ゴア
本章は章全体が幕間です。主人公は登場しません。
内容も時系列も気にしてないので、一話完結。くらいの感覚でお楽しみ下さい。
PS.誤字脱字報告ありがとうございます。
『だから、さっきからそう言ってるじゃないか!何度言えば分かるんだ』
ゴアのインド管区長フランシスコ・カブラルは目の前で声を荒らげる相手を呆れを通り越して憐憫に近い気分で見返した。
アレッサンドロ・ヴァリニャーノ、東インド管区の巡察師であり自分を日本布教区責任者から解任した男である。元々「適応主義」という現地の文化に適応しながら布教していくという方針の彼であったが、ここゴアでもジャポン式の頭髪、ジャポン風の衣装に身を包んでいるのである。
先日、彼が送って来た報告書を読んだ時は、カブラルは目を疑った。
何しろ、あの破壊と殺戮が日常の上、ソドムとゴモラもかくやという口にするのも汚らわしいソドミー(衆道)の横行する土人の地ジャポンにジェズスが再臨したというのだから。
”人間の首を平気で跳ねる癖に、肉は食べんと言って家畜は殺そうとしない。アジアの中でも際立って珍妙な土人共”というのがカブラルの日本人評だった。
だが、そんな彼も先日、ヴァリニャーノやその配下が送って来た報告書を改竄も論評も一切せず、リスボン経由でローマのジェズ教会本部に送付したところだった。
総長から厚い信任を得ているヴァリニャーノの報告書を握りつぶしたなどと発覚したら、身が持たないと思ったからだ。
漸くこの馬鹿げた話を忘れられると思った矢先、今度はヴァリニャーノ本人がゴアを訪れたのである。それも
”今まで連行したジャポニス土人奴隷を即刻解放し、ジャポンに帰国させよ”
というのである。
”さもなくば、ローマやリスボン、いやエウロパ全体が大バビロンとなり滅びる”
と先程から力説しているのである。
いい加減話を切り上げたいガブラルは溜息交じりにヴァリニャーノに答える。
「話はわかった、アレッサンドロ。だが、奴隷解放と言っても簡単ではないのだ。いや不可能と言っても良い」
一方、漸く本題に入れたヴァリニャーノは熱弁に一層力が入る。
『何故だ?日本人奴隷はほぼ全員モザンビークに送ったと以前言ったろう。何も現地で既に死亡している者まで生き返らせろと言ってるわけじゃないんだ。マカオやマラッカに居た日本人は大半を既に帰国させた。モザンビークに残ってる日本人は高々5千人位だろう?保護して貿易船に載せれば2~3年で全員帰国させられる筈だ!』
「アレッサンドロ、君はずっと極東にいたから知らないだろうが、その5千人のジャポニス土人、いや、ジャポニスこそが問題なのだ」
『??どういう事だ?』
「我らポルトガルは既にアフリカを失っているのだ。残っているのはモザンビーク島だけなのだ」
この時期のゴアは気温40℃に迫り、室内にいてもうだるような暑さだが、ガブラルの背には冷や汗が浮かんでいた。驚いて声も出ないヴァリニャーノに続ける。
「この話は総長にも報告していない事だから内密に頼むぞ。貿易船はモザンビーク島しか寄らないから知られることはないだろうがな。
我らはモザンビークにジャポニスを集め過ぎたのだ。あの恐るべき戦闘首狩り族共をな。大陸に送ったジャポニス奴隷がある日反乱を起こし、警備の現地土人を脅かし支配下に置いたのだ。更に明人や他のアジア人奴隷も支配し我ら同砲を殺して回ったのだ。たったの一月足らずであの広大な大陸から同砲は一掃された。僅かにモザンビーク島やここゴアに逃げて来た者も、恐怖の為か皆精神を病んでいてな。詳しい話を聞ける状態じゃなかった。なので、私もこれ以上詳しいことは分からん。ただ一つ言える事は、今、あそこはポルトガルでもモザンビークでもない。あそこはジャポンだ!」




