1596年3月14日 ハネムーンpart4 エスパーニャのガレオン船
護衛艦2隻がいなくなったことで丸腰となった交易用のガレオン船が一隻で佇んでいる。この船にも大砲は搭載されている筈だが、荷積みがメインだから大砲はあっても4門くらいだろう。あのガレオン船をどうするか一度、家臣と話し合う事にした。
艦橋の評定は、俺、夕、立花夫妻、そして正木水軍の長の5名で行う。弥助は正木水軍と共に警備警戒にあたって貰う。尚、小笠原秀政は父島に残してきた。島民がエスパーニャを極度に恐れていたので安心させる為だ。まず俺が
「あの交易船は宝の山だ。そして、小笠原島民にとっては憎っくき敵でもある。なんとか拿捕したいのだが、何か良い手はないか?」
暫く皆無言だったが、やがて夕が
『凶から聞きましたが、あのような大型船には肉体労働を担当する奴隷が使役されているそうです。何とかして彼らに接触し味方に付けられないでしょうか?』
「正木水軍は泳いで忍び込めないか?」
水軍長が答える。『泳ぎは問題ありませんが某達は異国の言葉が話せないので交渉は無理でしょう』
誾千代が『言葉と言う点では弥助か夕様ですわね』というが、夕が
『異界では新婚旅行中の嫁が遠泳させられたりするのですか?』と小悪魔顔で俺に聞いてくる。確かに水着などないこの時代、夕が泳いでる姿を人に見せたくはないが・・
なかなか名案が浮かばない中、立花宗茂が口を開いた。
『これだけ考えても策がでないなら正攻法でいくしかないのではないでしょうか?夕様と弥助を含めた30名程の精鋭部隊を結成し、夜間に小舟で接近し侵入してはどうでしょう?交易船なら兵は少ないでしょうし、侵入できれば接敵しても人質でも取ればなんとかなるのではと思いますが』
この時代の夜は月明り星明りだけが頼りだ。それ故、護衛もなくのんびり進む貿易船に忍び込む等造作もないことだった。精鋭部隊は二手に分かれた、俺、夕を大将とする正木水軍兵15名。もう一つは立花夫妻、弥助、正木水軍兵15名の隊である。水軍兵は無音銃を俺と夕は短刀、立花夫妻は刀を装備している。マスト上に見張りはいるようだが、この大海原に夜闇に紛れて小舟で近づく者がいるとは思ってないだろう。
労せずして、貿易船に接岸し鉤縄を船腹の窓に掛け次々と登り始めた。窓はガラス製の物、木製の物が混在しているが、破壊しやすいガラス窓を壊し内部に侵入した。
俺達はエスパーニャ船は初めてだが、ポルトガル船なら内部構造を知っている。以前、凶がカルバリン砲を調達した際に船ごと置いて行ったからだ。ポルトガル船の基準で考えれば奴隷達は船底近くの層で雑居房に詰め込まれている筈。船長室は船尾の舵の上に置かれている事が多い。これは、船長と操舵士とのコミュニケーションを円滑にする為だろう。という訳で、同砲がいるかもしれないので弥助のいる立花組は船底へ、俺夕組は船尾を目指し船長室に向かった。
*立花組*立花誾千代視点
私達は正木水軍兵と共に下層を目指す。南蛮船の中は夜でも所々にランプが点灯して飾られており明るかった。夜闇を小舟で来ただけに目が慣れるまで少し時間を要した。私達が侵入した部屋は貨物室だった。香辛料の匂いがきつかったから直ぐに分かった。明るさに目が慣れた私達は下層への階段を探して足音を消して二手に分かれて歩く。忍びでなくても日ノ本の侍であれば足音や気配を殺す位誰でもできる。やがて夫の隊が階段を発見したようだ。”はんどさいん”という殿が考案した手振りで夫がその旨伝えて来る。私達は引き返し夫達と合流下に降りる。うわ!臭い。間違いない奴隷部屋だ。それにしても酷い扱われ方だ。弥助が先行して角から顔を出し通路を観察している。直ぐに
