドミニコ会とも以前より強硬に奴隷解放を要求してきているのだ。これまで通用してきた賄賂など今回は全く受け付けてもらえない。
城壁に守られたカンプチェの街の一画でエンコメンデーロ達の会合が行われていた。カンプチェには4人のエンコメンデーロがいる。
其々、街の北東、東部、南東に大農園を所有している。もう一人は湾内で真珠漁をしている者である。
ガルシアが皆に問う。
「今回の件、どう思う?海賊はいなくなったのに本国との貿易は再開せずこの地のモヒートらの生活水準を向上させるだと!ふざけてると思わんか?」
『確かに、アカプルコに来る交易品も以前の絹や象牙等の高級品から麻、木椀、陶器等の庶民の品に代わったと聞くな』
『ヌエバ・ヘルサレムからの品だと言って司祭達が有難がっているらしいぞ』
『真珠を教会に売りに言っても、従業員にちゃんと給金払ってるのか?としつこく聞かれてやりにくい事この上ないわ。真珠漁はアフリカン奴隷は使えないからモヒート頼りなので支払いが滞ると直ぐに教会に知られてしまうのでな』
体脂肪の少ないアフリカンは深く潜れず海猟には適さないのである。
「俺達が作った品物は売る相手がいない。そのうえ、従業員には給金の支払いを求めらる。これじゃあもうエンコミエンダなんてやってられないじゃないか!」
『しかし、我らに他に何ができると言うのだ?我らは経営しかしたことないのだぞ』
『商売相手がいないなら作ればよい。金がないならある所から取って来るしかないのではないか?』
「それって、どういう意味だ?」ガルシアが真珠漁のエンコメンデーロに尋ねる。
『簡単に言えば、俺達が海賊になるって事さ。農園やってももうからないなら従業員のアフリカンやモヒートを使って金のある所から取ってくるしかないって意味だよ』
カンプチェのあるユカタン半島は首都シウダ・デ・メヒコから遠い辺境にあり、ベラクルスから船でアクセスするのが普通なのだ。
つまり、海賊達は憎い略奪者であると同時に、結果的にシウダ・デ・メヒコからの締め付けを逃れ好き勝手やれる防波堤の役目も担っていたのである。
『船はどれくらいあるのだガスパール?』ガスパールとは真珠漁エンコメンデーロのことだ。
『全部で100隻くらいはある。今はハリケーンシーズンでもないし、やるなら今だぞ』
『だが、真珠漁の船で海軍に勝てるのか?タンピコではアンヘル(天使)が空を舞って援護したという噂だぞ』
『そんなの教会が流したデマカセに決まってるだろう。それに今まで海賊に襲われる度に救援を要請していたが、一度として海軍が来たことがあるか?この地には海軍なんてないんだ。他の町のエンコメンデーロにも声かけて一切に蜂起すればシウダ・デ・メヒコまで進軍できるかもしれないぞ』
「確かに他地域のエンコメンデーロも困窮しているだろうな。ガテマラ、チアパス、オアハカ、テグシガルパ、サンタ・アナ辺りにはエンコメンデーロの農場も多い筈だ。一切に蜂起すればシウダ・デ・メヒコも対処できまい」
『カンプチェの印刷屋にシウダ・デ・メヒコが富を不当に搾取してという記事の新聞を書いて貰い配って回ろう』ガスパールはやる気満々だ。
この新聞は各地のエンコメンデーロの元に届き、彼らは『シウダ・デ・メヒコの搾取を正し真の奴隷解放を!』をスローガンに奴隷に武器を与え蜂起した。槍で武装した兵を従えエンコメンデーロ達はシウダ・デ・メヒコを目指す。北上するに連れて周辺のエンコメンデーロも加わりシウダ・デ・メヒコに迫るころには総勢1万以上の大軍になっていた。




