1593年5月2日 帰還(択捉~根室~釧路)
コシャマイン:かつてのアイヌの英雄コシャマインの子孫?
ハウンテ:ヨイチコタンから来た樺太アイヌとの通訳担当
マメキリ:択捉島シャナコタン長
セッパヤ:シャナコタンの若者サヴァン症候群
アベナンカ:セッパヤの世話をしている女性
マメキリには隣の国後島のチタン砂鉄の地図を渡し、国後でも採集してもらえるよう依頼した。択捉島民と国後島民は交流があるそうで問題ないと言って貰えた。
セッパヤとアベナンカも加え、出港である。皆、海鼠や海栗の美味しさにすっかりハマってしまい去り難そうだった。
シャナから根室までは、およそ10時間の航海だ。本州はもう梅雨だが蝦夷は晴天続きの良い天気である。途中、択捉と国後の間の国後水道を通過した時は怖い位に揺れた。そうだ、現代で根室に出張した時に聞いたことがる。国後水道はオホーツクと太平洋の干満差によって物凄い潮流が発生するんだそうだ。
国後水道の揺れ以外は特にトラブルもなく順調に根室に到着した。この辺りはシメナシュンクルと言われるアイヌの中でも独立した地域だが、ハウンケはこの辺りの出身者とも交流があり言葉も分かると言う。国後水道で揺れに襲われたから、女性達始め参っている人だけでも陸に上げたかったが、ハウンケの通訳で直ぐに了解を取り付けた。今回は短い滞在なので人気者になってしまう弥助や目立つセッパヤはアベナンカと共にヨットに残って貰った。護衛はもう夕もいるしね。
ここ根室では昆布の他、鱈子が手に入った。そういえばこの旅で鱈に出会わなかったな。困ったのは支払いだ。この長旅で流石にもう交易品が残っていないのだ。仕方ないので船で使ってる短刀を3本渡し交易の代用としたのだが、彼らにとっては名品に見えたようで、今後も是非来てくれと言われた。
根室で一休みした後は、釧路に向かう。およそ5時間程の航海だ。上手くいけば立花夫妻や怨と合流出来る筈だが・・
釧路に着いたのは日も落ちた時間だった。海岸にコタンは見えるが、こんな時間に上陸して泊めてくれというのも無理だと思い船内泊とした。
翌朝、小舟が一艘近づいて来た。立花夫妻と真田衆だ。早速、乗船させ話を聞く。
『殿、お久しぶりです。まず、この辺りの石炭ですが、ウラユㇱナイ辺りと同様露天掘りが可能な状態でした。なので、女子供仕事として請け負ってもらいました。レートはチヨマカタと同じにしようと思ったんですが、この辺の人は塩より穀物を欲しがってますので、石炭1キロにつき雑穀500グラムにしました。よろしかったでしょうか?』
流石は宗茂、もうレートまで決めてくれたか。
「問題ない。ご苦労だった。交易場や塾の話はしたか?ここからだと、チヨマカタは遠いだろう」
『はい、凄い興味を持ってくれて、開設を待ち望んでいますよ』
今度は誾千代が答えた。
「流石だな。これで彼らも鉄器を手に入れられるな」
誾千代はなにやら極まりが悪そうな顔をした。代わりに宗茂が答える。
『実はこの辺の女衆が誾千代の脇差を欲しがって、それで、摸擬戦をして勝ったらあげると言ったんです。まあ、普通の女性が誾千代に勝てるわけないんですが、試合後、誾千代が彼女たちの持ってた黒曜石の短刀を見て、良い品だと言って試し切りしたんですよ。そうしたら、大きい枝を一太刀ですっぱり切り落としたんで、今じゃこの辺では黒曜石の刀でも充分鉄に対抗できるって事になっちゃってて』
『折角、鉄の製造に目途が付いたのに、商売相手を逃がしてしまって申し訳ありません』誾千代は本当にすまなそうだ。