『見張りはいません。同胞かもしれないので私が先行します』と囁いた。夫は了解した。
通路内でポルトガル語だろう弥助が声を忍ばせ話しかけている。上階と違いこの階はランプも殆どなくとても暗い。どうやら言葉が分かる者がいるらしい。弥助と会話が始まった。暫くして弥助が戻って来た。
『ポルトガル語の分かる同胞がいました。彼によると奴隷はアフリカンが10人。アジア人が5人。日ノ本の人間は多分いないとの事です。部屋は施錠されており、鍵を持つ奴隷長は上階の船尾左の部屋にいるそうです。また、そのすぐ傍には厨房がありアジア人女性が3人働いているが準奴隷のような扱いらしく彼らに優しいと言っていました』
あぁ、この男所帯の長期航海で女3人か。それは確かに過酷だわ。ただ上手くすればその女性達を味方に取り込めるかもしれない。言葉が通じればだが。
私達は一旦、上の階に戻り、船尾左の部屋に向かった。が、船尾右から明らかに料理の香りがしてきた。ここが厨房だろう。女性達は厨房に寝泊まりしているのか?ん?声がする。これは暴行?おそらく輪姦だ。皆気が付いたらしく武器を構え厨房扉前に集まる。声から判断して女性は3人ともいる。男は10人くらいか?やってる事からして部屋内は暗いだろう。扉は施錠されていない。ここは大勢で踏み込むより夫、弥助、私の三人で忍び込み暴行している男達を皆殺しにすることにした。静かに扉を開け3人で忍び込む、弥助は無手で人を容易く殺せるが、夫と私は取り回しやすい短刀だ。私のは以前アイヌ女性に貰った黒曜石の短刀である。男たちは女に夢中で私達に全く気付いていない。暗闇に目を慣らした私達は手分けして男どもを仕留めに掛かった。後ろから忍びより男の喉元を切る。弥助は男の首に両手を廻して首の骨を折っている様だ。おそらく伊東師範にならった技だろう。瞬く間に男ども全員の息の根を止めた。暴行されてた女性3人は突然男の気配が消えたので不思議がっているが、騒がれると困るので手分けして机に倒されている3人の口を塞ぎ助け起こした。エスパーニャ人と明らかに違う人間の登場に驚く3人だったが私が同じ女であることに気付き少しおちついてきた。あとは言葉だ。夫と私が日本語で『言葉が分かるなら右手をあげろ』と言ったが無反応。次いで弥助がポルトガル語で同様の事を言うと夫が口を抑えている女性が右手を上げた。弥助は手元の女の口を塞いだまま、夫の言葉をその女性に通訳する。夫は
『俺達は日ノ本の人間だ。エスパーニャ人は敵であり。この船を制圧しに来た。そこの男どもと一緒にここで死ぬか、日ノ本に手を貸し生き延びるか好きな方を選べ。我らに協力するなら右手を上げろ』
通訳を受けて女性は右手を上げた。
『ではお前の口から手を放すから、他の女にも同じことを伝えろ。但し騒いだら直ぐに殺す』
弥助の通訳を終えたので夫は女性の口から手を放したが、妻の前で何処触ってんだ!騒いだら喉を切り裂くから仕方ないとはいえむき出しの胸を掴んでるじゃないか!
