1596年3月14日 ハネムーンpart4 南鳥島海戦
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木馬ヨット2隻は偏西風の強い追い風を受けた風車によるウオータージェット推進の加速を受け20ノット(時速37キロ)を超える速さで進む。偏西風はやはり凄い、推進器もかつてない勢いで水が噴射しているようで名前の通り”ジェット”の実力を見せている。小笠原から乗り込んだ若者もこの速度には肝を冷やしていた。正木水軍が交代で見張りをし休みなく進んだ結果千キロ先の南鳥島に2日で到着してしまった。
だが、ここで問題が起こる。先だってやり過ごしたエスパーニャのガレオン艦隊が南鳥島南西をこちらに向かって航行しているというのである。どうやら知らぬ間に追い越してしまったようだ。
しかし、なんて鈍間な奴らだ!そもそも偏西風に乗ってアカプルコに向かうのならもっと北を航行していないとおかしい。そもそも、小笠原諸島北側を航行している時点でおかしかったのだ。凶から聞いた情報ではマニラ南部のセブ島から北東に北緯38度まで行き、そこから偏西風に乗って東に向かうと言う話だった。考えられる理由としては、奴らの羅針盤が壊れているか、間違った海図を持っているかだが・・
おっと、ついつい研究者気質で考察を始めてしまったが、そんな事している場合じゃない。彼我の距離は現状800メートル。相手ももうこちらに気付いているだろう。
友好的な邂逅は期待薄だろう。というのは、小笠原の者達が言っていた半年前に舟を壊され抗議した何人かが殺されたという相手は、あのガレオン艦隊の連中の可能性が高いからだ。大きなガレオン船から見れば小笠原の小舟も、この木馬ヨットも大差ない大きさだ。やがて正木水軍の観測手から連絡が入る。
『ガレオン艦隊、護衛艦2隻が前に出ました』
護衛艦というのは大砲を何問も搭載しているやつだ。こちらもバリスタ隊を準備させる。小田原の戦いの頃からバリスタも大いに進歩した。今では炭素繊維を使ったワイヤーを使用し飛距離も500メートルまで伸びている。
だが、大砲の一斉射撃には敵わない。陸上では鉄球など当たらなければ無価値だが、海上では重い鉄球が海面を叩いて引き起こす波は充分脅威になる。大砲とは海戦で最も威力を発揮する武器なのだ。一斉射撃してくるなら船腹を見せる筈。こちらを小舟と侮り大砲を温存してくれるのが最高なのだが。観測手には敵が船腹を見せたらすぐに教えるよう言ってあるがまだ連絡はない。やがて、観測手から敵が距離600メートルを切ったと連絡が入った。以前、船首をこちらに向けているそうだ。
俺は雷矢の発射を指示する。ここは北緯24度の地点、東から南西に貿易風が吹いている。つまり俺達は風上に立っているのだ。二隻の木馬ヨットから計8射の雷矢が敵に向かう。ベテランの域に達したバリスタ隊は風を読み、遥か600メートル先の敵に照準を合わせていた。やがて爆発。観測手によると、2発は到達前に空中で爆発、3発は付近の海面で爆発、1発は海に落ち不発、残る2発は甲板上に落下し爆発したという。
俺は再度発射を指示する。再び8射の雷矢が護衛艦を襲う。2度目の発射で誤差を修正出来た為か、今回は全矢護衛艦に直撃した。先程2発喰らっていた護衛艦に5発が落ち、もう1艦には3発が落ちた。観測手から追加で連絡が入る。
『敵艦、右旋回を始めました』
大砲を使う気だ。俺は
「左の艦(雷矢を多く喰らっていた艦)を狙え。発射後、直ぐに南に離脱する!」
と指示した。
正木水軍は大急ぎで帆をはり、錨を上げる。バリスタ隊の発射が終わり次第船首を南に向け出発した。
この時代の大砲は先込め式だ。なので連射はできない。ガレオン船ではこの弱点を補う為砲台に車輪を設け、撃ったら砲台毎下げ、準備済の大砲と交代、これを繰り返すことで連射を実現していたと呉の資料館で読んだことがあった。大砲版三段撃ちと言った所だろう。問題は大砲には角度が必要ということだ。急速接近してくる相手に発砲するのは難しく、高速艇の海賊によく襲われたという。俺がやろうとしているのも正にそれだ!