「いやいや、これから作る鉄は刀の為の鉄ではないのでな、元々、アイヌ人には売らないつもりだったのだ、気にしなくて良いぞ、誾千代。それより怨はどうしてる?」
『怨さんは、この辺りでも身寄りのない女の子を何人か採用して歩き巫女に育てるべく今、特訓中です』
「そうか、実は樺太で夕と合流したのでな。久しぶりに再会させてやりたいのだが」
『あれ?夕さんならさっき小舟ですれ違いましたよ。もう上陸してると思いますが』
なんと素早い。まあ久々の怨とのガールズトークだ。邪魔しないでおくか。
「そうだったか。ところで、日高地方はどんな感じだった?」
宗茂が答える。
『やはり、蠣崎の悪評が伝わっていたようで、和人への印象は悪かったですね。最初はコタンへの立ち入りも拒否されましたから。ただ、蠣崎に代わって我が伊勢家がアイヌ取次ぎ役になった事と。蠣崎の悪行には和人全体が怒ってるという事をなんとか伝え、その後は結構仲良くなれました』
『あなたなんか、アイヌの可愛い娘に求婚されてましたよね』
誾千代が宗茂に肘打ちかましながら言った。
「ははは、そんなに仲良くなったか、なら日高はもう安心だな」
日高地方は蝦夷の中でもアイヌ人が多く住む一大拠点なのだ。そこの人々と友誼を結べればこれ程心強い事はない。
『といっても、相手はまだ10歳くらいの少女ですよ』宗茂が苦笑いするが、
『少女は直ぐに大人の女になるんです!』ピシャリと誾千代に釘をさされていた。
「では夕が戻ったら出港しよう。俺もいい加減、米か麦が食べたいよ」
米離れ世代の俺だが、流石に長い事魚ばかりでは飽きてきていたのだ。
*同刻 クスリコタン*
「では、見事に殿は夕様の掌の上で転がされたわけですね」
怨の声がチセ内に響く。
『怨、言い方!』
「だってそうじゃありませんか。殿に日ノ本の女子を近づけないようにして、異国の女の味ばかりなめさせ、更に長年警備していたのに別れも告げづに突然姿を消す。そして、殿の行先を読んで樺太で待ち受けていて、美しい星空の元でシナを作って(バシッ!)」
『怨、いい加減になさい』夕が顔を赤らめて窘めた。
「痛ぁぁ。しかし、夕様が引退となると後継は誰になるんでしょう?」
『まだ引退するとは決まってませんよ』
「え?殿の正室になるんですよね。正室は表の世界では?忍びとの両立なんて出来るのですか?」
『・・う~~ん。正室ってそんなに仕事あるのかしら?ずっと城に籠ってるのって退屈そう』
「退屈だったら、お忍びで領内の見回りに出れば良いじゃありませんか。誰も殿の奥方だなんて気が付かないでしょう」
『まあ、その辺りは吹様とも相談して決めるわ。それより怨はどうするの?十三湊に戻るの?』
「いえ、日高で採用した女の子がまだ訓練が必要なので暫くここに留まりますわ。蝦夷の主要なコタン全てに歩き巫女を配置するのが私の目標ですから」
『樺太には私が採用した女の子が何人かいるわ。今は樺太に残った真田の忍びがしごいている筈よ』
「さすが夕様。では私は蝦夷が終わったら千島ですね」
『怨は男はいらないの?凶達は海賊やりながらいい男をとっかえひっかえしまくってるそうよ』
「蝦夷はいい男少ないんですよね。一人いたんだけど氏姫様に盗られてしまったし」
『じゃあ大陸で探すのね』
「はい?大陸ですか?」
『殿は臭水に拘っているわ。でも、この辺りにはもう臭水はないでしょう。となれば、次は大陸に向かうはずよ。樺太はね大陸ととても近いの。樺太に拠点を築いて殿は大陸に向かうと私は予想してるわ』
「まさか、また、姿を消して、大陸に先回りするのですか?」
『もう、馬鹿ね!』
ガールズトークは延々と続く。




