1593年4月16日 樺太の戦い
コシャマイン:かつてのアイヌの英雄コシャマインの子孫?
ハウンテ:ヨイチコタンから来た樺太アイヌとの通訳担当
バフンケ:樺太ポロナイコタン長
ゴルゴロ:オロッコ族の長
正直いえば俺は樺太まできて戦争などしたくはなかった。
鉱山と違い油田はさほど人夫を必要としない。油田とその周囲の土地、行き来する湊の設営さえ認めて貰えれば十分だったのだ。
だが、案内役を頼もうとしていた樺太アイヌが油田地帯に住むニクブンという人々と戦争状態となればそうも言っていられない。
争いの発端はオロッコとニクブンの漁場をめぐるものだという。
元々、北樺太のニクブンは海漁で海豹などを取って暮らしていた海の民。
一方、中部樺太のオロッコは山で狩猟生活を送る山の民だったそうだ。
やがて、交易や結婚などで両民族は結びつきを強め互いの文化も交流し、ニクブンも狩猟を、オロッコも海に出て漁をするようになったという。
トラブルが発生したのは海豹漁についてである。海豹は季節によってはニクブンの住む北樺太より南のオロッコの住む東部の北知床岬(近代日本統治下の名称)付近の方が良く取れるのである。岬の南西には海豹島(近代日本統治下の名称)という無人島があるくらいなのである。
当然、漁業が主体であるニクブンは南下してきて海豹を捕る。一方、オロッコはここは自分達の漁場と言って反発する。やがて両者は争い戦争となった。
しかし、海での戦はやはり漁業の民であるニクブンの方が一枚上だった。押され気味のオロッコは西隣の樺太アイヌに加勢を求めた。樺太アイヌは樺太南部の広大な山地に加え蝦夷やリシリとの交易で舟の扱いも巧みだから、加勢に応じ、ようやくニクブンをポロナイが面するタライカ湾(近代日本統治下の名称)から追い返した所だという。しかし、ニクブンを降伏させたわけではなく、彼らは、また、やって来るだろうということで、警戒に当たっていると言う。
つまりポロナイは交易の湊だけでなく要衝の湊でもあるわけだ。
そんなタイミングで見たこともない大型船を4隻も駆って俺こと竜神が訪れたのだ。戦力として期待されないわけはない。ただ、いつ来るかも知れない敵を待っている程こちらも時間はない。普通なら忍びを斥候に出すところだが、土地勘もなく言葉も通じない樺太の大地ではいかに羽黒党と真田衆が有能でも危険にさらすだけだろう。
程なくして、オロッコの代表ゴルゴロがポロナイにやってきた。
俺→ヨイチのハウンテ→バフンケ→ゴルゴロ
と間に通訳2名を介しての会話である。あぁ懐かし世界言語!
俺は正木、九鬼、梶原の水軍長に相談し、オロッコを案内人にしてこちらからニクブンを攻略する事を提案した。陸からはアイヌ、オロッコがニクブンの背後を突く二面作戦だ。オロッコはトナカイを使役する民だそうだ。
トナカイに引かせたソリでアイヌ領とオロッコ領の間にある大きな川の流域を行けばニクブンの土地まで到達可能だと言う。北樺太は平原地帯で急げば数日で到達することも可能だそうだ。
こうして、陸と海、二面作戦の決行が決まった。俺には北常陸の戦以来2年半ぶりの戦いである。しかも初の海戦だ。如何に自分が設計したヨットとはいえ、やはり緊張する。因みに、アイヌやオロッコの武器を聞いたら圧倒的に多いのは弓、ついで槍、鉄の矢じりはやはり少なく木の先端を鋭利にした矢が多かった。だが、九鬼によると北方民族の鷲羽は矢羽には最適なので決して侮れない武器だと言う。
ポロナイコタンに泊った次の日、トナカイソリ部隊の一陣が出発していった。一つのソリに御者役1名と兵4名。今回はアイヌ、オロッコ合わせて150人だそうだ。20万の軍隊に囲まれた経験を持つ俺から見れば少ないが樺太ではこれでも多い方だという。しかも、陸での戦いはニクブンより彼らの方が上手だ。あとは俺達が海側からニクブンを挑発し、おびき出せば大丈夫だろう。
今回の攻略地はヌイエという湊町というか村らしい。カタングリ油田からも近い村のようだ。
アイヌやオロッコもそうだが、ニクブンも部族全体を纏める王とか首長は存在せず、各村単位で漁や狩猟を行い交易して生活しているのだそうだ。今回、ヌイエを攻略するのもオロッコと揉めた村だからだ。
ところで、俺達のヨットにはヨイチのハウンテの他、オロッコ語ができる樺太アイヌの者、ニクブン語ができるオロッコの者が乗船している。オロッコの者は案内役も兼ねている。バフンケやゴルゴロは陸上部隊を率いて行った。
