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1598年3月15日 太平洋上

評価を付けて下さった方、有難うございます。

俗にマニラガレオンと呼ばれるエスパーニャの貿易船群が太平洋を行く。船内は日本や明の絹、陶磁器、漆器等で一杯だ。何しろ、一昨年は年2回の貿易船が2回ともアカプルコに到達しなかったのだ。排水量2000トン、乗員1000人という巨大なガレオン船が2隻の護衛艦に警護され太平洋を行く。


この船には一昨年、サン=フェリペ号に乗って土佐に漂着した司祭7名も同乗している。彼らに同行しているのは、ハポンいやヌエバ・ヘルサレムからの7名の男性、10名の女性だ。何れも都から来た者で天使の側近だという。一行の長の名を和田惟長わだこれながという。女性達は全員エスパーニャ語にも堪能だ。


彼らのハポンからの同行に司祭達は狂喜した。というのも、6年前にイエズス会はハポンでヘススと謁見したとローマに報告しその詳細を独占したが、あくまで伝聞であり実際にハポンから人を連れて来た訳ではなかったからだ。


10名の女性達はたまに水行と称して甲板上でくみ上げた海水を浴びたりする。白麻の薄い衣類を纏っただけの彼女達の水に濡れた姿は男所帯の船上では大いに目の毒だ。一度、せめて人目に付かないところでやってもらえないか具申したが、


『マタイによる福音書を知らないのですか?”情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである”とあります。あなた方は司祭なのですから、船員達をヘススの教えに導きなさい』


と返され取り合って貰えなかった。こう言われてしまっては、司祭としての務めを果たしながら事件が起こらないのを祈るしかない。


マニラからアカプルコまではおよそ4か月、既にマニラを出航して2か月が経過している。




天使達の長・和田惟長わだこれながは甲賀の者である。父親が切支丹だったので伴天連の風習にある程度知識がある。その上、秀吉による甲賀揺れの際には、里に近い油日神社に身を寄せ神官として過ごした経験もある。言うまでもなく忍びとしての腕前は衰えていない。他の男衆も皆甲賀者だ。一方、女達は俗に歩き巫女と呼ばれるくノ一達だ。通常のくノ一と違い彼女らは諜報・煽動・荒事なんでもこなす。時には自らの身を使って標的を篭絡することもある正に忍びのスペシャリストである。この歩き巫女達の長はじんと言い、彼女ら10人共、夕から直接、忍びの指南を受けた謂わば歩き巫女のサラブレッド達である。来日したエスパーニャ人女性からエスパーニャ語を一年かけて学び日常会話レベルまで上達している。


この一行が、頭領・伊勢直光から授かった密命は、


『ヌエバ・エスパーニャを調略しエスパーニャから独立させよ!』


という途方もない物だった。


ヌエバ・エスパーニャは日ノ本の何倍もの広さだと言うが、支配者たるエスパーニャ人達はそれ程多くなく大部分はエスパーニャ人に虐げられている現地人だという話だった。


頭領がどうやってそんな情報を手に入れたのか不思議でならないが、


『エスパーニャの司祭達を操り鼠算式に日ノ本信者を増やせば良い』


と言われていた。司祭達は土佐滞在中、土佐一の宮に日参して信仰に励んでいたと言うし、実際、あった時も我らを彼らの信じるテンシの側近と疑っていなかったので、調略は充分可能と思われた。




その夜。


天使の側近である女性3名は夕食のあと船内中階の窓辺で星明りを眺め夕涼みをしていた。皆、体のラインが良く見える肌に密着した衣を着ている上、裾はとても短くその太腿が露わになっている。


彼女達がここで夕涼みをするのは船員達にも良く知れ渡っていた。この船にも娼婦は乗っており、司祭達の賓客である彼女達を害するのは大罪である事は船員達も分かっていたが、毎夜、確実に高貴な肢体を拝めるとあって徐々に徐々に遠くからの除き見から、距離が縮まっていった。


そして、この日は航海日程の半分を無事に終えたとして、極めて貴重なテキーラ酒が上級船員に振舞われたのが災いした。


強いテキーラを塩を肴にストレートで飲んだ彼らはタガが外れたように彼女達に迫り声を掛け、肩を抱き、腰に手を廻した。女性3名に対して船員は20名ほどいる。女性に声を掛けたのは5名程で残りは見張りだ。声や音が漏れ人が来た際に追い払う役である。彼らは”天使様の側近”という通常の生活ではまず出会えない高貴な女性を味わえるとあって、皆、常軌を逸していた。厳重に見張りすればお零れに与れるかもしれないのだ。最初に女性に声を掛けた上級船員はついに彼女達を抱き寄せ体を触り始めた。こんな大勢のしかも屈強な海の男に囲まれたら普通の女性ではなす術はないだろう。


