初めての敗戦
本日も評価を付けて下さった方がいらっしゃいました。本当に有難うございます。
”ドイス”らがマラヴィ王国でモザンビーク島に工作を仕掛ける半年ほど前の事。
”トノ”諏訪勝頼と”タロ”武田太郎信勝の赤備え戦象部隊は、”サイカ”鉄砲戦象隊を従え、象1頭に兵2名。戦象200に総勢400の兵でアフリカ北東部へ疾駆していた。
マラウィ湖北方を超え大サバンナ地帯を行く。時々、アフリカンの集落が点在しているのをみかけるが、サバンナの主役は人ではなく多様な動物である。
ライオン、ハイエナ、バッファロー、ワニ、といった大型獣もいるが最大の脅威は野生の象の群れである。群れている象は雌であり雄の戦象に襲い掛かることは普通はないのだが、群れに子供がいた場合は警戒心が高くなり、攻撃を仕掛けてくることがあるのだ。なので、野営の際の忍びの警戒は子供のいる象の群れが最優先される。
もう一つ、この部隊で特徴的なのは荷駄隊である。日本のように握り飯や水を積んだ食料の荷駄は存在しない。兵はもとより象を食わせていけるような大量の飼料を積んで行軍出来るわけない。自然、象の餌も兵の食料も現地調達である。広大なサバンナには象が食べる草木は豊富にある。また、象の水場を見つける人知を超えた野生の能力は兵達にも大きな恩恵をもたらした。水場にたどり着けば、どんな先客がいようと200頭という自然界ではあり得ない雄象の群れを前にして逃げていくのが常である。濁った水場の水をろ過し煮沸消毒するのは忍びには朝飯前であり、象が鼻で水浴びしたり休憩させている間に、400の兵の飲料水を確保補充していった。兵の食事もまた現地調達が基本である。アフリカ生活が長い彼らに行軍中に米食などと贅沢は言う者はいない。蛇だろうが猿だろうが手に入れば彼らは食べる。食事に偏りがあってはアフリカでは生きていけないのだ。さらに”トノ”や”タロ”が昆虫食の伝統がある信濃を領していた経験があるのも大きかった。総大将自らがバッタ等虫を平気で食べるのである。食に不満を持つ者はこの軍には誰もいなかった。
こうして、戦象と共に水や食料を確保し休憩を取りながら行軍すること一月、北に霊峰富士もかくやという登頂に雪を頂いた巨大な山が見える位置まで到達した。キリマンジャロである。
そして、それまでの小集落とは比較にならない大勢の人間に遭遇した。牛を飼う遊牧民である。皆手には長い槍を持っている。
”トノ”率るアフリカ北東部隊初の未知の人間との遭遇である。こちらは200頭の戦象、400の兵。相手もこの辺りで野営していたのだろうか100人はいそうな大集団である。部隊のアフリカンに大至急連絡を廻し、彼らを知っている者、彼らと話が出来る者を探したが名乗り出る者は誰もいなかった。それはそうだろう、戦象部隊が出発した現在のザンビア北部からここまで優に1000キロは走ってきたのだ。こんな長距離を移動する人間など例え遊牧民でも普通はいない。この部隊は北東攻略隊というより北東探索隊なのである。
互いに数百メートルの距離で緊張して向かい合う。互いにどうして良いかわからないといった方がよいだろう。
そんな対峙を続ける事2時間程、闖入者は突如現れた。遊牧民がこちらを警戒するあまり牛達への注意が散漫になったのだ。群れの端にいた牛にハイエナが襲い掛かった。突然の襲撃に牛は四方八方に逃走を始めた。遊牧民も突然の事にパニックになり牛を追う者、ハイエナを追い払う者、そして、一部の牛がこちらに向かってきた為か、牛を追いこちらに向かってくる遊牧民もいた。牛の大軍と見知らぬ人間の接近に戦象も興奮し始める。やがて、勝手に突進を始める象も出始めた。
