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1592年5月1日 クルージング(十三湊到着)

横内城で一泊し、次の日はいよいよ十三湊に向かう。


津軽為信からは、3折の箱に錦石という綺麗な石の首飾りと玉の詰め合わせを貰った。今度も女性陣は興味津々である。その他、津軽杉だろうか?ヒバという木の曲げ物数点、あけび蔓の籠を数点貰った。


さて港へ向かおうとしたのだが、為信が


『十三湊は大浦城から川を下って行く方が良うございます。是非、我が本城・大浦城にもお立ち寄りくださいませ』


と頻りに進めて来る。


しかし、バリスタや大筒を備えたヨットをずっと津軽領に泊めておくのも問題なので、それは断り港へ向かった。為信の残念そうな顔。


きっと、南部が俺に贈ったのが琥珀2折というのが伝わったんだろうな。わざわざ3折の錦石を用意し、更に別の品まで贈ることで南部と差を付けたいのだろう。


ん?俺、南部では八戸港の整備をアドバイスしたな?もしかして、津軽でもなにか提案しないと帰してくれないのかな?

そうだ思い出した。ヒバって木は現代青森にもあった。香りのよい木でアロマ用の精油なども作られていた筈。


「為信。このヒバという木はとても良い香りがするな。この木から油を取って匂い袋や香り油にすれば津軽領の特産になるやも知れんな。関東や京でも人気が出るかもしれん」


『成程、油ですか!さっそく領民に指示してみます。伊勢様は誠、万事良くお考えになられますな。某では全く思いつきませんでした』


為信は満足そうだ。


津軽にしても南部にしても現状中央との交易は太いとは言えない。彼らが特産品を産すれば、北条札で買い取り完全に中央の経済圏に組み込むことが出来るのだ。


一度でも北条札を広めれば領主が何をしても北条から逃げられなくなるのは佐竹・宇都宮の例を見ても明らかだ。


さて、港に着くと、なにやら騒ぎが起きている。あれは、ここまで案内してくれた南部水軍の者ではないか!


『何度言えば分かるんだ?伊勢様はこの最新式の船で十三湊に向かうんだ。この船は津軽者に扱えるような代物じゃねえんだよ!!!』


『馬鹿をいうな!外ヶ浜から十三湊へは馬を使った方が早いんだ。それに十三湊にこんな大きな船を泊められる場所は無いんだよ。いい加減な事言って伊勢様を危険にさらすな。南部の余所者め!!』


あらあら、例によって南部と津軽の争いですか(苦笑)


俺は為信に改めて船で十三湊に向かう事を伝え、争いを止めさせるよう指示した。


為信直々の命とあって、漸く港は静かになった。勝ち誇ったような南部水軍の者達。


だが、流石名高い知将・為信、このままでは引き下がらなかった。


『南部のご家来殿。ここからは我ら津軽水軍衆が十三湊まで案内致す。ここまでご苦労であった。御領に帰還し休まれよ』


これには、南部水軍が仰天したが、相手が津軽の大将とあっては言い返せない。南部の当主・信直はここには来ていないのだ。


一転、勝ち誇ったような顔になる津軽勢。


結局、津軽水軍の案内で十三湊に向かうことになった。南部水軍には礼金として北条札をいくらか渡す。中央で使用されている紙幣という新たな銭だと伝えると満足そうにしていた。実際、彼らには世話になったからね。


ヨットは津軽海峡を横断、日本海に出て十三湊にはあっという間に到着した。


前日に南部の者が言った通り、外ヶ浜に行くより十三湊の方が近かったかもしれない。


さて、我が領土の一つ十三湊である。元々は秋田家から男鹿半島、南部家から釜石地方を割譲する時にバランスを取るため津軽家から北条家が割譲した地だが、元の領主・津軽家も新たな領主北条家も興味を示さず、気が付けば男鹿半島を治める俺の直轄地になっていた湊である。謂わば押し付けられたようなものである。この湊の名を出したのは博識な板部岡さんだったかな?現代でも青森にこんな港があるなんて知らなかったよ。


津軽の者が南部に罵っていた事は、嘘じゃなかった。この湊、香取海のような巨大な内海だが長年放置されており桟橋はおろか小舟を付ける場所すらない。漁用の小舟は浜に陸揚げされて泊められており、港を囲む集落は村というより貧民窟である。そういえば、津軽為信も最初にここを差し出せと言われた時、『十三湊?どこ?それ?』ってな顔してたのを思い出した。


さて、どうしようと思っていると小舟が一艘近づいて来る。


小舟には漕ぎ手2名と女が一人。やがて、接舷した舟から声がした


『お頭!あっ、失礼しました。殿。私、夕様の名代・えんでございます。何卒、乗船の許可を!』


夕の名代。つまり歩き巫女だ。直ぐに乗船を許可する。


『お初にお目にかかります。殿。夕様の配下で松前におりましたえんでございます。改めましてよろしくお願いいたします。』


えんは平伏して挨拶した。


「俺が、伊勢直光だ。えんは松前にいたのか?夕とは最近会ったか?」


『はい、夕様は半月ほど前、松前にいらして、私にこの湊に移るよう指示なさいました。松前には別の者がまだおりますので、私が抜けても問題ないと判断されたのでしょう』


「夕とはしばらく会ってないのだが、その後、何処に行くとか言っていたか?」


『いえ、私には何も。ただ、アイヌの人を連れているようでしたので蝦夷に入ったと思います』


なんと、夕が蝦夷に!


