表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/272

1593年5月1日 セッパヤ

コシャマイン:かつてのアイヌの英雄コシャマインの子孫?

ハウンテ:ヨイチコタンから来た樺太アイヌとの通訳担当

マメキリ:択捉島シャナコタン長

セッパヤ:シャナコタンの若者サヴァン症候群

アベナンカ:セッパヤの世話をしている女性

マメキリは男衆に指示し島内の他のコタンに砂集めの仕事を伝えに行かせ、マメキリ自身は島内でシャナコタンに次ぐ規模だというルベツコタンに向かった。


暫く、時間が出来た俺達はコタンの皆と友好を深める事にした。


やはり、一番人気は弥助である。大きな体とヒグマのような容姿で茶目っ気たっぷりに子供達の相手をしている。小笠原秀政やコシャマインも流石のコミュ力で仲良くなっている。正木、九鬼の水軍衆は地元の若者と小舟で競争をしている。やはり九鬼の者には漕ぎ船では誰も勝てないようだ。夕はコタンの女性達と何やらガールズトークを始めてるぞ。そんな中、俺は一人の若者に眼が行った。昨日の夕食にはいなかった者だ。小舟が足りなくて競争に参加できなかった梶原がいう。


『あの者は白痴ですね』


え?あれが?塀和と共に領内の戸籍を作った際、障害者の種類を塀和に教えて貰ったのだが、結局、領内でついに一人も見つけられなかったのが、この白痴という障害者だったのだ。まさか択捉島で会えるとは。


コタンの者に紹介して貰い彼に近づいてみた。彼は名をセッパヤというらしい。


挨拶をしてみたのだが、やはり会話は成立しない。


だが、俺には何か予感めいた物があった。


この子はサヴァン症候群ではないのか?


俺は医師ではないのでサヴァン症候群の詳しい定義は知らないが、極論すれば


”一点特価型”の人間だ。人間の持つ様々な能力をある一方向に極振りしたような人である。なので会話だとか普通の常識を覚えさせようとしても上手くいかない。だが、特価した点が何なのか?それさえ掴めれば常人では決してできないような事をやってのける正に超人中の超人になる人だ。現代でよく聞くのは画家とか暗記の天才とかが多かったと思う。一度見ただけで写真並みの詳細な細密画を描く人もいたという。天才サヴァンとか、有能サヴァンとか言われたりもする。取り敢えず絵を描かせてみようと、彼を島の山並みの方へ向かせ、紙と炭を握らせた。手本になるよう、彼の前で自分で山の風景を写生してみせる。すると、僅か15分程で見事な細密画を描き上げてしまった。写真と言っても見間違えそうなレベルである。俺はセッパヤが欲しくて堪らなくなった。


早速、セッパヤの家族を探したが、意外な事に家族はいないと言う。家族は彼を見捨てて自分達のコタンから追い出したという。その後、一人で放浪しているところを、偶然、川漁に出ていたシャナコタンの者が保護し、以来、ここに住んでいるという事だった。俺がセッパヤを連れて帰りたいというと、彼の世話をしている者がいるから会って話して欲しいと言われた。


セッパヤの世話人はアベナンカというセッパヤと同世代くらいの女性だった。


俺が事情を説明し、彼が描いた細密画を見せるとアベナンカは物凄く驚いていた。


そして、こう言った。


『セッパヤのそんな凄い才能を見出してくれた人なら信頼できます。どうか、彼を頼みます。ただ、このコタンでも彼と話が通じるのは私だけなんです。伊勢さんはセッパヤと意思が通じますか?』


そう言われて、気が付いた。彼は完璧な自由人なのだ。”絵を描いてくれ”と命じれば描いてくれるなんて分けにはいかない。気分次第では全く何もしないだろうし、逆に描きたくなったら何処ででも描くだろう。つまり制御が極めて難しい人なのである。ということは、


「アベナンカはセッパヤと話が通じるのか?だったら、あなたにも、一緒に来てもらいたいのだが、どうだ?」


暫く考えた後、彼女は答えた。


『マメキリが許可してくれるなら、私もセッパヤと一緒に行きます』


広大な択捉島にチタン砂鉄が取れる浜はおよそ11か所ある。マメキリは夕刻ルベツコタンから戻って来た。早速、彼のチセでセッパヤとアベナンカの件を話す。アベナンカに夕も同席する。


「マメキリ、実はこのコタンからセッパヤとアベナンカを俺の地元まで連れて帰りたいんだ」


俺はそう言って、セッパヤが描いた細密画を見せた。やはりマメキリも驚いていた。


「このような凄い才能のある人を眠らせておくのは勿体ない。セッパヤは是非、俺に育てさせて欲しい。そして彼の世話人にアベナンカは欠かせない。どうか、2人を俺に譲ってくれないか?」


マメキリは暫く黙考していたが、やがて、


『アベナンカ、お前の気持ちはどうなんだ?伊勢さんと一緒に行きたいか?』


アベナンカが答える。


『私はセッパヤの才能がどこまで伸びるか、側で見届けたいです。行かせてください』


マメキリは一息ついた後、俺に言った。


『伊勢さん、2人だけで話したいことがある。皆、少し外してくれるか?』


アベナンカと夕は外に出る。やがて、マメキリが話始めた。


『アベナンカには両親と兄が2人いた。皆優しい奴らで末っ子のアベナンカをとても可愛がっていたんだが、5年くらい前だな母親は山に入った時に熊に襲われて亡くなってしまった。更に2年くらい前のことだ、父親と兄達は漁に出た際に獲物の海豹が鯱とかち合ってしまってな。鯱に3人の舟は体当たりされて沈没してしまった。俺達は現場を見ていたんだが、鯱が食事中なので波が凄くて近寄れなかったんだ。鯱が去ってから近づいたんだが、3人とも見つける事が出来なかった。以来、アベナンカは一人で暮らしてた。そこにセッパヤが現れたんでアベナンカはセッパヤを兄の生まれ変わりのように思ってるんだ。本人が行きたいと言ってるんだから、連れて行くのは構わないが、アベナンカにはそんな過去があるんだ。セッパヤと一緒にいるだけで悪くいう人間もいるだろ?どうか、アベナンカがこれ以上辛い思いをしないよう気遣ってやって欲しい。よろしく頼む』


俺は、「分かった。任せてくれ」としか言えなかった。確かにセッパヤは一般に人から見れば”白痴”なのだ。どう差別解消していくか良く考えないといけないなと思いを新たにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