戦象の突進に気づいた遊牧民達は牛やハイエナを追うのを止め仲間を助けようと群がってきた。というのもハイエナは牛一頭仕留めれば腹いっぱいになりそれ以上牛をおそうことはない。また家畜化された牛は自然界では生きていけず、他の肉食獣に襲われないかぎり、やがて自分達の元に戻ってくることがわかっているからだ。
やがて、遊牧民が長槍を投擲してきた。距離は夕に100メートル以上あるが、硬い象の皮膚に突き刺さった。種子島の射程より明らかに長い。更に彼らは荷物から新たな槍を取り出し再び一斉投擲してきた。統率が取れている。明らかに傷を負い動きが遅くなった象も出始めた。しかし、流石の雑賀鉄砲隊も象上からの発砲で命中させるには100メートル以内に接近しなければならないが、この長槍の弾幕ならぬ槍幕を抜けるのは至難の業である。その時、いち早く戦象を落ち着かせた武田赤備え部隊が、敵の投擲の間隔を把握し、投擲の合間に一気に突進間合いを詰めていった。赤備えの象上には兵は一人。少しでも軽くして身軽にしようという作戦だ。手には鉄の刃がついた槍を持っている。そんな戦象赤備えが50頭、敵に突進した。距離が詰まれば槍の投擲は意味を成さない。やがて遊牧民達は突進して過ぎて行った戦象が速度を落として向き直る瞬間を狙って囲み始めた。100人の遊牧民が20頭あまりの戦象を囲み槍で象や兵を刺そうとしてくる。一方象上の兵は巧みな槍さばきで敵の竹槍を弾き飛ばしていく。また、包囲を免れた戦象兵も突進を再開する。更に漸く戦象を落ち着かせた雑賀鉄砲隊も追撃に加わり象上から種子島を威嚇発砲した。遊牧民や彼らの牛は鉄砲に慣れていないのか、種子島の轟音を聞くや総崩れになり逃走していった。ハイエナのせいで始まった偶発戦であるが敵が退却したので一応スワ王国軍の勝利である。後方で采配に専念していた大将の”トノ”と”タロ”らも加わり、彼らはアフリカに来て初めての勝鬨をあげた。
だが、この戦いで失った戦象は7頭、足に傷を負った兵も10人を超えた。槍を受けて死んだ兵も3名いた。一方、象の突進を受け倒れた敵兵の遊牧民3名を確保しただけに留まった。他家畜の牛数頭が象に突き飛ばされ死んでいた。食料と言う意味では牛肉が手に入ったのは大きいが、盛大な勝鬨とは裏腹に被害と言う点では完全に負け戦である。種子島を超える射程から種子島級の威力の竹槍を投擲してくる戦闘民族との遭遇に日本兵は大いに戦意を高揚させたが、配下のアフリカン兵は恐怖の方が大きそうだった。
やがて意識を取り戻した捕虜遊牧民に水を与え、丁重に扱う事をなんとか伝えようとした。相手もこちらの意図を理解したのか落ち着きを取り戻したようだ。その内、配下のアフリカン兵の中に捕虜の言葉が分かると言う者が出始めた。広大なアフリカだが、言葉という点ではバントゥー語群を話す者が多く遠く離れた地に住む者でも会話が成立する可能性はあるのである。
やがて、捕虜から聞き出したところ
・彼らはマサイ族という牧畜民族である。
・遊牧民ではなく拠点となる村がありその周辺で牧畜生活をしている。
・野獣の危険は常にあるので槍は大量に常備しているが、人間との戦闘は家畜を盗まれた等トラブルが起きないかぎり行わない。
・今回は大勢の象を使役している人間に初めて会ったので驚いて監視していた。どうやって会話しようか仲間内で話し合っていた。
ということだった。
こちらからは、
・我々は南から来たスワ王国の軍隊である。
・地元民を無理やり征服したり住民に加えたりする意志はないので安心して欲しい。
・マサイ族と正式に友好関係を結びたいので仲介して欲しい。
旨、伝えた。