『ここ、十三湊の周辺も大半がアイヌの人です。皆さん、津軽弁ですが日ノ本言葉を話します。ここは波穏やかな内海ですので、この大船はここに錨を降ろし、小舟で上陸なさるのがよろしいかと思います。質素ですが泊る所は手配してあります』


「ではそうさせてもらおう。小舟の数が足らんのだが陸からも来てもらえると助かるのだが」


『かしこまりました。直ぐに手配します』


流石、歩き巫女。仕事に卒がない。えんの指示で小舟の漕ぎ手が取って返し、やがて多数の小舟がやってきた。このヨットには小舟は斥候用の数艘しかないのでこれは助かる。


それにしても、周囲の貧民窟の住人、皆、えんの配下の様に見える。たった半月でここまで掌握してしまうのか!恐るべし歩き巫女。


ヨットには警備の正木水軍兵と一部のバリスタ隊、砲兵を残し、俺達は十三湊に上陸した。


えんが用意してくれた宿は、この湊にしては綺麗な平屋の屋敷だった。とはいえ相当古くガタがきているが。それでも短い時間で60名もの人を収容できる屋敷を見つけてくれたのはありがたい。


漸く各々の部屋に荷を下ろし、広間で重役会議を開始することにした。


この広間には上座はない。虫除けに中央の囲炉裏に火をお越し煙を出し、車座になって話し合う事にする。


出席者は


俺、垪和康忠、立花宗茂・誾千代夫妻、中山照守、相馬秀胤、松田定勝、土岐頼実、足利氏姫、阿曽沼広長、えん、それに羽黒党の山伏が2名。


先ず羽黒党より、蠣崎の着服の概要とアイヌ人への虐待が説明される。


合わせて、男鹿半島に九戸政実に使いを出した事も伝えられた。九戸はこちらに向かっているという。


これを受けて外交トップの垪和が発言する。


『蠣崎にはアイヌ取次ぎ役の罷免を伝えに行く必要がある。これは儂が行くので警備の者を付けて欲しい』


慌ててえんが答える。


『お待ちください。蠣崎、というか陸奥北部の者共は暗殺を多用します。安易に近づくのは危険にございます。罷免の文を証文の形にして送りつけてはいかがでしょう?』


暗殺と聞いて皆、身構える。


『『なんと、卑劣な手を』』


ここにいる者の殆どは一般武将だ。暗殺と聞いて平常心ではいられないのも分かる。


『証文となると幕府の印が必要になるな。京までいかねばならん』


塀和がまじめに応じるが、


『塀和様。でよろしかったでしょうか?ご安心ください。蠣崎のような辺境の者は幕府の本物の印か否かなど見分けがつきません。それらしく見せれば充分にございます。いっそ、印など無しでも構わないかと。何しろ、蠣崎は幕府に従う気がないのですから』


えんの指摘に、皆納得した。そろそろだなと思って俺が発言する。


「蠣崎より、アイヌとの新たな繋ぎ役が必要だ。その為の人材発掘、人員養成にここまで来たのだ。本来の目的を忘れてはならんぞ」

「というわけでえん、其方もこの地に来て間もないだろうが、誰か推薦できる者はおるか?」


『実はお一人。ご紹介したい人物がおります。ですが、その前に、昔、蝦夷の地で起きた事件について、ご説明させていただきます』


えんはそう言うと語りだした。


彼女によると、


・今から100年近く前、蝦夷の地でアイヌ人と和人の大きな戦があった事。

・戦いはアイヌ人優勢で展開したが、現在の蠣崎領主・慶広の4代前の領主が弓でアイヌの首長父子を射殺し和人側が勝利したと伝わっている事。

・射殺されたアイヌの首長の名はコシャマインという事。

・慶広の3代前の領主時代にもアイヌ人との戦があり、蠣崎はアイヌ側に和睦を持ち掛け、館に招き酒宴で持て成し、首長が酒に酔った所を襲撃し殺した事。

・合わせて首長の従者のアイヌ人も皆殺しにされた事。

・この時のアイヌの首長は兄弟で、名はショヤコウジ兄弟という事。


ここまで聞いて皆怒りを抑えるのがやっとという表情になっていた。


『でも、その話、少しおかしくありません』


そう言ったのは、足利氏姫だ。元公方ということで我儘な姫様かと思っていたが、この航海で彼女がとても快活な元気っ娘であることが判明したのだ。


今では、立花誾千代とすっかり仲良くなったそうだ。


『100年前の戦いですけど、和人側は劣勢だったんですよね。なのに良く敵将を射殺できましたわね?弓の射程って精々50メートル位じゃないですか?劣勢の中、どうやって、そんな近くに接近したのかしら?』


