アフリカの忍び
スワ王国の版図は今や南は喜望峰まで、東はインド洋、西はカラハリ砂漠の手前までを有していた。北はポルトガルと争うマラヴィ王国を支援しつつ、マラウイ湖西部の大草原地帯を北上し、ついに大河コンゴ川流域の大密林に到達するまでに至った。
この一帯の北東はタンガニーカ湖、北西は大密林地帯であり、流石の戦象の大軍も行軍の足を止めざるを得なかった。
この時点でスワ王国は蝦夷も含めた日本の10倍近い領土を保有していることになる。南部アフリカではアフリカ稲の大規模栽培も始まり待望の米の大量生産の目途もたち始め、占領した広大な土地に文字通り点在する現地アフリカンには公用語として日本語の習得を義務付けるとともに、各部族の中央集落には日本式の神社の建設が進められていった。日本人の中には宮大工の仕事を手伝った者も多くおり、大賢者”イデ”こと明智光秀の采配の元で現地木材と脱色した葉で紙垂を作っていった。地元民の信仰は太陽や山といった自然信仰であり、日本の神道と同様であるので神社信仰が浸透するのに時間は掛からなかった。
もう一つの大きな収穫はマルラの木の実から採れるマルラオイルが手に入った事である。アフリカの強い日差しは日本人の肌には強烈過ぎて今までは土を捏ねて泥にして顔に塗ったり、出来るだけ肌を出さないようして対応していたのだが、マルラオイルを肌に塗れば保湿、日焼けにとても効果が高かったのだ。これは日本人のみならず、明人なども同様の問題を抱えていたのでマルラオイルの効能はあっという間に広まり、オイル絞りをする女性達の地位向上にも役立った。アフリカでも女性の地位は決して高くはなかったのだ。
更に南部アフリカではルイボス茶も手に入った。緑茶とは全く異なる茶だが、それまではトウモロコシを発酵させた飲料が主体だったのでお茶の入手は大きな喜びだった。スワ王国ではマルラオイル奉行、ルイボス茶奉行を置き、生産管理を行う事にした。
さて、大河コンゴ川の密林地帯である。
象により小さい木は踏みつぶし、枝を毟り取り、徐々に徐々に象道が出来ていく。
この象道建設隊を率いているのは” トレス”こと森力丸である。
力丸以下、10頭の象に載った現地アフリカンが従っている。皆、日本語習得の上位者である。どんな野獣が潜んでいるかわからない危険な密林地帯だが、流石に象に載っていれば襲われることはない。また、森の周囲には忍び3名が樹上から襲って来るかもしれない大蛇を警戒している。
が、暫く進むと前方に気配がした。樹上で弓を構えた人間だ。
彼らは、暫く警戒の眼差しでこちらを伺っていたが、一行を率いているのが肌の色こそ違え自分達と体の大きさがさほど変わらない者だと分かって驚いていた。
”トレス”は配下に彼らと会話可能な者がいないか問い合わせる。すると一人の男が進み出た。
彼は密林地帯南部のサバンナにあるルバ王国の出身であり、かつ王の家系に連なる者でもある。名をムビディという。”トレス”の信頼厚い重臣だ。
ルバ王国は西隣のルンダ王国と共にスワ王国に従属しており、日本語の学び舎、神社も建っている北西攻略の重要拠点地であり、鉄鉱石、銅の産地でもある。
ムビディが流暢な日本語でいう。
『殿。あれらはピグミー族です。小さい体のせいで、西のコンゴ王国からは人間扱いされず捕らえられて食肉にされることもある種族です。なので、知らない人間には警戒心が強いのです』
「人間を食肉にするのか?コンゴ王国は?!」”トレス”は驚愕した。
アフリカに来て以来、”トレス”は様々な物を食べて来たが食人だけはやったことはなかったのである。
「ムビディは彼らと話せるのだな?出来ればピグミー族とは友誼を結びたい。頼むぞ」
『御意』ムビディは大きな体を象上で折ってお辞儀をし、ピグミーの元に向かって行った。
やがて、”コガ”の忍び”ミク”がやってきて”トレス”に囁いた。
『奴らの矢には毒が塗ってあるようです。敵に回すと見た目以上に厄介な相手かも知れません』
視界を遮られやすい密林で弓を使うというだけでかなりの使い手であることがわかる。その上毒矢とは、確かに厄介な相手かも知れない。ムビディの交渉力に期待するしかない。
やがて、ムビディが戻って来た。どうやら説明と交渉は上手くいったようで、彼らの集落に立ち寄れることになった。
着いた彼らの集落には森の木々や葉で出来た小間の茶室程度の広さの土間の家屋が点在していた。土間の中央は囲炉裏であり寝台だけはベッドになっており樹皮を編んだ莚が敷かれている。日本人的には質素だが違和感の少ない住居である。