捕虜のマサイ人の体力が充分に回復した2日後、マサイの集落に向けて出発した。
マサイに限らずアフリカン全体に言える事だが彼らは名前を欲しがる人が多い。マサイの3人も名付けを希望してきたので、”トノ”こと諏訪勝頼は且つての忠臣・長坂釣閑斎光堅の釣閑斎から”チョウ”、”カン”、”サイ”と命名した。
流石に象に乗って行くのは相手を怖がらせるということで、雑賀鉄砲衆、槍兵、弓兵合わせて100の兵を従え”タロ”を総大将とした。恐ろしい野獣の住む地を徒歩で行くのだ。”トノ”は戦象と共に待機である。
警護の忍びには”トノ”譜代の真田の忍び”モンド”こと望月主水が付いたが、流石の忍びも広大な草原地帯で大型獣が跋扈するサバンナでは隠密に苦労しているようだった。
歩くこと凡そ2日、マサイの村に到着した。人々は色鮮やかな赤く塗った皮布を纏っている。サバンナの気候では麻布は朝晩は寒すぎる。皮布くらいが丁度過ごしやすそうである。”チョウ”ら3人が長老達に説明すると言って先に村に入って行った。やがて、案内役が現れ入村を許可された。村には先だって交戦した相手もいる筈だが敵意を向けられることは全くなかった。
入口からみて村の最奥と思われる場所に長老の住居はあった。”チョウ”ら3人が出迎えに出ていた。彼らに促され”タロ”以下、雑賀鉄砲衆の長、槍隊長、弓隊長、外交隊長、通訳のアフリカンなど総勢10名が中に入る。
長老が
『南から来た勇者達よ。3人を治療してくれ、ここまで送り届けてくれたこと感謝します。その上、3人に名前まで与えてくれたとの事、本当にありがとうございます』
と丁重な言葉があった。
”タロ”も
『スワ王国の王の名代を務めております”タロ”と申します。先日は不幸な行き違いからマサイの皆さんと戦が発生してしまい、皆さんの牛を殺めてしまいました。3人を手当したのはそのお詫びのつもりです。どうぞ気にしないで下され』
と応じた。
その後はマサイの飲み物・牛乳で持て成された。マサイは牧畜生活だが肉を食べる事は少なく、大半の食事は牛乳か現代風に言えばヨーグルトで栄養を取っているそうだ。
頃合いを見て”タロ”が長老に一つお願いをする。
『長老、先日の戦ではマサイの皆さんの強さに感服いたしました。実は我らは強い戦士を求めております。ついては、マサイの皆さんの中で、我らの軍に加わってくださる方はいないでしょうか?我らはマサイの戦士と一緒に国を大きくしていきたいと切に望んでおります』
長老は即答した。
『ならば、その3名を連れて行くと良い。実は若者たちは象をも使役する勇者の出現に皆興味津々なのだ。当人達に希望を聞いたら全員行くと答えるだろうし、それでは我らマサイも困るのでな。どうだろう?この3人では不足か?』
”タロ”もこの回答は予想していたので、
『”チョウ”、”カン”、”サイ”皆、我らと共に闘ってくれるか?』
と聞いたら、3人とも大喜びで『勿論です!!』と答えた。
3人を借りた礼にスワ王国からは、ポルトガル人から以前盗んだビーズとビードロを1袋ずつ、長老に渡した。
長老からは、3人が世話になるからと、彼らが着ている赤い皮布を数枚貰い、スワ王国とマサイ族の友好の契りは確かに結ばれた。
その後、長老の家を出ると話を聞いたのだろう『俺も連れて行ってくれ!』という若者が後を絶たず村から出られない状況になってしまった。止む無く、『長老の許可を得た者は全員連れて行く』と言ったら、我先にと長老に直談判する者が続出、結局、選定に時間を要するとの事で一行は村に1泊する事になり、最終的に”チョウ”以下30名程が同行する事になった。
スワ王国は戦は負けたが大きな戦力を手にしたことになる。