実際、氏姫の指摘は的を得ている。えんが答える。


『実は私も同様に感じました。この話はあくまで蠣崎家に伝わる話なのです。アイヌ人は文字を持たない人達です。したがって彼らから見た記録という物はなく、口伝で子孫に伝えられていきますが、100年前の出来事になると”コシャマインは殺された”程度の伝承になり詳しい経緯などは失われているようです』


『じゃあ、この最初の射殺も和睦を持ち掛けて近づいたとか、騙し討ちの可能性があるって事?』


立花誾千代が指摘する。


『可能性としてはあり得ますね。証拠はありませんが』


えんが苦虫を嚙潰したよう顔で答えた。更に続けて


『私、陸奥や松前に都合10年暮らしましたが、分かった事があります。この地は豪雪に閉ざされた時期が非常に長いということです。今のような雪のない季節は短く、農繫期になります。他地域なら軍を起こして戦をする農閑期はこの地では豪雪地帯になってしまうのです。なので、大軍を派遣しての戦は難しいということになります。一方、アイヌ人は狩猟の民ですから、決起したら農繁期だろうがなんだろうがお構いなしに攻め寄せる事が出来ます。それに、和人の戦は勝ったら土地を得ると同時に土地を耕す人も得なければなりませんから、敵の大将や重臣のみ首を跳ね農兵は放免するのが普通です。しかし、アイヌ人は農耕はしませんから敵となれば容赦なく毒矢を使って殺しに来ます』


『アイヌも毒を使うのか!』


そう呟いたのは、中山照守だ。


中山はじめ相馬秀胤、松田定勝、土岐頼実といった若い彼らは自らが教わって来た戦いとあまりに違う話に声もでないようだった。


えんが答える。


『はい、アイヌはトリカブトの毒を狩猟にも戦にも使用します。現在なら和人側には種子島がありますが、かつては遠距離攻撃といえば弓か投石くらいですから、普通にやりあったら、かなり苦戦したことでしょう』


『ふ~む。蠣崎側は騙し討ち位しか対抗策がなかったという事かな?」


塀和が、思案顔で告げる。えんが答える。


『はい、そのような事情もあり騙し討ち・暗殺といった手段への忌避感は、この地の武士から徐々に失われていったのではと推察します。例えば、津軽家の当主・為信様ですが、7年前に義弟が相次いて溺死しています。これは為信様が後の跡目争いを避けるため暗殺したのでは噂されています』


!!!今朝、別れたばかりの為信にそんな噂があったとは


『また、南部家の当主・信直様ですが、先代と折り合いが悪かったそうで、先代・晴政様・その嫡男ともに信直様に暗殺されたとの噂があります』


ここまで聞いて、もう誰も発言しなくなった。皆、自らの常識と余りに違うこの地でどうしていこうか思案に暮れているようだった。


そんな中、阿曾沼広長が青い顔で口を開いた。彼にとっては今聞いた話は遠い地の話題ではないのだ。


『それで、えん様、紹介したいお方がいるとの事でしたが?』


皆、『『あっ!そういえば』』という顔になった。


『私の事はえんで結構です、阿曽沼様。ご紹介したいのは、先程のコシャマインの戦いの事です。蠣崎家の伝承ではコシャマイン父子とも射殺されたとありますが、実は子供の方は死を免れたようで、子孫がこの十三湊にいるのです。といっても、子孫を示す証拠などありませんが、この辺りのアイヌ人は皆彼をコシャマイン様と呼んでおります』


塀和が膝に手を打って声をあげた。


『では、そのコシャマインの子孫を神輿に担いで近づけば、アイヌ人との交易も上手くいくかもしれませんな!』


だが立花宗茂が懸念を表明する。


『私は何だか今回は自分達の全ての常識を疑ってかかった方が良いように思います。確かに私達の常識では血縁を重視しますが、アイヌ人はどうなのでしょう?100年前に死んだ英雄の子孫というだけで現代でどれだけ影響力があるのでしょうか?』


これには、えんも声を詰まらせる。


『確かに祖父母の名前を覚えているのが精々という人達です。100年前の英雄の名にどこまで効力があるかは分かりません。それに、役に立つなら蠣崎家が当に彼を利用している筈ですから』


「まあでも、我らだけでアイヌ人に接触するよりはよいだろう。明日にでもその自称コシャマインに会ってみよう」


おれは会議をそう言って締めた。

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