1592年5月2日 コシャマイン
誤字報告有難うございます。
申川油田に戻る九戸らを見送った後、怨の案内でコシャマインの子孫と称する者に会いに行く。
随行は、案内の怨に、護衛の弥助、立花夫妻、氏姫、そして津軽弁も話せるということで阿曾沼広長も加わった。
その家は、成程、この貧民街の中では大きいが、俺達が泊ってる屋敷以上に古く明らかに素人仕事の補修の跡が随所に残っていた。因みに屋根は筵敷である。
中に入る。元は部屋が幾つもあったのだろうが、今は柱がむき出しで何本も立っているのが丸見えだ。見ようによっては、スペインのコルドバにあるメスキータの様だ。もちろん、メスキータより遥かに貧相であるが・・
この柱だらけの大広間の囲炉裏に若者が座っている。周囲は従者なのだろう老若男女何人かが働いている。
怨が声をかける。
『コシャマイン様、我らが殿・伊勢直光様がお越しになりました』
『ん?怨か。案内ご苦労』
この会話はアイヌ語?それとも津軽弁か?俺には標準語にか聞こえないので宗茂に聞いてみたが、『わかりません』だってそりゃそうだ、宗茂はアイヌ語も津軽弁も分からないわ。広長に聞かなきゃと思ったところで、
『殿、こちらがアイヌの英雄・コシャマイン様の御子孫、コシャマイン様に御座います』
紹介されてしまった。
俺は立ったまま、
「俺が怨らの主・伊勢直光だ。貴様がコシャマインか?英雄の器量を受けついでいるようには見えんな」
挑発してやった。どうみても14~15歳の子供だ。この年代にはどちらが上位かハッキリさせた方が良いのだ。しかも若いから挑発には弱いだろう。
『何、怨の主とはいえ、無礼だぞ!決闘だ!』
は、は、ちょろいな、コイツ。こんな簡単に引っかかった。
「俺と戦う資格があるか否か、先ずは俺の家臣と戦って示せ!」
そう言って、弥助を前に立たせた。
『!!!!!!!!』
生まれて初めて見るアフリカンの大男に仰天したのだろう、コシャマインは声も出さずに失神してしまった。
こりゃ困った。予定では弥助がコシャマインをボコって俺達が上だという事を認めさせたうえで話をするつもりだったのだ。なんせ、アイヌ人には伊勢家の領民という認識はないだろうし、実際今まで年貢も納めていないわけだからね。
暫くすると漸くコシャマインが意識を取り戻した。彼の取り巻き達は怖がって誰も近寄ってこない。
漸く、俺達に気が付いたコシャマインが、
『お前は、熊を従えているのか?』
と言った。
弥助は大熊に見えたらしい。
「熊ではない。人間だ。弥助、挨拶してやれ」
『まだ、闘うか?コシャマイン』
怨の通訳で聞いたコシャマインは
『そうか、俺はお前と闘ってのされたのか。負けたのにグダグダ言い訳をするつもりはない。お前達を俺達の首長として認めよう。伊勢直光様』
実際は戦う前に失神したのだが、上手く誤解してくれたようだ。
「うむ、潔いな。俺はお前のような男は大好きだ。この湊一帯は俺の領地だったのだ。今後は役人も住まわせる故、しっかり働き、税も収めてくれ」
この時、コシャマインの従者の年嵩の男が呟くように言った。
『け!税を払えるくらいならこんな処まで流れて来てねぇよ』
「おい!そこのオヤジ!お前何処から逃げて来たのだ?罪人か?」
年嵩の男は俺の声を聞いて青くなった。
慌てて、和人スタイルに平伏して答える。
『どうかお許しください。おいらは罪人ではありません。元々はネタナイで漁師をしていたのですが、蠣崎様に納める年貢がとても払えず、とうとう住んでた家を取られ、漁に使う船で着の身着のままで、この湊まで逃げて来たのです。この辺りに住んでる者は皆そうです。ご無礼招致で申し上げます。一所懸命、この湊で漁師として働きます。ですが蠣崎様のような8公2民では民は暮らしていけません。どうか、お慈悲を賜りますようお願い申し上げます』
8公2民だと?
「その方、名は何という?」
『おいらはアイコウインといいます』
コシャマインが口添えする。
『殿様、アイコウインの言ってる事は本当です。こいつはネタナイで村長やってたんだ。両親が早く死んじまった俺の事をコシャマインの子孫だって言って大事に育ててくれたんだ。蠣崎の役人は本当に怖い奴らで、豊漁だと8割どころか9割くらい持っていくし、不漁だと足りないから奴隷差し出せとか言って来るんだ。お願いします、伊勢の殿様。俺達をここから追い出さないでください。ここを追い出されたら、俺達の舟じゃもう行けるところなんてないんです』
コシャマインめ、こんな話し方もできるんだ。可愛い所もあるじゃないか。
「安心しろ、伊勢家というより幕府の定めた公定税率は4公6民だ。蠣崎が8公2民なんて無茶やってるなら幕府に対する反乱だ」
「幕府に対する反乱とは、日ノ本の国全体への反乱ということだ。この意味わかるな?」
『はい、わかります。あの、伊勢様、俺達はこれからは和人のように振舞わなければいけないのでしょうか?先人から伝えられた風習・習慣は捨てなけれならないんでしょうか?』
「ん?蠣崎めに何言われたか知らんが少なくとも俺の領地であるこの十三湊ではアイヌの風習はそのまま続けて良いぞ」
俺はニッコリ笑って答えた。何故笑ったかというと、和人の風習と聞いて、かつて都で会ったお白い爺の顔を思い出していたからだ。彼らにあんなお白いやキモい黒歯は似合わない似合わない。
『ありがとうございます。それにしても殿はアイヌ語もできるのですね。こんなにアイヌ語が上手な和人に初めて会いました。皆の者、殿の前で妙な事口にするなよ。全部知られてしまうぞ』
コシャマインは飼犬のような茶目っ気めいた素振りで周囲のアイヌ人を窘めた。
「皆は蠣崎はじめ和人に酷い目に合わされてきたのだな。心の中では和人を憎んでいるのはわかる。だが、和人にもお前達に理解ある者もいるのだ。我が伊勢家がそうだ。お前たちの和人への印象は俺達が変えてやる。先ずは、ちゃんと仕事に専念出来るよう、お前たちの住処から改善していこう」




