1596年3月12日 ハネムーンpart3
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結局、八丈島でもう一泊し翌日、小笠原諸島に向けて出港した。八丈島から小笠原諸島までは順調に行けば3日程の航海だ。途中、ソナとソナオが『イルカがご挨拶に来ます』というので甲板で海を見ていると、本当にイルカの群れが海面をジャンプしてきた。この辺りは漁場でもないのでイルカを採る人もいないのだろう。人懐っこいというか向こうも珍客の登場に興味津々という感じだった。
ただ、そんな可愛い来客ばかりではない。航海中、正木水軍が緊張気味に告げて来たのは『ガレオン船の艦隊が見えます』というとんでもない話だった。こんな所でガレオン船とくれば間違いなくマニラとアカプルコを行きかうエスパーニャの艦隊だろう。しかし、マニラーアカプルコならもっと南を通るのではないのか?そういえば、長宗我部氏親も『最近、沖合で外国船を見かける事が増えた』と言っていたな。
新婚旅行中にトラブルなど御免なので俺は停船を指示しやり過ごす事にした。正木水軍は双眼鏡を使用しているのでおよそ1キロメートル先までなら詳細に視認できる。彼らによるとガレオン船は3隻で貿易船と思われるのが一隻、他の二隻は大砲を多く備えており護衛艦だろうということだった。また、向こうがこちらに気付いた様子は無いという。デカくて鈍間なガレオン船をやり過ごす為に結局、この海域に8時間も停泊してしまった。ソナとソナオは『鯨が挨拶に来た』とか『大きなイカがいる』とか大はしゃぎだったが。
結局、その他諸々あって小笠原諸島・父島に着いたのは八丈島を出て4日目だった。
沖にヨットを止め、小舟で上陸する。小笠原秀政の案内で粗末な集落を訪れた。
秀政が『おーい』と声を掛けるが誰も出てこない。『おかしいですね。某が滞在してたのはここなんですけど』秀政は不思議がる。
が、やがて人が出て来た。『オガサワラサマ?』彼らは秀政を呼ぶが酷く不安そうだ。
秀政は『お前達、どうしたんだ?何を怯えてる?』宥めるように問いかける。
彼らの話を聞いてみると、半年ほど前、漁業中に大きな船が現れ島の舟と衝突し漁舟のいくつかが沈み漁民も大船の巻き起こす大波に飲まれ消息を絶ってしまう。島民は大船の後を追い賠償を要求したが、逆に脅され何人か殺されたので逃げて来たという。
島の古老は『そいつらはエスパーニャに違いない。恐ろしい連中だから近づくな』と言って酷く怯えていたそうだ。
エスパーニャと聞いて俺達全員が理解した。その大船はガレオン船に違いない。俺は秀政に言ってその古老との面会を求めた。
古老の名はキプハと言った。キプハはあまり日本語は出来ないようで秀政が彼の話を通訳して伝える。
『儂等は元々は南のグアム島に住んでいたタオタオ人です。昔も肌の白い人が乗る大船がグアムに来た事があると先祖に聞いていましたが、その人たちは島民が差し出す食料と引き換えに鉄をくれたりとても友好的だったそうです。所が今から30年ほど前にエスパーニャと名乗る奴らが大船でグアムにやって来て、”この島は自分達の物だった”と言いだし、逆らう人を殺し始めたのです。儂等はそんなエスパーニャから逃れて舟で北に向かい、この島にたどり着いたのです。儂等が来た時この島は無人でしたので、直ぐに小屋を建てたり漁をしたりとエスパーニャから逃げられて安心して暮らしていたのです。所が最近、この島近くにも大船が現れ舟を壊し若い者を殺して行ったというんです。そんな連中はエスパーニャに違いありません。こんな事になるんなら若い者にもっと儂等の辿った境遇を教えておくんでした』
俺はそこで話を切り出した。
「ご老体。この島にグアムから来たのは何人くらいだ?」
キプハは『儂等の言葉を話せるんですか?』と仰天してしまった。
慌てて秀政が『このお方は、某の主で我らの国では神様として祀られているお方だ。我らの主の配下になればもうエスパーニャなど恐れる事はないぞ』やがて落ち着きを取り戻したキプハは『儂等と一緒に逃げて来たのは50人くらいです。今はこの島で子を宿し100人くらいに増えております。一部の若い者は独立しここから少し南の島で家族を持っております』
「そうか、ではキプハよ。ここから東に三角形の小島はないか?海鳥が群生している筈なのだが」
『よくご存じですね。少し遠いですが海鳥のいる小島があります。漁場として最高の場所なので若い者も皆知ってますよ。案内させましょうか?神様』
俺が訪ねたのは南鳥島の事である。あの島は燐鉱石の産地なのだ。
「うむ。是非案内してもらいたい。それと、俺の配下に加わるのであれば俺の事は”殿”と呼ぶように」
『わかりました。殿』
南鳥島は小笠原諸島から東に凡そ千キロの位置にある。島にある小舟でよくそんな遠くまで行ける物だと思ったが、帆を張って行きは北上して偏西風を利用、帰りは南下して貿易風に乗って帰ってくる。それでも片道一週間以上かかるので、舟上で採った魚を日干しにする為に折り畳み式の艀を持って行くのだそうだ。今回は木馬ヨット2隻で出発した。
小笠原諸島は発見時は無人島だったそうです。しかし、無人島だと話が展開できないので本作ではグアム島出身者が住んでいたという事にしました。




