1592年4月1日 再臨の地へ
読みながら誰視点か当ててみてくださいませ
都からジェズ再臨の地までは徒歩でおよそ2日だそうだ。
マンショとミゲルが案内してくれるのでなんら心配することなく私達は出発した。
毎度思うのだが、この国の道路事情は最悪だ。至る所に山があり峠道の連続だ
これでは細い路を切り開くだけで精一杯。とても馬車がすれ違えるような大きな道路は無理である。しかも、低地は流れの速い川が流れていて渡るのに難儀させられる。長年続いた戦争の影響か?この国の人は川の流れは防御の要と考えているようで橋など見るのは稀である。
それにしても、昨日のジェズへの謁見には未だに夢見心地である。
いつ再臨されたのか、仰らなかったしマンショ達も初の謁見でなので知らないという。東の出身と聞いていたが、再臨したのは京から2日の距離だという。あるいは前の関白を誅殺する為に東におびき出したのかもしれん。
昨日、失神したルイスとオルガンティノはあの後、ドン・プロタジオ(有馬晴信)の京屋敷で無事に目覚め、その後は夜まで唯々泣き明かしていていた。
グレゴリオとジョアンはジェズの前で失禁してしまった事を、酷く後悔していた。気持ちは分かるが正直かける言葉がない。
因みに、この旅にはドン・プロタジオ(有馬晴信)は帯同していない。警護に彼の部下を20名程付けてくれただけだ。
しかし、言っても仕方がない事だが徒歩での峠の上り下りはキツイ。馬はあるが、馬の背を中心に両脇に荷物を載せているので乗る事はできない。
そもそも、私達宣教師は騎士ではないので乗馬など嗜まないのだが・・
そんな欧州では考えられない強行軍の一日を終え、初日は伊賀・上野城下に宿を取った。警護20名を含めると総勢30人弱の大所帯だ。城下の宿に10名ずつ三組に分散して泊まることになった。
私は通訳のジョアン、オルガンティノらと同じ組だ。
宿の者は私達が異国の者であることに気をきかせてくれたのか、この国では珍しい肉料理を出してくれた。正直これは助かる。この国独特の木の大桶に湯を張り皆で入る風呂という文化にも慣れた。最近ではこの国の人も一部ではあるがシャボン(石鹸)を使用する者がでてきた。これは有難い。以前は風呂の湯で浸した布で体を擦っただけで同じ湯に入ってくる人ばかりで不衛生で閉口したものだ。
そして、この国の米から作った濁り酒。正直ヴィーノが恋しくなるが、この濁り酒もこれはこれで慣れれば美味だ。帰国する時は土産にしようと思っているくらいだ。
*同日・同国・別の宿*
『なあ、伊東。昨日からパドレ達の事どう思う?』
『どうって、ジェズス様に会ったんだ。平常心でないのは仕方ないだろう。ただ、今日の夕食後くらいからかな?パドレらの視線が妙に気持ち悪いんだ。一緒に風呂に入ったんだけど、凄く視線を感じたよ。あれ程、衆道を嫌ってたのにどうしたんだろうな?』
『あっ!それは俺も感じたよ。というか、グレゴリオ様に風呂で触られたよ。気持ち悪かった。衆道はジェズス様が日ノ本に広めたわけじゃないと思うけど、なんで、急にああなったんだろ?船の中では全くそんな人いなかったのに』
『ははは、それは災難だったな、千々石』
『しかし、お伊勢様まで2日って強行軍だよな。普通なら4日は掛かるんだろ?』
『京の人らはそう言ってたな。だが、ジェズス様からは”蚯蚓出に近い間に訪れよ”との事だったからな』
『蚯蚓出は今日だよな。確かに信仰を新たにする日にはふさわしいか。蚯蚓が土から出て来る日だからな。啓蟄はとうに過ぎてるし、良い日なのだろう』
『千々石、これからどうする?今までパドレだと思ってた人達の教えが歪んだ物で、元々、日ノ本にあった信仰が正しいデウスの教えだったんだぜ。もう、パドレ達から教わることは何もないだろう。寧ろ、俺達の方がパドレじゃないか!』
『それはさ、この旅が終わったら、中浦や原も含めて改めて話し合おう。もしかしたら、俺達の役目は途轍もなく大きい物になるかもしれないしな』
『それもそうだが。俺はこの際だから、房総で伊勢様に仕えようかと思ってるんだ。まさかジェズス様に直接仕えさせてくださいとは言えないだろ。将軍様でもあるわけだし。その点、伊勢様はお天道様と言われているし、房総と京は凄く離れているのに、ジェズス様ととても親しいようだしさ。』