やがて話を理解したのか他の女性も右手を上げた。これを受けて夫が
『では3人を解放するので服を着ろ。但し、一言でも口を聞いたら全員殺す』
弥助の通訳を待って私達は3人の女性を解放した。女性達は言われた通り無言で服を着る。中には死んだ男の血で赤黒く染まっている物もあったが、こればかりはどうしようもない。
目が慣れてきてよく見ると、この部屋は厨房ではなくそこに併設された食堂のようだ。
女性が全員服を着たので外の正木水軍兵を中に呼ぶ。夫は弥助を通して
『君たちは解放するが、まだ完全に信じたわけじゃない。言葉の通じない2人は暫く拘束させてもらう。そこに死んでる男達のような乱暴はしないと約束する』
正木水軍兵は2人に猿轡をし、手を後ろ手に縛り食堂の柱に括り付けた。
『後ほど、君たちの言葉を理解する人が来る。それまでの辛抱だ』
夫がそう言う。そうだ、夕様が来ればおおよそのアジア系の言葉は理解できるだろう。
残ったポルトガル語のわかる女性に話しかける。
『向かいの部屋は奴隷長の部屋だと聞いた。下の階の奴隷を解放したい。部屋に入って奴隷部屋の鍵を奪いたいので協力して欲しい』
だが、彼女は
『奴隷長はこの死体の中にいる筈です。今この部屋のランプを付けます。少し待ってください』と言った。やがて、ランプで男達の死体を照らし始めた彼女はズボンを下げたまま死んでいる一人の男を指さし、『これが奴隷長です。少なくとも自分の部屋の鍵は持っている筈です』と言う。早速、水軍兵が死体の懐を調べ程なく鍵と鍵束を発見した。鍵束はおそらく奴隷の雑居房の物だろう。続いて夫が尋ねる。
『下の階の者達はとても不衛生だ。ここの男達はどうやって体を清めているのだ?』
女性は『この階の水場で布を浸して体を吹いています。石鹸もあります。ただ水は貴重なので奴隷達には使わせていないのです。水場の場所は奴隷達も知っています』と答えた。
『布も石鹸も各自で持ってるのですが、奴隷長は結構貯め込んでいたので部屋には一杯あるかもしれません』と付け加えた。
これを受けて弥助は鍵束を持って下の階に、正木水軍兵は奴隷長の部屋に入り布と石鹸を確保した。
*直光・夕組* 夕視点
甲斐姫に聞いた新婚旅行って子作りしたり、のどかで羨ましかったけど、私は一体何をやってるんだろう?こんな南の方まで来て戦争か?忍びの出だから所詮こういう運命なのかな?でも夫はこの旅に出てから夫婦の雰囲気を全く醸し出してくれないわ。そりゃ殿様だから仕方ない部分もあるだろうけど、せめて夜くらい・・・
そんな事を考えている内に船尾の操舵室と思われる部屋の前に着いた。この上辺りに船長室がある筈だけど、上階への階段はなかなか見つからない。やがて殿いや夫は
『もしかしたら操舵室の中からしか上に行けないのかも知れない』
と言った。成程、船長室も操舵室も船の最重要部だ。直結していても不思議はない。ただ。操舵室に入っても舵を壊すわけにはいかない。そんなことしたらこの巨大船がどこに流されていくか分からなくなってしまう。どうやら操舵室には鍵がかかっているようだ。鍵穴式だ。ということは私の出番だ。中に操舵手が何人いるか知らないが殺さずに捕らえたい。なので足を撃つよう無音銃を持った水軍兵に夫が伝え、私は簪を髪から外した。私は南蛮船の鍵なんて何回も開けたことがある。あの石川五右衛門殿に称賛された事だってある程だ。30秒もかからずに開錠できた。夫と私は脇に除け無音銃を持った水軍兵が扉を開け中に押し入る。部屋は月明りを受けてかなり明るかった。
目が慣れるまでちょっと時間が掛かったが、水軍兵はこの程度は慣れているのか直ぐに対応し部屋にいる操舵手3名の足を撃ちぬいた。叫び声を上げて転げまわって痛がる操舵手を捕らえ、口に猿轡を、手足と傷口を縛り上げ、階段を探す。やはり、上階への階段は操舵室にあった。さっきの操舵手の叫び声は船長に届いているかもしれない。私達は慎重に階段を上っていった。