集落内は突如現れた象の大軍に大慌てで、案内してくれた若者が懸命に説明し場を鎮めようとしている。
やがて、村長と思われる老人が現れた。若者から説明を受けたのだろう皆を鎮めると、
『南の人達よ。ようこそ御出でくださった』
と言ってくれた。
”トレス”は象達を配下に任せ、ムビディを伴って村長の元に赴く。
「我々はスワ王国の者だ。歓迎に感謝する」
と挨拶した。その後、集落の中央にある広場に筵をしき、会談が始まった。
「我らスワ王国は、あの大河の下流にあるコンゴ王国に向かい、そこにいるポルトガル人を追放する予定だ。ポルトガル人については知っているか?」
『ポルトガル人というのは聞いたことがありません。ただ、コンゴ王国は崇拝する神が代わったり、町の名が代わったりした時期がありました。そして何より、武器が物凄い威力になっております。以前は彼らに遭遇してもある程度は戦えたのですが、今は逃げるしかなくなっております。我らの先祖も以前はもう少し川の下流に住んでいたのですが、コンゴ王国に追われ今はこの近辺にまで追いやられてしまいました』
「先祖が住んでいた土地に戻りたくはないか?我らスワ王国の一員になれば必ずや土地を奪回すると約束する。その代わり、この森や川の道案内を頼みたいのだ」
『道案内だけでよろしいのですか?我らは代々、狩猟採集で奔放に生きてきているのです。道案内程度なら可能ですが、そちらの王国の配下になることで、賦役が増えても果たして我らに務まるかどうか?』
「スワ王国の一員になっても暮らし方は従来通りで良い。道案内以外にやって貰う事は特にない。後は、其方らの集落内にスワ王国の配下になったことを示す神社という建物を建てるだけだ。その神社では定期的に王国から交易の者が来て市を開き、スワ王国の言葉を覚えてもらう教室も開くことになる。どうだ?其方らが採集した品々と南から採れた品々を交換できたら便利だと思わんか?」
村長以下長老達はしばらく黙考してから言った。
『我らは自分の集落に人を招くことはありません。今回は特別だったのです。というのはあなたの体が私達と同じくらいの大きさであること。にもかかわらず、大きな人間や象まで従えている事に驚いてしまったと、ここまで案内した者も言っておりました。我らにとってコンゴ王国に限らず大きな人間はそれだけで脅威なのです。猿と同じ扱いを受ける事もありますから。スワ王国ではあなたのような身体の小さい人間も虐げられる事なく暮らせているのでしょうか?』
「交易に来るものが其方らに不当な扱いをする事は絶対にない。そこは俺が保証しよう。それに人間の強さは身体の大きさだけでは決まらないぞ。背が小さくとも強い物はいくらでもいるし、強くなる術もある。今回は急にやってきて配下になれと言ったのだ、其方らも直ぐには決められまい。そこで、一月、言葉の出来るこのムビディと俺の配下をこの集落に住まわせてはくれないか?彼らの人となりを見てから配下になるか決めればよい。どうだ?」
彼らは再び黙考する。やがて長が言った。
『我らの家はご覧の通り大変小さいのです。大きな人を2人も滞在してもらう余裕はとてもありません。申し訳ないですが・・』
ムビディはそう通訳すると、直ぐに説明を始めたようだ。サバンナを行く者は野営の経験も豊富であり家など気にする必要ないからだ。俺は続けてムビディに訳させた。
「それに、もう一人は体の大きい人間ではないぞ、サスケ」
『ここに』
突如、彼らの家の積み重ねた木の壁から声がし、人が現れた。ピグミー達は驚きのあまり絶句している。
彼はサスケ。”コガ”の忍びではなく、”トノ”らに従いアフリカまで来た真田の忍びである。”ミク”が俺の警護なら、サスケは警戒対処まで行う万能型の忍びだ。実際、ここまでの密林で樹上の大蛇を排除していたのは彼である。
サスケは背負った籠から10匹程の大蛇を取り出し彼らに見せた。長らは顎が外れんばかりに驚いている。
「このサスケは背の高さなら其方らより小さい位であろう。だが、一人でこれだけの大蛇を仕留める事ができるのだ。というわけで、家も食料も気にする必要はない。彼らと一月暮らしてみて欲しい」
村長は、
『わかりました』
と答えるのがやっとだった。
ムビディとサスケを残しサバンナで野営すること一月、ライオンやバッファロー、川辺には鰐、河馬と言った恐ろしい野獣がいるが雄象10頭が共にいる以上、火を焚こうが肉を焼こうが彼らが近づいて来ることはない。
象道を通って再びピグミー族の集落に向かう。ん?なんか変だ?騒ぎが起きてる?
