1593年4月30日 択捉島
コシャマイン:かつてのアイヌの英雄コシャマインの子孫?
ハウンテ:ヨイチコタンから来た樺太アイヌとの通訳担当
マメキリ:択捉島シャナコタン長
ポロナイで水、食料の補給を済ませ、俺達は択捉島に向かった。ハウンテも千島アイヌとは交流したことがないとの事だったが、一応、帯同している。
ポロナイから択捉島までは凡そ400キロ。昼夜を問わず水軍衆が交代でヨットを操ってくれたお陰で3日程で到着した。
最早、船の食料は樺太で補給した、鮭など干し魚、海豹肉、トナカイ肉。他はよくわからない樺太の木の実だけである。こんな状態で無理して択捉島を目指したのには訳がある。一つはここが現代では北方領土であること。俺の世界言語でコミュニケーション可能かも知れないからだ。そして、この島の最大の目的はチタンである。チタンは鉄より硬く鉱石としては扱いが難しいが、幸いな事に択捉島のチタンは砂鉄で取れるのだ。なんとしてもチタンの採取に目途を付けたかった。
島を一周して集落を探す。樺太程ではないが、やはり択捉島もでかい。一周するのに半日かかったが、その結果、島中央オホーツク海側にある半島の付け根部分の集落が一番規模が大きいと判明し接岸を試みる事にした。可能な限り岸近くにより錨を降ろし、俺、弥助、夕、正木頼忠、九鬼嘉隆、梶原景宗、小笠原秀政、ハウンテ、コシャマインに漕ぎ手の水軍衆、羽黒党、真田衆数名で小舟で岸に向かう。
大きなヨットが向こうからも見えていたのだろう。警戒心むき出しで若い男衆が出て来た。まずは、ハウンテとコシャマインが会話を試みるが反応が悪い。やはり通じていないようだ。男衆は槍か銛のような武器を持っているのが見える。戦闘は避けられないのか。だが、ハウンテとコシャマインの後ろから弥助が立ち上がった途端、男衆は脱兎のごとく逃げて行ってしまった。”海から熊が来た!”とか今頃叫んでそうだな。ともあれ、これで上陸は果たせそうである。
やがて浜に上がり小舟を陸に引き上げ、周囲を見渡す。中々大きな集落だ。チセが幾つも見える。しかし、逃げて行った男衆はどこに行ったんだろう。この見通しの良い場所で弓など射かけられた大変だ。早く敵意が無い事を知らせなければ。
俺は思い切って外皮メガホンで「俺達は敵ではない。ここの皆と交易をしたくてきたのだ」と叫んだ。頼むぞ世界言語。
すると、漸く幾人かの人が顔を見せた。先程逃げた男衆は相変わらず武器を持っているが、さらに年嵩の者もいる。
『北から来た者よ。我らと交易をしたいとな?一体、何が欲しいのだ?何を我らに提供できるのだ?』
年嵩の男は標準語を話している。つまり、世界言語が機能しているのだ。
「俺達は今回は北から来たが、元々、南に住んでいる者だ。皆にはこの島の浜にある砂を集めて譲って欲しい。もし人手がいないなら、人を派遣するので、この島の砂を採集することを許可して欲しい」
『砂が欲しいとは変わった者達だ。女子供でもできる事だから、我らで採って集めても良いし、人を連れて来るなら好きにして良い。ただ、我らの漁の邪魔だけはしてもらっては困る』
「いや、この島の砂ならなんでもよいという訳ではないんだ」
俺はそう言って、完全記憶のスキルから択捉島の地図をスケッチしチタンの砂鉄がある場所を4か所マークして見せた。
「これがこの島の形だ。今俺達がいるのがココ。採集したい砂はこの4か所にある」
いつの間にか、集落の皆が集まってきて地図を見ている。『ここはあそこだ』とかがやがややっている。やがて年嵩の男が言った。