敵艦が右旋回している以上、南に進路を取れば大砲の標的になることを避ける事が出来る。しかも東風に乗って急速接近も可能となる。
敵が発砲した!こちらが帆を上げたので動くと思ったのだろう。ヨットの後方に散弾のように鉄球が降り注いだ。止まっていたらまずかったかもしれない。
さて、発射に角度調整が必要なのはバリスタも同様だ。だが、予め、速度と相手との距離が分かっていれば準備は可能だ。向かって左の護衛艦甲板は既に火災が発生しており、大砲の発砲どころではない状況だ。これに乗じて近づく。改めてみるガレオン船のデカい事!全長50メートル以上はあるだろう。対して木馬ヨットは全長約20メートル倍以上の差だ。距離200メートルに近づいてみると敵兵が銃を持ち出して来ているのが分かる。つまり大砲は諦めたという事だろう。予め距離200メートルになったら撃てと命じてあったバリスタ隊から雷矢が発射される。今度は4射、4射の二段射だ。
ん?爆発が起きたぞ!この時代の大砲は青銅砲だった筈、先程発砲を終えて高熱を発した大きな青銅砲にダイナマイトが直撃したら破裂しても不思議ではない。どうやら複数の大砲が破裂したようで甲板で消火に当たっていた船員の多くが犠牲になったようだ。甲板の火の勢いはいよいよ強まり三本あるマストにも燃え移ったのが見て取れる。
やがて畳んでいた帆が炎上しやがて中央マストは折れるように倒壊した。これでこの護衛艦はほぼ航行不能だろう。ダイナマイトをこれだけ喰らっているんだから甲板に穴が開いていても不思議ではない。残る懸念はこの護衛艦の後ろにいるもう一隻の護衛艦だ。
その時、一階にいるソナオから電話連絡が入った。
『後ろの護衛艦、転覆します!』
俺がいる三階の実質的艦橋と一回のソナー室や、各ウオータージェット室はナイロン製糸とブリキ缶を使用した糸電話で繋がっているのだ。しかし、ダイナマイト3発当てただけで大きなガレオン船護衛艦が転覆とはどういう事だろう?
「ソナオ、何が起きてるんだ?」
目の前の護衛艦が邪魔で事態を掴めない俺はソナオに尋ねる。
『はい、この付近には巨大イカが多くいたので、後ろの護衛艦を引き倒してくれるよう頼んだんです』
!!!風魔の古文書に”盲目の女性が海中に唄を流し大きなイカやイルカを操り敵船を沈めた”という記述があったが、まさか本当に巨大イカを動かしてしまうとは。しかも、あの大きなガレオン船を転覆させるとは尋常ではない。
「それは、物凄い快挙だソナオ。俺達のヨットが近づいても大丈夫か?」
『はい、イカ達は食事ができたので満足して、もう引き上げていきました』
そう聞いたので、俺はもう一隻の木馬ヨットに指示を出し、目の前の護衛艦を回り込み後ろの様子を見に行くよう伝えた。
「ところでソナオ。イカの食事というのは?」
『それは、海に落ちたエスパーニャ人達です。動きの鈍い人間なんてイカから見れば御馳走でしかありませんから』
巨大イカって大王イカの事だよな。大王イカって人間食べるのか。確かに水中では動きの鈍い人間なんて捕獲しやすい有機物でしかないだろう。
やがて、偵察に行った木馬ヨットが戻って来た。正木水軍兵が報告する。
『報告します。敵船は船底を上にし完全に転覆しています。付近に人間は見当たりませんでした』
どうやら、護衛艦2隻の無力化に成功したようだ。そして、目の前のダイナマイト約15発を喰らった護衛艦は船体を維持できなくなりついに沈み始めた。
木馬ヨットは沈没に巻き込まれないように急いで離脱した。




