1593年4月17日 ヌイエ
コシャマイン:かつてのアイヌの英雄コシャマインの子孫?
ハウンテ:ヨイチコタンから来た樺太アイヌとの通訳担当
バフンケ:樺太ポロナイコタン長
ゴルゴロ:オロッコ族の長
ウクリナ:ニクブン族ヌイエ村の古老
救助したニクブンを連れ俺達はヌイエに入った。流石は広大な樺太の大河であるヌイエまで双胴船4隻で乗り付けることができた。
ヌイエの民から見れば舟で不審者の迎撃に出て行った男衆が見たこともない形の大型船に載って帰って来たのだからさぞかし驚いたことだろう。
流石に桟橋などないので錨を降ろし、救助したニクブン達の案内で小舟で順次上陸していった。ヨットには警備の水軍兵とソナ、ソナオ、そして彼らを世話する水軍兵の嫁達が残った。
上陸したのは俺、弥助、小笠原秀政、九鬼嘉隆、コシャマイン、ハウンテ、樺太アイヌの通訳、オロッコの通訳に影の警護役として羽黒党と真田衆が身を潜めている。
ニクブン側はヌイエの長だというウクリナという名の老いた男を始め男が何人か出迎えてくれた。ウクリナの家に入る。ニクブンの家は丸太小屋だった。屋根は白樺だろうか?木の外皮を敷いている。中央に囲炉裏がありその上だけは外皮がなく天窓となっている。窓が入口の反対側にもあった。
ウクリナから早速、救助の礼を言われる。お礼にと海豹肉や鮭、鱒など魚料理で持て成された。一応、先に弥助に食べて貰ったが問題なさそうなので、俺達も食べたが美味しかった。
俺からは、オハ油田、カタングリ油田の話をし、採掘の許可を得ようとしたのだが、ニクブンにはそもそも土地の所有という感覚がないそうだ。なので、漁や生活の邪魔さえしなければ問題は起きないだろうと言われた。ウクリナはオハの石油を知っていた”死の黒い湖”と地元では忌み嫌われている場所だそうだ。そんな物をいくら取ってもニクブンから有難がられこそすれ、憎まれる心配はないだろうとも言われた。俺は早速真田衆に現地調査を命じた。彼らは既に樺太アイヌの言葉はかなり話せるし、船員を装って潜んでいた道中でニクブン語も片言ながら覚えていたのでなんとかなるだろうと判断した。突然闇から人が現れたので驚いたウクナリ達だったが事情を説明すると、
『それなら、ソリを使用すると良い』
と言ってきた。
雪もないのにソリ?と思ったがオロッコ達もトナカイに引かせてソリで向かって来てるんだっけ。
ニクブンの若者に案内されてソリの所に行くと、ソリと共にモフモフの犬がいた。所謂、樺太犬だ。彼らニクブンは犬ゾリを使うようだ。
4頭の犬に引かれたソリに御者役のニクブン女性と真田衆2名。都合3台のソリで真田衆6名が出発していった。
もう一つのカタングリ油田はヌイエからは近い筈だがウクリナも誰も知らないという。なのでここは羽黒党の山師を派遣した。羽黒党も真田衆同様片言のニクブン語は話せるし俺が描いた地図を読めるので心配ない。
そうこうしている内に陸上部隊がやってきた。そう、まだ彼らの戦争は終わっていない。
俺はオロッコや樺太アイヌと友人である事を話し、彼らと和解して欲しいと伝えた。コシャマインが救助したニクブン人と共に陸上部隊の出迎えにでる。彼らには戦いを始まる前に事情を説明し交渉の席について貰わなければ。
どうやら、説明は上手くいったようで兵をヌイエの外に待機させバフンケとゴルゴロがウクリナの家に案内されて入って来た。
最初に俺から、自分の前でニクブンが鯱に襲われたが舟が転覆して困っている彼らを救助し、お礼がわりにオロッコ達と和解してくれないか話したことを告げた。
あとはニクブンとオロッコの問題だ。俺達と言う共通の友人を得たことで話が纏まれば良いのだが。
話し合いは拍子抜けするほどあっさり終わり両者は和解した。
ハウンテ等の通訳によると、どうやら争いは漁場をめぐる物ではなく、獲物の取り合いだったと言う。つまりニクブンが先に攻撃した海豹をオロッコが追撃し奪った形になったらしい。ニクブンは優先権を主張したがオロッコは仕留めたのはこちらだと譲らず諍いに発展したらしい。揉めた当人達がこの場にいないというのもあるのだろうが、話し合いは簡単に終わり今後は先に攻撃した方が最後まで仕留めるということで合意したそうだ。ただ、ニクブン人は自由気ままな人たち、ウクリナには他のニクブンを代表する権限などないので、また、問題が起きる可能性はあるだろう。そもそもウクリナは村長というよりヌイエ一番の古老なので周囲から尊敬を集めている存在らしい。”長”などという立場自体ニクブンには存在しない模様だ。
俺からウクリナ以下ヌイエの皆にいくつか話をした。
・樺太犬を何頭か譲って欲しい。(だって可愛いんだもん)
・漁で蟹は採らないのか?
・ほたて貝は採らないのか?
ウクリナからは若い樺太犬雄雌合わせて10頭譲ると言われたが、10頭もヨットに収容できないので4頭に貰うことにした。
また、蟹は硬くて食べられないし貝は海豹の餌だから採らないそうだ。
そこで、俺は彼らに持ち掛けた。
自分達は南の地域から来た人間でこの地域の海豹や蟹は自分達の土地では珍重されるので、交易したい。
干し魚他、海豹の毛皮、蟹や貝を採って譲ってくれれば、こちらからは鉄器を提供しようと話した。
その他、交易を円滑にするため文字と自分らの言葉を教える塾をヌイエに開き学んで貰う。評判が広まれば周辺のニクブンも集まってきてヌイエが活況を呈するだろうと伝えた。
ウクリナの反応はいま一つだったが、周囲の若者は興味津々という感じだった。結局、ニクブンに蟹を何匹か捕まえてきてもらって、俺達で料理することになった。最も蟹なんて俺以外食べた事ないので、殆どが俺の素人料理である。
ニクブンは簡単に蟹を2匹持ち帰って来た。見事なタラバガニだ。さっそく、ヨットに戻り大鍋に湯を沸かし茹でる。どれくらい茹でれば良いのか俺も分からないので時々茹で具合を確かめるしかない。これはもはや料理と言うより実験である。
ニクブンの女性が何人か興味をもってついて来たが料理の参考になるかどうか?やがて湯から良い香りが立ち始めた。水軍の妻のアイヌ達も手伝ってくれ、タラバガニの茹で上げは完成した。出来た上がった蟹を持って皆の所に戻る。
足をもぎ、中の肉をほじり出し皆に振舞う。胴も開いて肉を出して同様にした。ニクブンは初めて食べる蟹の美味しさに驚いていた。蟹の美味しさに気付いてくれれば彼らも採るようになるだろう。そして、俺にはアイデアがあった。既に石炭と鉄鉱石があるから製鉄はやがて完成する。そうすれば缶詰も可能になるのだ。さすがに樺太から蟹を持って帰る術はないが、缶詰であれば腐敗させずに本州まで持ち帰れるだろう。
結局、蟹の美味しさ効果か、交易とヌイエでの塾の開設が合意された。樺太で冬を越す事を考えると講師は十三湊のアイヌ人だからニクブンが覚える日本語は津軽弁になるだろう。




