1592年7月10日 助っ人登場
トサコタンが完成して一月が経過した。このところ、アイヌ人の移住希望者の来訪が後をたたない。
アイコウインによると、この津軽半島には相当数のアイヌ人がいると言う。
元々、津軽に住んでいたアイヌもいるが、多くは蠣崎の圧政で蝦夷から逃げて来た流民だという。
ところが、ここにアイヌの集落トサコタンができたと聞いて、流民たちがこぞって保護を求めてやってきたという訳だ。
何故、俺達が来るまでここにチセを建てなかったのか聞いたところ
『ここも、いつ追い出されるか分からなかったんで、皆チセを建てる気力もなかったんです』
と、アイコウインは苦笑した。
成程、この地の領主である俺が建築を命じなければ、不法占拠なわけだからいつ誰に追われるか分からないからね。とりわけ彼らは蠣崎家からの追手を恐れていたようで、俺が蠣崎家より上位の存在だと知って、本当に安堵したようだった。
そんな訳で、今、十三湊周辺はチセの建設ラッシュである。とわいえ、広大な十三湊周辺であるから土地には困らない。海の漁場が重ならないよう調整し、結局、十三湊周辺に五つのコタンが形成されることになった。1コタンにつき20戸のチセからなる。アイコウインによれば、蝦夷にある本来のコタンは精々チセ10戸位だそうだが、そんな小規模なコタンを複数作ってもそれぞれに長が必要になるし、野獣・盗賊・災害等に備える為にも厠等公共施設を複数建設して20戸程度の規模にしようとの結論になった。
家族単位で流民になっていた者は、一つのチセを与えるが、何しろ流民である、単身者、片親の子持ちというケースが圧倒的に多く、彼らにはチセを共同使用してもらうことにした。それでも、従来の流民生活に比べれば格段に快適らしく皆受け入れてくれた。
トサコタンを起点にサム(そば)コタン、オンナイ(中)コタン、エトク(先)コタン、ケシ(端)コタン、そして湊の対岸にあたるところはコッチャ(前)コタンと名付けられた。
塾は講師による巡回。戸籍も順次整備していくことになる。
さて、そんな建設ラッシュも漸く落ち着いてきた頃、強力な助っ人が十三湊にやってきた。
九戸の舟に載ってやってきたのは若い男女一組である。
彼らは何れも盲の若者だ。以前、申川油田からたまが来た時に、ソナーについて相談していたのだ。超人的聴力を持つ彼女であれば、船の航行に当たって前面の海中に障害物がないか把握できるのでは?と思ったのだ。
内容を把握したたまは、新津の研究所に聴力だけなら自分以上の者が何人かいるとのことで、従者に文を書かせ十三湊に呼び寄せたのだが、それが漸く到着したというわけだ。
ソナーといっても、あくまでも航行の安全を図るためであるから航路前方の海中に障害物がないか知れれば良い。
・航路前方の海中に大きめの笠を垂らしゴムチューブ越しに船内からほら貝を吹く。
・次にもう一つ海中に降ろした笠からチューブ越しに帰ってくる音を聴く。
という実に単純な構造だ。常人の聴力ではこんな手段はソナーとして機能しないだろうが、盲の彼らの聴力ならあるいは?と思っていたのだが、今日来た二人は八郎潟での実験で最高成績の二人らしい。最大で500メートル先の障害物を検知したというから凄い。
通常、ソナーは船底に設置するものだから船底にチューブを通す穴をあける必要がありこの時代の技術では心もとない行為なのだが、双胴船の場合は中央部は海面に接していないので安全に設置できるだろう。あとは航行時に海水に逆らう発音・集音用の笠をいかに航路前方に向けて安定的に設置できるかが課題。
2人の名前を聞いたら、名はないので付けて欲しいと言われたので、勿論、
女の子はソナ、男の子はソナオと名付けた。今後向かう蝦夷沿岸は案内人がいない海域だ!期待してるよ。ソナ、ソナオ。
もう一つの助っ人は正木水軍である。当主・頼忠自ら4隻率いてやって来た。九鬼嘉隆に梶原景宗もいる。俺達の航路を伝えてあったせいだろう、安房から一気に釜石へ行き一泊。そこで、沿岸漁民を案内人に雇い八戸を通過し下北半島、津軽海峡と一気に抜けて実質、所要2日で十三湊まで来たらしい。
乗員が全員荒海に慣れている水軍兵とはいえこれは凄い。現代船より速いんじゃないか?彼らが載って来たのは新型の双胴艇ヨットだ。現代での名前をウェーブ・ピアーサーという。阿曽沼産のケヤキがとても硬くて丈夫だというので、船の胴体に採用した新型だ。
俺達が載って来たヨットより、遥かに細長い胴体をしている。これなら海水の抵抗も最小限にし高速運航可能なわけだ。というか、釜石に滞在している時に俺が設計図を書いて安房に送ったのだが、こうも早く実現するとは流石は安房のチート船大工達だ。尚、如何に阿曾沼のケヤキが丈夫とはいえあまり重い物を乗せると持ち前のスピードを殺してしまうので、新型には大筒は搭載していない。代わりに雷矢用のバリスタが8器設置してある。
また、新たなチート設備はウオータージェット推進器だ。これは海水をポンプでくみ上げ後方に噴射して推力を得る器具だ。というと聞こえは良いがまだ内燃機関はないのでポンプは人力である。とはいえ、緊急時に櫂で漕ぐよりは推力が得られるのでは?と思い試作して実験するよう指示したところ、人員が少ない場合は漕ぐより効率が良いとの結果がでたので採用された。
主動力が人力ポンプだったらブラック労働すぎるが、あくまで緊急時に双胴船の中央に筏を降ろして使用するだけなので心配ないだろう。
ソナーと新型ヨット、これで蝦夷行きの準備は整った。




