1592年8月1日 蝦夷進出
半月ほど前、幕府から全国の大名宛てに、”蠣崎家のアイヌ取次ぎ役を罷免し、新たに伊勢家をアイヌ取次ぎ役に任命する”とする触書が発布された。
無論、蠣崎家にも届いている筈だ。彼らが守るか否かは分からないが。
蠣崎家の領地は現在の北海道で言えば松前・江刺・函館と言った松前半島から函館市域程度の面積しかなく、農耕はしているだろうがこの時代の農業技術では稲作は不可能な寒冷地だ。それが、北条への臣従時にアイヌとの交易権を奪われた上、今度は取次ぎ役も罷免されてしまった。事実上、アイヌ人との接触禁止を言い渡されたも同然なのである。領内に一部金山はあるが、これまでと同様の暮らしをおくるのは難しいだろう。
それ故に彼らはアイヌとの密交易を続け、アイヌから搾取した品は朝鮮や大陸と密貿易をするのでは?と考えられていた。
では、蠣崎を干上がらせる為に伊勢家はどう蝦夷に入っていくのが良いのか?
普通に考えれば、かつてアイコウインが村長をしていたというネタナイがある亀田半島に拠点を築くべきだろう。
だが、もう一つの目的、炭鉱の確保に関しては亀田半島は適地とは言えない。
蝦夷、いや北海道の炭鉱は留萌・夕張といった道央にあるのだ。留萌は海岸線だが、夕張となると石狩川は抑えたい所だ。また、東南部の釧路には炭鉱と油田もある。そして何より、北海道の更に北、樺太北部には新津より大きな油田があるのだ。更に、択捉島ではチタン砂鉄が取れる筈だ。
このように蝦夷周辺は正に資源の宝庫なのである。
九戸兄弟の弟、実親が手勢を連れて協力してくれることになったので、隊を二つに分けることにした。
一隊はアイコウインを神輿に亀田半島に向かう部隊。今もアイヌ人が多く暮らしているだろうこの半島に上陸し、蠣崎に代わって伊勢家が交易相手になったことを伝える。蠣崎の手の者がいたら九戸の上陸部隊で制圧する。羽黒党と、実は蝦夷領有後に備えて羽黒山で寒冷地対策に勤しんできた真田の忍びも投入する。
もう一隊は、俺を含め石狩川を目指す部隊だ。
十三湊に住む元流民らを集め、土地勘のある者がいないか確認した。
俺の世界言語で地名まで訳されるのか不安だったが、
「イシカリ」「ユウバリ」「ヨイチ」「サッポロ」という地名を出したところ、石狩川流域の出身という15歳くらいの男の子が手をあげてくれた。
彼によれば、川遊びの最中に友達と一緒に盗賊に攫われ、蠣崎家に奴隷として売られたという。その後運よく蠣崎領から脱出、津軽海峡を渡ろうとしている流民に出会いここまで流れて来たらしい。友達がどうなったかは分からないと言う。ただ、蠣崎領にはアイヌ人奴隷が結構いるらしい。
彼は名を「ヤウカイン」という。同世代のコシャマインと共に同行して貰う事にした。
十三湊には和人を代表して松田定勝が残ることになった。文武両道の彼は塾の講師の中で一番人気だっし、怨配下の歩き巫女が何人か残るので大丈夫だろう。
隊分けは以下のようになった。
・亀田半島上陸隊:総大将・垪和康忠、中山照守、相馬秀胤、土岐頼実、阿曾沼広長、九戸実親、アイコウインとその家族。単胴艇(雷矢バリスタ1器)双胴艇(雷矢バリスタ5器、カルバリン砲5門)2隻
総大将の塀和は文治武将だが、蠣崎との交戦もありえるので中山、相馬、土岐といった武勇の者を付け、九戸実親とその手勢も加えた。
・石狩川探索隊:伊勢直光、弥助、怨、立花夫妻、足利氏姫、ラーニャ、ザワティ、正木頼忠、九鬼嘉隆、梶原景宗、コシャマイン、ヤウカイン、ソナ、ソナオ。新型双胴艇4隻(雷矢バリスタ8器)
こちらは未知の海域を通ることになるので、速い新型艇と水軍衆にソナー要員を加えた。アイヌ語は俺、怨、コシャマイン、ヤウカインが話せるので交流は問題ないだろう。