ソナ、ソナオは初めての海域でも流石の探知能力である。海面下の岩礁も見事に発見するだけでなく、動く岩(おそらく鯨、鯱であろう)も発見し衝突を避けてみせた。
それにしても樺太は広大だ。蝦夷より少し小さい面積だというから当然だが、ヌイエ沖まで丸2日掛かった。漸く到着!と思ったのだが陸には湊はおろか人家も全く見当たらない。一面の草原である。ハウンテ始め通訳を経由して得た話では、ヌイエはこの北に開けた河口から川を少し遡上した所にあるという。
因みに、ここまで来る途中でもニクブンの舟に何回か出会ったが、オロッコの案内人は敵意を表すでもなく普通にやり過ごしていた。その理由はというと、
『彼らはヌイエのニクブンではないから』
だそうだ。やはりこの辺の人々は民族とか国という単位での纏まり意識は皆無なのだろう。オロッコが戦っている相手はあくまでもヌイエのニクブンであり、他の集落のニクブンには何の敵意もないらしい。俺はこれを知って少し安堵した。というのも北樺太全土と戦いになったらとてもじゃないが油田開発どころではなくなるからだ。
ここで俺達は一計を案じた。陸の部隊が来るまでまだ何日かある。今ここでこんな大きな双胴船で乗り付けたらヌイエの民は皆逃げ出してしまうだろう。実際、すれ違ったニクブンの舟は一様にこの大型船に驚いていた。
そこで、まず種子島で武装した兵を乗せた小舟を数艘だしヌイエを威嚇、反撃を誘い海に誘い出した所をバリスタ隊の雷矢で脅かして投降を促すという作戦だ。元々ニクブンは漁業の民だと言うから、上手くいけば陸部隊が着いた時には全員投降させている可能性もある。
果たして、数艘の小舟を出しておよそ10時間漸く小舟が戻ってきた。狙い通りニクブンと思われる舟を従えている。だが、河口まで出た所で、急に失速してしまった。九鬼水軍の漕ぎ手がニクブンに劣るとは思えないが、海流の影響を受ける河口付近では流石に思うように操舵できないらしい。これは拙い、既に雷矢のバリスタ隊はいつでも撃てる状態だが、今撃てば、九鬼の舟にも影響が出てしまう。
やがて、九鬼の舟は河口を抜け海に出た。その時!!
九鬼の小舟とニクブンの小舟の間に大岩が現れ両者を分けるとともに大波を作り出した。九鬼の舟は転覆こそ免れたが、波に押され物凄い勢いでこちらに向かってくる。ハウンテと樺太アイヌの声が重なる
『レプンカムイ!!』
俺はハッ!とした。ハウンテの言葉が世界言語で訳されていない?
「レプンカムイって何だ?」改めてハウンテに問う。
『鯱の姿をした、海の最高神です』
あの突如現れた大岩は鯱だというのか!
『この海域に鯱はいますが、普通、鯱は海豹とか大型の獲物を狙うんです。この辺りには海豹もいませんし、なんであんな行動をしたのか不思議です』
『それは私がお答えします』
ソナの声だ。
『私はここまでずっと海の音を聴いてきました。そうしている内に、鯱や鯨の声を聞き分けられるようになったのです。九鬼の旦那さん達が苦戦していると知って、ソナーの音だし器で鯱さんにお願いしたんです。”あたしのお友達の舟を守って”って。まさか、本当に守ってくれるとは自分でもビックリです』
はぁぁ。これこそ正にチートという奴じゃないか!
今まで風魔の狼使い、カラス使いは知っていたが、鯱使いなんて初耳だよ。本格的に使えるようになったら海戦では間違いなくダイナマイトより強力だろう。
「そうだったのかソナ。危ない所を助かったよ。本当に凄いなソナは!」
凄いなんてもんじゃない。怖い位だわ。
『お役に立てて嬉しいです』
あくまでも謙虚なソナの頭を撫で、ふと河口を見ると、ニクブンの舟は全て転覆していた。河口は川に阻まれ波が打ち返してくるから縦横無尽の荒波に手も足もでなかったんだろう。鯱も別にニクブンを襲うということもなくその後は姿を見せなかった。やがて九鬼の小舟を収容した俺達は河口に迫り、ニクブン語のできるオロッコ人に外皮メガホンを渡して降伏勧告を行った。
鯱から逃げる為だろう河口付近を必死で泳いでいたニクブン達はその声を聞くや一斉にこちらを見、見たこともない大船に驚き、やがて言葉の意味を理解し船に近づいてきた。泳ぎに夢中でもはや武器もない彼らに抵抗は不可能だろう。俺は再び小舟を出し、ニクブン人を船に収容するよう命じた。