が、彼女らの正体はあの”歩き巫女”である。


抱き寄せられた際に衣の胸元をはだけさせた。夕涼みにきているのだから下に晒しなど巻いていない。抱き寄せた男達は露わな胸元を見て、合意の意思表示と勝手に解釈したのか女の顎を取り唇を合わせだした。歩き巫女にとって接吻は”口封じ”という意味なのだが船員達は知る由もない。


抱き寄せられている彼女達には男の腰回りの状態も良くわかる。男の足の間に片足を差し入れると男の腰の下、尻の辺りを両手で抱いた。


この状態、大蛇に体を巻き付かれたに等しい極めて危険な状態なのだが、船員には女の積極的な合意の行為としか認識できなかったようだ。


女の手は男の臀部から内腿に伸び、とあるツボを押した。このツボを押されると人間は足を動かす自由を奪われるのだ。即座に女達の膝が男の股間を襲う。歩き巫女の膝蹴りは瓦数枚を一瞬で破壊する威力がある。


急所を強打した男は腰を折り両手で股間を抑え悲鳴を上げたかったようだが、小柄な女とはとても思えない強い力で抱き付かれ腰を動かすこともできない。ツボを押されているので足を閉じる事もできない。接吻中なので悲鳴も上げられない。あまりの激痛に唯一動かせる両手が虚空を舞うだけである。もはや視界を奪われ呼吸もままならない状態だろう。やがて、膝蹴りがもう一発入り男達は意識を失った。


3人の女を抱いていた3人の男が突然意識を失ったのだ。残る2人の男は危険を感じ取っても良い筈だが、星明りに照らされた彼女達のはだけた胸元と柔肌な脚が正常な判断を狂わせた。彼ら2人も先の3人と同じ運命を辿った。


3人の女は次に見張りを務め後ろを向いている男達に標的を絞る。見張り達は暗がりで寝ている上級船員達を確認し自分達にお鉢が回って来たのだと判断した。喜び勇んで、しかし優秀な船員らしく見張りの手を緩めないよう順番を決め女達の元に向かった。結局この日だけで船員20名が歩き巫女の餌食となった。


彼女達は船員の命は奪わず、厨房から取り寄せた氷で意識を取り戻した男の腫れ上がった股間を冷やした。治療なのだが凄まじい荒療治で男達は何度も気絶した。やがて精魂尽き果てた船員達に向かって、


『今夜の事は司祭達には黙っていてあげる。その代わり、お前達も今日の事は誰にも言わない事。そして、これからは、あたし達の欲しい物や情報を必ず届けなさい。司祭に黙っていても、お前たちがあたし達にやろうとした事を天使は見ていたという事を忘れないように!』


と告げた。船員は未だ続く激痛と恐怖で頷く事しかできなかった。


同様の行為は歩き巫女10名により、この航海中、何度となく繰り返されることになり、船長以下、上位の船員達は次々と彼女達の下僕に堕ちて行った。




彼女らの暗躍はこれで終わらない。この時代の長期航海には壊血病というビタミン不足による病の恐怖が付き纏うのだ。歩き巫女達は航海中に体調を崩した船員を階級の区別なく錠剤を服用させ救っていった。


この錠剤は現代で言えばビタミンCサプリメントで化学ばけがくの知識だけで作成できる代物で、日本出港前に頭領・伊勢直光から大量に渡されていた物だ。


急所蹴りなど力による支配はいつか綻びが出るものだ。だが、一度力により上位船員を支配した後、彼らに体調の優れない船員が出たら直ぐに報告するよう命じ、こうして難病を治療するという善政を施した結果、アカプルコに着いた頃には彼女達は”天使の側近の聖女”として全ての乗員から崇められる存在になっていった。その中には壊血病から救われた司祭も含まれていた。


死者はおろか一人の体調不良者もなくアカプルコに到着したのは長いマニラガレオン貿易でも初めての事だそうで、波止場に待機していた医師たちもとても驚いていた。


この時代最高の知識人の一人である医師たちが聖女を崇めだしたので、港付近の人間は続々と彼らに従い聖女を崇めだした。


和田を筆頭とする甲賀衆に歩き巫女達。こうして、彼らのヌエバ・エスパーニャ調略は静かに幕を開けたのだ。

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