階段上は扉一つの行き止まりだった。扉に”Capitan”の文字が見える。ここが船長室だろう。船長は人質に出来れば最高だが展開次第では殺害も考えなければならない。やはり施錠されている扉に再び簪を突き入れ開錠した。私は扉を開ける前に一計を案じた。いきなり押し入るのではなく、部屋に炮烙玉を放り込むのだ。そうすれば小爆発と煙で船長は狼狽しだすかもしれない。夫もこの案を受け入れたので、水軍兵に静かにほんの少し扉を開けてもらい火の入れた炮烙玉を投げ入れ、扉を閉じた。爆発音と咳き込む声が聞こえる。私達は口鼻を手拭いで覆い部屋に押し入った。
船長は部屋の寝台の上に一人でいた。激しく咳き込んでおり水軍兵が銃を向けると驚いて立ち上がろうとするが、その前に制圧した。ポルトガル語とエスパーニャ語は似ているので口語なら意思の疎通は可能だ。私はポルトガル語で、
『私達は日ノ本から来た者だ。半年前に小笠原島民の舟を壊し、抗議に来た島民を殺したのはお前達だろう?その仕返しをしに来た。死にたくなければ降伏し言う事を聞け。こんなボロ船、私達には沈没させることもできるのだぞ!』
船長は昼間、護衛艦が2隻沈められた事を知っているのだろう。直ぐに投降した。操舵手同様猿轡をし手足を縛り上げる。その後は船長室の物色だ。机の引き出しを開け書類を取り出すが、流石にエスパーニャ語の文字は私には読めなかった。水軍兵は寝台をひっくり返しているが特になにもないようだ。私は部屋に掛かっている絵画に着目した。短刀で額を支えている紐を切り捨てる。床に落ちた絵画があった場所には隠し金庫があった。夫がやってきて『良く見つけたな』と褒めてくれた。
褒められるのは嬉しいけど異界の新妻も新婚旅行でこんな事やってるのかしら?三度簪を突き刺し開錠する。金庫の中には、金貨、銀貨、船の館内図、そして何故か北条札の束もあった。これには夫と顔を合わせ笑いあった。金貨、銀貨、船内図を回収し船長を水軍兵が担ぎ、下に降りる。操舵手は床に転がったままだが傷口は止血してあるので死ぬことはないだろう。更に下に降り立花夫妻達と合流する。
彼らは既に奴隷解放を終えていた。今は交代で体を吹いている最中だと言う。ただ誾千代からアジア系の奴隷が8人いるが出身が分からないので質問して欲しいといわれた。最初に入った血なまぐさい部屋に奴隷がいたが、驚いたことにアジア系奴隷3人は女性だった。1人は流暢なポルトガル語を話す明人だ。残りの2人はこの船で初めて会ったので出身は分からないと言う。私はとりあえず、明語、朝鮮語、クメール語、シャム語、チャンパ語で話しかけたが反応は悪い。あとは、アチェ?ブルネイ?と国名を告げると、2人は大きく反応した。もう一度ゆっくり告げると、彼女らはブルネイに反応している。ということは彼女らはブルネイ人なのだろう。
程なく奴隷達の体の清めは終わった。船内図があるので夫は正木水軍と宗茂を連れ荷物室を物色しに行っている。弥助が
『同胞10人は全員ポルトガル語を話します。アジア人5人はエスパーニャ語を話すようですが出身はわかりません』と言った。
私は今度は男のアジア人奴隷に会いに行った。弥助が同行する。
奴隷達は全員、清潔な服に着替えていた。アフリカンは全員解放された礼に私達に協力すると言っていると弥助が言った。
アジア人5人に明語、朝鮮語、チャンパ語で質問するがやはり反応が悪い。続いてクメール語、シャム語、マレー語で質問したがやはり理解できないようだ。ただ、彼らがエスパーニャ語を使える事を思い出しポルトガル語で出身を聞いたら、”チャモロ”という答えが返って来た。どうやら彼らはチャモロ人というらしい。
その後は夫や正木水軍、解放奴隷らと共に船内図を元にエスパーニャ人の船室を次々と襲い彼ら捕らえると最下層の奴隷部屋に収監した。捕らえたエスパーニャ人は船長や操舵手含め30人程だ。
解放奴隷のアフリカンの中には力仕事の操舵をやらされていた者もいたので舵取りは問題なさそうだ。
(以下、主人公・伊勢直光視点)
思わぬことに時間を取られてしまったが、当初の目的だった南鳥島を視察。予想通り一面の燐鉱石の島だったので。小笠原諸島経由で採掘を開始することに決めた。
問題は帰路だ。解放奴隷は舵取りは出来ても航路はわからない。なので、鈍いガレオン船を先導するため、木馬ヨットは徐行を余儀なくされ父島まで一週間掛かってしまった。




