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落ち武者・歴史は知らない理系リーマン、化学チートで戦国を駆ける   作者: ディエゴ
第8章 旭日昇天・ヌエバエスパーニャ編
233/272

1598年9月3日 フェリペ2世

現在の日ノ本は東西南北に展開中です。従って時系列に沿って描くとあちこちに場面が飛び収拾付かなくなってしまいます。よって、本章以降は各方面毎に章立てして書いていくことにします。

本章は日ノ本から見て東のヌエバ・エスパーニャ編ですが、次章は時間を戻して、別の方面軍を描く。そんな構成にしていきます。

*マドリード王宮 フェリペ2世*


病床に伏せる彼は、物憂げな表情で3通の信書を読み終えた。


信書の差出地は何れもシウダ・デ・メヒコ。差出人はフランシスコ会、アウグスティノ会、ドミニコ会の司祭達である。同じ内容と思われる信書が彼が読んだ物とは別に各々2通ずつ届いており、あて先はそれぞれローマの各会派の本部宛とヴァチカン宛てである。


書を読み終えた彼はひときわ深い溜息をついた。


「あれは、何年前だったか?かつてイエズス会も同じような内容の信書を送って来たな」


イエズス会はポルトガルとの結びつきが強く、今ではリスボンのジェロニモス修道院や、自らがポルトガル副王に任命した枢機卿がいるシントラ宮殿の前に奇天烈なゲートと水場が設けられ、不可思議に折り曲げられた白い紙をぶら下げて装飾しているという。


エスパーニャ帝国皇帝として、その最大版図を築いた彼も既に齢70を超えていた。


レパントの海戦でオスマン帝国を破り、ポルトガル王を併吞してイベリア半島を統一、合わせて両国が海外に持つ広大な植民地を継承し「太陽の沈まぬ帝国」と称されるほどの大帝国を打ち立て、広くなり過ぎた領土によりおきた慢性的な兵の不足により、領土防衛策に腐心する等、他国の王では体験できないような悩みを抱える時期もあった。


全てが狂い始めたのはイングラテッラとのアルマダ海戦に敗北してからである。


無敵艦隊と称された自慢の海軍が大敗して以降は、属国だったネーデルランドの独立を許し、イングラテッラ共々、自らの弱体化した海軍をあざ笑うかのように新大陸との交易路で海賊行為を繰り返しているがそれを食い止める手立ては最早なかった。


「この信書が無事に届いた事だけでも主に感謝しなければならんな」


彼は側仕えに命じ、側近を呼んだ。


直ぐにレルマ公爵とウセダ公爵が馳せ参じた。


「この信書を各宛先に届けよ」


『はっ!』


王の命令に公爵達は直立不動で即答した。


「それと、余宛てのこの信書を読んでみよ」


『よろしいので?』


「構わぬ」


恐る恐る信書を拝読した公爵達は次第に、恐怖、絶望、様々な感情が重なりあい、身震いを隠せなくなっていった。その信書には3通ともこうあった。


『親愛なる皇帝陛下。


私達はイエズス会が長年秘匿してきた奇跡を、ついに自ら体験することができました。ハポンの地で私達は主やヘススに仕える天使に謁見。誠の主の教えを改めて授かりました。我らが先達は新大陸で、元からここに住んでいた民を時に奴隷とし、時に嗜好の贄として虐殺して参りました。主もヘススもその事をご存じで大地を揺るがす程お怒りでした。アルマゲドンが起こるのはエスパーニャの地であると断言されました。しかし、我らにも悔い改める機会はまだあると教えられました。私達はハポンことヌエバ・ヘルサレムで行われている清貧な信仰の方法を授かり、更に天使に仕える聖女やハポンの神官を、ここヌエバ・エスパーニャに派遣して下さりました。彼女らはこの地に潜む黒い悪魔の水をハポンに運び浄化するのが天使から下された使命です。この作業に現地インディオを奴隷ではなく正当に雇用し相応な対価を支払い彼らの生活を改善することこそが、このヌエバ・エスパーニャにおける過去の残虐行為の贖罪となるのです。我ら3会派はヌエバ・エスパーニャ副王・ガスパール・デ・スニガにこのことを説明しこの地に住む全てのエスパーニャ人を贖罪に携わるよう要請しました。皇帝陛下に置かれてもこの地のエスパーニャ人の贖罪活動をご支援くださるようお願いいたします。


