1599年8月10日 ガレオン船到着
一気に七か月飛びました。
ガレオン貿易は嘗ては本国からの指示で年2回に制限されていたという。だが、当面、本国に物資を運ばない事にした以上、制限に縛られる必要もなくなった。今年はマニラに3回向かうことになった。
この貿易に使用するガレオン船は全てフィリピンで製造されている。熱帯雨林のフィリピンにはアカプルコ周辺とは比較にならない程、木が潤沢にある為だ。現地では現在も貿易拡大に向けフル稼働で造船中だそうだ。
ガレオン貿易は従来は主としてアカプルコから運んだ銀と、倭寇船が持ってきた香辛料や象牙、明の磁器・陶器・絹が交換されていたが、磁器・陶器・絹は日ノ本でも産するようになって以降、専らヌエバ・ヘルサレム、日ノ本と交易するようになっていた。そもそもエスパーニャ本国に物資を運ばない以上、磁器・陶器・絹といった高級品はさほど需要がないのだ。代わりにヌエバ・ヘルサレムと友誼を結んでいるという事実の方がエスパーニャ人には大きかったのだ。行きは貿易風に乗ってマニラに直行、帰りは日ノ本の浦戸に立ち寄り、交易方々、船員総出でデウスやヘススを祀る”ヤシロ”と呼ばれる教会で祈りを捧げ施しをし、偏西風に乗って帰還するというのがこのところの通常ルートとなっていた。当初の目的の一つだった明への布教は一向に捗らないので匙を投げた形である。その結果、明は銀の獲得手段を失い、日ノ本は銀を得る機会を得たのみならず、ヌエバ・エスパーニャに人材の投入も行えるようになった。油井採掘の施設部隊、新たな教会を造る宮大工、そして商人だ。無論、職業を偽った忍びもいる。
今年は既に5月と7月に二度アカプルコにガレオン船が来航した。5月に来たのは主に宮大工でグアダルーペ周辺を視察し水も潤沢にある事を確認すると、”ヤシロ”の建築に適していると判断したので、司祭達や副王を大いに安堵させた。彼らは現在は建設に必要な木材を探しに南部ガテマラ方面に出張中だ。一部施設部隊も来たので彼らは油井の採掘に向かった。
そして、7月にやって来たのは施設部隊の第2陣と海賊対策部隊である。
施設部隊は南部のビヤエルモサに油井の採掘と施設設置に向かった。
一方、海賊対策部隊は施設部隊第1陣が油井を採掘している北部にある港町タンピコに向かった。
*ガテマラ北方の密林地帯*
ガテマラでマヤ人と接触したヌエバ・ヘルサレムの神官・聖女・宮大工の一行は北部密林地帯のケハチェに来ていた。ここは未だエスパーニャに抵抗するマヤ人の地である。ケハチェの密偵の案内で密林を調査した一行は、落ちている枝等からデガメと呼ばれる木が杉に似ており神社の造営に最適と判断した。ケハチェの部族を率いる長と交渉に入る。
長達はエスパーニャ人とは体の大きさも肌の色も明らかに異なる珍客に興味を示した。
「遠くからようこそいらした。客人達よ。我らの木が欲しいそうだが、この密林の木は我らを守るために欠かせない存在なのだ。伐採を認める分けにはいかん」
神官の甲賀衆が答える。
『皆さんがエスパーニャ人に侵略されているという事は聞いております。私達はエスパーニャ人とも友好関係にありますのでこの地を神の地と認定し決して攻撃しないようエスパーニャ人に約束させます。それに、私達が必要としているのはデガメの木のみです。森が裸にならないよう伐採はあなた方にお任せします』
神官はそう言ってデガメの木の枝を見せた。
「エスパーニャ人が密林に入らないのなら、その取引応じても良い。だが、対価は何をくれるのだ?」
『エスパーニャ人が取っている銀は如何でしょう?それとも、なにか欲しい物はありますか?武器以外なら提供出来るかもしれません』
「実はこの密林の西の方に黒くて臭い水が出るのだ。そこだけは穢れているのか木も生えておらん。皆さんの力であの黒い水を取り去って貰えないだろうか?」
これを聞いた神官いや甲賀衆は内心破顔した。いつどうやって臭水の採掘を切り出そうかと思っていたのだ。まさか、向こうから言い出してくるとは。
『土地の浄化は我らの国・日ノ本の得意とする事です。お任せください。時間は掛かりますが専門家を呼び、黒水を取り去り美しい土地を取り戻して差し上げます』
その後、彼らの集落に招かれた一行はラモンの木の種子から作ったパンやその果実で持て成された後、ガテマラに帰還した。ガテマラでは司祭に、
・ヤシロに良い木材が見つかった事
・密林地帯は神の地であるから攻撃してはならない事
を伝えた。




