1596年12月15日 ティルトローター機
ティルトローター機とは分かりやすく言えば現代のオスプレイのことである。
16世紀にオスプレイ?信じられないが現実に今俺の目の前に存在している。無論、オスプレイのような大型機とは比較にならない程小さい機体だが。大評定の前後にヘリコプターの浮上に成功したと連絡を受けた時はあまりの早さに驚いたが、まさかヘリコプターではなくティルトローター機とは!いよいよ頭が変になりそうだ。ただ納得できる部分はある。というのもこの機体はレシプロエンジンではなくターボプロップエンジンが採用されていたからである。電力の実用化により精密機械部品の旋盤加工が飛躍的に向上したが、ここまで早く実用化されるとは。
6年前、相良油田で玩具の餅つき機を動かす程度の内燃機関に群衆の嘲笑を買っていた技術者達を元気づけようとレシプロエンジンだけでなく、ターボプロップエンジンやティルトローター機の設計図を引いて渡し、
「内燃機関というのは、完成すればこのような鳳をも現実に生み出すことが出来る位、凄いものなのだ。道は遠いがこれからも励んでくれ」
と激励したのだが、彼らはあの時の”鳳”の話をよく覚えており、電力による旋盤加工が可能になるや真っ先に”鳳”製造に取り組んだのだそうだ。いや、旋盤加工機械も彼らの作だから”鳳”の為に旋盤機械が作られたのかもしれない。
ジェット燃料は波田家に頼んで用意してもらったそうだ。石狩油田でジェット燃料の試作をやっているからあそこから入手したのだろう。
さて、機体を見てみよう。素材はローター周りとエンジン以外は木製だ。ケヤキ、ブナなど軽いが強度のある木材が使用されている。
木製の飛行機というのは実際に第二次世界大戦当時に制作された事実がある。だが、木材の接着に難航し日本では結局実用化に至らなかったという。
だが、この時代の航空機は攻撃されることを想定する必要がない。何しろ、日ノ本以外に航空機は存在しないのだ。想定する脅威は鳥類との衝突位だろう。
なので、この機体は木工師、曲げ物師、指物師、塗師といった古来からの職人仕事だ。固い木材だというケヤキやブナを器用に曲げ、指物師の匠の技で見事に凹凸を付けて組み合わせている。釘も使用せず見事な接合だ。そして仕上げに接着効果のある漆が塗られていた。漆と言うのは塗ったあと日に当てようが熱を加えようが乾燥しない。漆が定着するには湿度75%程度の環境に暫く置いておく必要がある。
椀など小間物の場合はムロと呼ばれる井戸の上に部屋を設置して置いておくが、小さいとはいえ航空機の機体をどうやってそんな環境に置いたのだろう?と思っていたら、作業室に案内してくれた。そこは天然ガスで水を温め広く密閉された空間に蒸気を噴出する部屋だった。現代風にいうならミストサウナというところだろうか?蒸気が直接機体に当たらないよう麻布の幕が蒸気噴出口の周りを覆っている。
電力を使用した旋盤機器による精密なターボプロップエンジン。
日本古来の職人技術を駆使した機体。
天然ガスを使用した大規模ムロ。
俺が教えた事だけに固辞せず、必要とあれば伝統技術を活用する。
現代技術と古来の匠の技のハイブリッド航空機だ。
エンジン起動やティルトは電力で行う。ティルトの為のモーターも搭載されている。
彼らにとって磁石とコイルでの発電はもはやお手の物だ。
だが、これは、航空機というより工芸品・美術品に近い印象だ。
というのは機体に対してエンジンがオーバースペック過ぎるのだ。民間用ティルトローター機のAW609の最高巡行速度は時速500㎞を超えるという。そこまでの速度にこの機体が耐えられるとは思えなかった。
しかも、操縦席には計器類が何もない。速度も高度も全てパイロットの勘次第という代物だ。航行中にティルトつまり固定翼機モード(飛行機)と回転翼機モード(ヘリコプター)への切り替えも機体が何回耐えられるか未知数だ。恐らくもって数回ではないか?
航空機開発史上では貴重な機体だが、実用には耐えられそうにない上、エンジンも機体も量産に向かないのも難点だ。ただ、これを作ったという経験から得られた物は数えきれない筈だ。職人達も一機完成させて満足しただろうし、その偉業を称えると共に、現実的なヘリコプターの制作を改めて指示した。