                     〇〇〇会 XXXXXXXXXX』


更に、ヌエバ・エスパーニャ副王・ガスパール・デ・スニガからの信書も同封してあった。


『親愛なる皇帝陛下。


敬愛するフランシスコ会、アウグスティノ会、ドミニコ会のお導きにより、天使に仕える聖女他、新ヘルサレムで神官を務める方々が我がシウダ・デ・メヒコにいらっしゃいました。事の次第は各会派からの信書に認められている通りにございます。私は各会派、聖女や神官のお導きにより贖罪を実施することを決断いたしました。主への贖罪がなされれば、現在、本国との洋上で海賊行為を働くプロテスタントの悪魔共を滅しエスパーニャの繁栄を取り戻すことになると確信します。ついては、従来、この地より本国に送っていた銀、ガレオン貿易により獲得した絹、香辛料の送付を当面取りやめ、この地の民の慰撫に務める事と致します。陛下に置かれても趣旨ご理解上、ご支援くださいますようお願いいたします。 


            ヌエバ・エスパーニャ副王・ガスパール・デ・スニガ』


重い沈黙のあとレルマ公爵が口を開いた。


『ここエスパーニャにアルマゲドンが起こるとは!!』


『イエズス会もヴァチカンも我らに秘密にする訳がようやくわかった』


彼らはイエズス会の報告を読んでおらず、今、初めてこの事実を知ったのだ。震えるのは当然だろう。レルマ公爵は、


『ガレオン貿易の交易品も銀ももう送られてこないと・・・』


『そんなことより、この地にアルマゲドンが起こるのです。私達も早く避難しないと!陛下、どうかご決断を!』


ウセダ公爵は狼狽を隠さず叫ぶ。


『避難ってどこに避難するのだ?イベリア半島には1千万近いカトリックが住んでいるのだ。受け入れてくれる国などあるわけないだろう?』


レルマ公爵の指摘も最もである。エスパーニャの周りは南はイスラーム、北はイングラテッラらプロテスタントの国だ。カトリックの国フランスとも関係は良くない。


『民は置いていきましょう。エスパーニャ・ハプスブルク朝の血統だけでも維持できれば国の再建は可能です。陛下のご家族と我ら側近だけでもシチリアに避難すべきです』フェリペ2世はシチリア王を兼ねているので、ウセダ公爵のこの進言はあながち的外れではない。だが、


「まあ待て」


病床から振り絞るような勢いのある声に2人はようやく冷静さを取り戻した。


「余はこう思うのだ。この啓示はエスパーニャという土地に対する物ではなく、エスパーニャ人に対する物ではないかと。つまり、エスパーニャの代表である我らがどこに逃げようと、その地がアルマゲドンの地となるのではないかとな」


『『そ、そんな』』2人は絶望の声を上げる。


「余が即位する少し前に”バジャドリ論争”(注)があったであろう。あの論争を経てエンコミエンダ制(植民地住民支配制度)の廃止を謳ったインディアス新法が出来たが、結局、エンコメンデーロ(植民地のエスパーニャ人支配者)の反乱が相次ぎエンコミエンダ廃止は新法から削除されてしまった。結局、余が「インディアス基本法」を制定し、先住民の権利が保障されたのは1573年だ。余がインディアス基本法により新たに発布したレパルティミエント制は各会派の信書に書いてある内容に酷似している。ただ、レパルティミエント制では先住民の労働に対する対価については明記できなかったがな。

余はこれを好機と思っておる。この啓示はエンコメンデーロ(植民地のエスパーニャ人支配者)の増長と専横に対する良い歯止めとなるだろう。奴らが専横を極め独立すると言い出すより遥かにマシだとは思わぬか?」


『確かに。仮に我が国が植民地を失えば、またバンカロータ(破産宣告)を行わなければならなくなります。しかも、過去4回のバンカロータと違い植民地もネーデルランドもなくイングラテッラとは戦争中ですから、最悪、二度と立ち直れないやもしれません』ウセダ公爵も大分冷静になってきたようだ。


「うむ。この啓示により当面、銀も象牙も香辛料も明の産品も手に入らなくなるが、植民地に独立されるよりは遥かにましだ。余の命はもう然程長くない。其方ら、わが息子の事、くれぐれもよろしく頼むぞ」


『そんな陛下!まだまだ陛下はご活躍されます!』


『そうです!病など直ぐに平癒されます!』


フェリペ2世はそれっきり目を閉じ黙してしまった。


”慎重王”とも”書籍王”とも称されたフェリペ2世はその10日後永眠した。

(注)バジャドリ論争

カルロス1世の命により行われた、インディオ先住民問題をめぐる討論もしくは論争のことである。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AA%E3%83%A3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%89%E8%AB%96%E4%BA%89


アリストテレスが”先天的奴隷人説”なる差別的な思想を抱いていたとは知りませんでした。

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