『話は変わるが、伊東、ジョアンさんから聞いた、聖ヨハネへの黙示の話、どう思う?』
『俺は全く裏切られた気分だよ。何だい、審判の日って?そんな話、誰も教えてくれなかったじゃないか!』
『キリシタンなら審判を通れるって訳じゃないだよな?』
『ジェズス様からお話があった時のパドレ達の反応からして違うだろうね』
『今まで、パドレ達から色々教わったけど、一言に纏めれば、結局、”信じる者は救われる”だもんな。でも、昨日の反応見る限り、パドレ達自身も自分が本当に救われるかは分かってなかったってことだろ?』
『それにさ、空から光でジュっと焼かれるって、噂の小田原合戦の話そのものじゃないか!』
(この時代の戦に従軍記者など勿論いない。戦の内容は人の口から口へ噂となって伝わっていくのだ。当然、人の噂だから内容は変化していく。小田原から遠く離れた長崎に噂が伝わった時には、”関白・秀吉は光でジュっと焼かれた”とまで変化していたのである。作者注)
『『・・・・・・』』
『明日も早いし今日は宿に戻るわ』『あぁお休み』
通訳をつとめるミゲルはマンショの部屋を出て、自分の宿に帰っていった。
*翌日 出立*
今日の夕刻には再臨の地に着くのだ。集合した皆は疲れはみえるもののそれ以上に興奮を隠せずにいた。
この日もいくつの峠を越えただろうか。はやる気持ちを抑えようとしても、一刻も早く再臨の地を見たいと焦り、急ぎ足になってしまう。
伊賀峠で宿に用意して貰った昼飯の握り飯を食べ、午後の旅を再開したところで事件は起きた。
ルイスが突然意識を失って倒れてしまったのだ。
「ルイス!!」
私は大声で叫び駆け寄った。私にとって彼は只の通訳というだけでなく長年の友でもあったのだ。
ゴメスも駆け寄ってきたが、彼は学者らしく冷静にルイスを脈診し、無念そうに首を振った。
「そ、そんな!」
一昨日はジェズに会えた驚異から失神し、昨日・今日の強行軍で疲労しているとはいえ、あと少しでジェズ再臨の地を拝めるというのに、天に召されてしまうのか、ルイス。
その時!
マンショが馬から何やら荷物を取り出して駆け寄って来た。
『ジェズス様から万一の為にとお借りした物です。まさか本当に使うことになるとは』
マンショは続けて
『フロイス様の衣服を至急脱がして、上半身裸にして下さい』
と言った。
何が何だか分からないが、マンショもまた大急ぎでなにやら作業をしている。
私は夢中でルイスの上着を脱がし、肌着もたくし上げ上半身を裸にした。
そこにマンショがなにやら金属に布を被せたような物をもって近づいてきた。
そして、ドン! ルイスの体が大きく跳ねる。もう一度、ドン!! ルイスの体がもう一度跳ねた。
『¡Dios mío!』(信じられない!)
ゴメスがスペイン語で叫んだ。
それも、その筈、ルイスの脈が動き出したのだ。つまり心臓がまた動き出したということだ。
気が付くとルイス以外の私たち宣教師全員がマンショと彼の持つジェズがお与えになったという奇跡を起こす道具に感謝の祈りを捧げていた。
一昨日のジェズの変容に続いて、死者蘇生、二つ目の奇跡を私達は見せていただいたのである。
*同日・同刻・上野城下の宿*
ここに賄いの奉公に来ているのは伊賀者の女衆である。
昨夜は、伴天連が泊った三つの宿とも賄いもお運びも伊賀者が担当した。
昨夜、伴天連を持て成した夕食や酒には少量のケシを混ぜておいた。
ケシには媚薬としての興奮作用がある。禁欲的だという伴天連には少量でも効いた事だろう。
そして、今朝作った昼飯用の握り飯には具の梅干しに附子をごく少量混ぜてあった。必ず伴天連が食べるように彼らの分だけ、海苔を巻いておいた。伊東と言う少年から伴天連は全員、海苔が好きだと聞いていたからだ。
昼は伊賀峠付近で食べるという。昨日のケシに続いて山歩き中に附子など口にしたら、運が良ければ、いや、彼らにとっては悪ければか、心臓麻痺を起こすだろうよ。
全ては賭けだが、伊勢様より仰せつかった大役だ。必ずや騒動が起きるに違いない。山に放った見張りから報告が入るのがたのしみよ。ふ、ふ、ふ。
途中でマンショとミゲルの会話も挟んだので、分かりにくかったですかね。
今日はバリニャーノ視点でした。




