1592年1月5日 近代製鉄プロジェクト
この世界にも正月休みはある。去年は3日に密貿易船が来たので慌ただしかったが、今年はじっくり休むことができた。
さて、今年の目標は製鉄事業の着手である。半分、初夢程度の考えだが、前々から考えていたし、長期プロジェクトになるから早く手を付けておきたかったのだが、野分による洪水などあって、すっかり延び延びになっていた事業なのだ。
製鉄に必要なのは、先ずは高炉と転炉だ。
なかでもこの世界で高炉を作るのはかなりハードルの高い仕事である。
何しろ、現代の高炉は高さ100メートル超が当たり前、そこまでは無理でも、最低でも高さ50メートルは欲しい所だ。
だが、地震大国日本で耐火煉瓦を積み上げただけでそんな高い建物作るのは危険であり、当然、梁が必要となる。が、しかし、この時代の建築の中心は木造。稼働させたら、1000℃を超える高炉の梁に木はありえない。次に考えられるのは、日本古来のたたら製鉄で作られた鉄であるが、そもそも50メートル等と言う長さを鍛えるのが至難の業である上、梁としてはやはり脆い。日本刀の長所であるしなやかさが梁としては短所になってしまうのだ。
というわけで、最後の方法は耐火煉瓦の回りを青銅で覆うという方法が考えられた。しかし青銅の融点は1000℃前後であり、如何に耐火煉瓦越しとはいえ高炉の補強資材としては心もとない。
つまり、鉄を作るには高炉が必要。しかし、高炉を作るには高炉で作られるような鉄が必要。という、卵が先か、鶏が先か問題に直面してしまうのである。
加えて高炉による製鉄には一つ大問題があったのだ。
それは、石炭から得られるコークスが必要という点である。本州には石炭の大規模鉱山がない。厳密には常盤炭田があるが、あそこは明治の近代技術でも苦労したという難物だ。伊勢家だけでは採掘はまず無理、日ノ本挙げての国家事業にしても成功するか?いうのが実情である。
実は関東周辺でも小規模なら石炭の採掘は可能だ。しかし、大部分が亜炭、泥炭といった品物で製鉄に使用するには品質に問題がある。更に石油からもコークスは製造可能だ。だが、製鉄に使用する量を確保するには新津油田を全てコークス製造に廻しても厳しいだろう。
というわけで、石炭を確保しコークスを製造して高炉製鉄をするには、北九州か蝦夷に行くしかないわけだが、どちらも、房総からは余りにも遠い。
蝦夷には油田もあるし、いずれ進出するつもりであり、蠣崎家をアイヌとの取次ぎ役に命じて、様々な物品を渡し友誼を深めるようにしているのだが、未だ大きな進展はないようだ。
そこで、現代技術である。ここ、房総は天然ガスの宝庫。そして現代には天然ガスを利用した製鉄技術があるのだ。勿論、高炉のような巨大設備は不要。コークスも不要。元々、天然ガスを産出する新興国が先進国で出た廃鉄を使用して製鉄していた技術で、直接還元製鉄という。高炉よりも低温な700℃程度で製鉄可能なので、耐火煉瓦と青銅で充分実現可能な方法だ。
ただ、大きな問題は、工程の後半で電気炉が必要となる事である。
電気炉を使用しない場合は高炉とコークスが必要となり、元の木阿弥になってしまう。
磁石から電気を取り出せることは知られているが、流石の香織発明のチート磁石を以てしても製鉄に必要な電力の供給には遠く及ばない。
本来なら産業革命以降に実現した製鋼技術を16世紀に実現しようとするのは、これほど大変なのである。
唯一の救いは、この世界には商売敵が存在しないことである。何しろ鋼の大量生産などどこの国でもやっていないのだ。現代の感覚で言えば直接還元製鉄法自体、大量生産の技術ではないのだが、この世界はまだ木炭の時代だ。量も質も比較にならないだろう。
というわけで、直接還元製鉄用のシャフト炉(青銅)の建造、電気炉は耐火煉瓦を使用する。高炉と違いさほど大きな炉ではないので平済みでもアルミナセメント接着で大丈夫だろう。
発電は浮遊式海流発電で行う。プロペラには鯨の髭を使用し発電機内部は香織製チート磁石に銅コイルを巻き外郭は青銅か耐火煉瓦にする予定だ。
送電は銅線に新津油田で製造に成功した合成ゴムを巻いて電線とする。
電気炉の稼働を賄うには、これを房総沖に100器は設置する必要があるだろう。
幸い、黒潮という強い味方があるので100器くらいで足りているというのが実情だ。工期は早くて発送電設備だけで5~10年かかるだろう。10年後なら蝦夷で石炭を入手して高炉が稼働しているかもしれないが、まあ、先行投資と考えよう。
この海流発電の良い所は、怪我を負い引退した漁師などに職を提供できる点である。漁をするわけではないので力仕事ではないし、泳げれば良いのである。
しかも、稼働後も海水による腐食具合の確認など定期的に保守点検作業があるので単発の仕事でないのも良い点だ。
元漁師であれば海の天候にも明るいだろう。野分など酷い荒波の場合には発電設備を陸に退避させる必要もある。この面でも彼ら元漁師は有用なのである。
ここまでの大事業となると、最初から他人任せは出来ないから、人材育成から始めないといけない。工期開始よりも、まずは工業科塾を開校する必要があるだろう。