『あなたはトカプチュプカムイ(太陽のカムイ)ですか?』
と言ってきた。ポロナイの時と同じだ。
「どうしてそう思う?」
『いや、こんな島の形を上から描けるなら天におわすトカプチュプカムイではないかと思ったのです』
そこに、男の妻だろうか婦人が口を挟んできた。
『あなた、トカプチュプカムイは女神ですよ。その人は男の人じゃないですか』
「は、は、は。残念ながら俺は神ではなく普通の人間だ。だが、交易をしてくれるなら鉄器や漆器など提供できるぞ。他にも欲しい物でもあれば言ってみてくれ。用意できるかもしれん」
『じゃあ、この毛皮と米を交換しとくれよ』
別の主婦っぽい女性が言ってきた。
見せてもらうと、これがまた見事な毛皮だった。毛皮は欲しい。
「これは、何の毛皮?」
『それは、ラッコの毛皮だよ。どうだい、良い品だろ?』
「凄い良いね」
正直に答えるしかない。
しかし、ラッコか。以前、母が昔は日本の動物園にラッコが一杯いてテレビCMにもよく出ていたと言っていたっけ。
「ただ、今は北の方を廻って来たので、米は持ってないんだ。交易をしてくれるなら米を持ってくるよ」
これを聞いて主婦達が年嵩の男に交易を始めるように強く促していた。やがて、
『俺はこのシャナコタンの長マメキリだ。是非、皆さんと交易したい。今夜はこのコタンに泊って行ってくれ』
武器を持っていた若い男衆もいつの間にか武装を解いていた。
「俺は伊勢直光だ。では今夜は御厄介になりたい」
俺はそう伝え、シャナコタンに一泊することにした。コタンの女性たちは食事の準備に行ってしまったが、俺はその前にマメキリと商談だ。
「それで、砂の件だが、確かに女子供でも出来る仕事だが、人手は大丈夫か?こちらから人を出すなら食料の提供などをお願いしなければならなくなるのだが」
『人手なら問題ない。さっきの地図を見た限りではこの島の離れて場所に点在しているようだ。島にはこのシャナコタンと同じくらいの大きさのコタンがいくつかあるから、其々、近くの採取地で集めるよう他のコタン長に話しておくよ』
「こちらの商品は米だけで良いのか?米は結構高いぞ。稗とか雑穀の方が安いが」
『そうだな、出来れば何種類か持ってきて貰って、こちらで選べるようにしてもらうと助かるのだが』
「なら、交易用に店をだそう。それと、こちらで皆の言葉を話せるのは俺一人だが、いつも俺が来れるとは限らない。そこで、俺達の言葉や文字を教える塾を開設してはと思うんだがどうだ?算術も教えられる。文字、言葉、算術を覚えておけば交易は円滑に進むだろう」
『それは、素晴らしいな。是非、お願いしたい。交易は魚や海鼠も買ってくれるのかい?』
「海鼠か、あれは美味しいよな。勿論買うぞ。他には海栗、蟹、貝はあるかい?」
『蟹や貝はラッコや海豹の餌だから、俺達は食べないな。買ってくれるなら採るが採り過ぎるとラッコや海豹がいなくなってしまうから、量は多く採れないな』
『海鼠は多く採れるのでラッコや海豹も食べるが俺達も食べるんだ。海栗はトゲがあるからラッコや海豹もあまり食べないから、取り放題だ。買ってくれるのかい?』
「勿論、買わせてもらうよ」
俺はそう言いながら本土までの輸送方法をどうするか考えを巡らしていた。出来れば生きたまま買って海水を入れ替えながら本土まで運ぶのがベストだろうが、その間の餌をどうするかだな。
その夜は、早速、海鼠と、態々取りに行ってくれたのか海栗を出してくれた。俺以外は皆初めて食べるので不安そうだったが、一口食べると皆笑顔になった。その他、鮭、鰊、鱒、海豹と海産物の嵐を堪能できた。




