1592年4月17日 不穏
歩き巫女からこの話がもたらされたのは一週間程前だった。
『蠣崎家に謀反の兆しあり』
臣従を認める対価として、蠣崎にはアイヌとの交易権の譲渡を申し付けた。
ただ、蠣崎家にはこれまでのアイヌとの交流の実績があるので、引き続きアイヌ取次ぎ役となってもらっていたのだ。
つまり、アイヌからみて、交易相手は蠣崎から北条に代わるが、現場の営業担当は引き続き蠣崎、という感じになった筈だ。
蠣崎家単体で交易するよりも、より大きな北条と交易した方がアイヌにとっても利益は大きい筈なのだ。
実際、北条からはアイヌへの友誼を示す贈答品として、これまで、炭団、麦、刀、槍などが蠣崎を通して贈られていた。中には漁業用の舟も贈ったこともある。
だが、歩き巫女によれば、これら贈答品はアイヌには渡らず、全て蠣崎が横領しているというのだ。
更に蠣崎はアイヌ人を奴隷労働のように酷使しているようだ。というのだ。
羽黒党も派遣して調べて貰ったが、寒中に素潜り漁をやらせたり、雪上で大量の荷物を積んだソリを引かせたりと、酷い有様だという。
しかも、それを、蠣崎の新たな主”北条”の命令として行っているらしい。
蠣崎からは人質も出させているのに、よくこんな勝手が出来るものだ。蝦夷は遠い地だから勝手してもバレないとでも思ってるのだろう。全く、歩き巫女や羽黒党を舐めるにも程がある。
しかし、蠣崎家は北条家に臣従している上、幕府から所領安堵されている大名だ。
まずは小田原でご隠居様に相談することにしたが、
1.北条家内の事とはいえ、忍びの情報だけで懲罰軍など起こしたら惣無事令に反する行為とみなされる可能性がある。
2.よって、蠣崎家をアイヌ取次ぎ役から外し、新たな取次ぎ役を任命する。
3.蠣崎がアイヌという収入減を失い、干上がったら何か反北条、反幕府の行動を起こすだろうから、そこで、幕府の御旗を経て誅すべし。
という結論になった。さすがはご隠居様。北条幕府の中核・北条家とはいえ、日ノ本で何でも自由に振舞える程の実力は幕府にも北条家にもまだないのだ。蠣崎を所領安堵を翻し罰するには大義名分が必要なのである。
とはいえ、問題は新たな取次ぎ役である。正直、奥羽の大名家はそこまで信用できない。
となると、育成するしかない。
幸い雄二が帰還したので房総の留守居は彼ら夫婦に任せ、自分が出かける事にした。行先は、俺の家臣にして津軽弁を操る男、男鹿半島にいる九戸政実だ。