通訳のムビディがいない以上詳細は分からないので、とにかく、急いで集落まで駆け付けた。
そこには、村人総出での出迎えがあった。若者たちは楽器を鳴らして騒いでいる。何があったのか?
やがて、ムビディがやってきて、
『集落の民一同、殿がいつ来るかいつ来るかと首を長くして待っておりました』
「いったい、何があったのだ?」
『実はこの一月、おもに集落の若者がサスケさんと一緒に狩りに出てたのですが、大蛇や鰐をサスケさんが一人で捕らえてしまうのを見て、皆、サスケさんに弟子入りを志願しておりました。サスケさんは”この集落がスワ王国の配下になり皆が王国の臣民となったら弟子としても良い”と答えたのです。それで、あっという間にスワ王国入りが決まってしまいました。何しろ、鰐を食べるなんて初体験だったそうです。鰐一匹で集落の人は三日位は食べていけますからね。それに最初に来た時の大蛇10匹と後で捕らえた大蛇でこの集落はすっかり豊かになりました。今では近隣のピグミーも肉を分けて貰いに訪れるほどです』
「では、先程来の騒ぎは?」
『はい、木の上で見張っていた者が”象が見えた”と叫んだので、殿がようやくきてくれたと、もうお祭り騒ぎです』
続いて村長以下長老もやって来た。ムビディの通訳により、
『殿、我らをスワ王国の一員に加えて下され。また、ここだけでなく、周囲6か所のピグミー集落もスワ王国の一員になることを望んでおります。どうか彼らのこともお願いいたします』
「無論、我らは其方らの森の知識に期待しているのだ。全集落の王国入りを認めよう。ところでサスケは?」
『ここに』
気が付くと長老たちの後ろに控えていた。
「若者がそちの弟子になりたいといてるそうだが、見込み有りそうな奴はいるのか?」
『全員大いに見込みがあります。身体の小ささとそれに見合わない身体の跳躍力。皆、忍びにはうってつけの体をしています。気配を消す感覚さえ覚えれば忍びの即戦力になれるくらいです』
「それ程か!では、大いに鍛えてやってくれ。日本語はもう教え始めているか?」
『いえ、某が教えては信濃弁になってしまいます。早く神社を造営し日本語指南役を呼ぶべきと考えます』
「そうだな、そこは急ぎ手配する。取り敢えず、この地がスワ王国の領地であることを明記しよう」
”トレス”は武田菱の描かれた旗と金地に赤い日の丸の旗を取り出して、言った。
「我が領土となった集落にはこの旗を授ける。各集落を廻りこれらの旗を掲げるように命ぜよ。我らの力とピグミーの皆の森の知識があればコンゴ王国など恐れるに足らずだ!」
ピグミーは実際には様々な言語、名を持つ複数の民族だそうです。唯一の共通は身長が低い(平均1.5メートル未満)という事だそうですから、戦国時代の日本人より少し小さい位の人達なのですね。アフリカの話に深入りしすぎると戦国物からかけ離れてしまうので、本作ではピグミー族という民族として活躍してもらいます。




