1591年11月1日 化学肥料合成
洪水と堤防造りで予想外に時間を取ってしまったが、この頃になると、相良油田には全国から職人があつまり余剰人員が出て来たので一部は下総に来てもらい本来の鋳物業、細工師業に従事して貰っていたのだ。
今月に入って念願の化学肥料製造に着手した。拠点は天然ガスの一大産地である上総・本納城周辺である。
1.窒素
日光に行っている時に思い出したのだが、下野国(栃木県)ではモリブデンが産出されるのだ。更に、燈台下暗し、地元、安房・鴨川の嶺岡鉱山ではニッケルが産出されるのだ。どちらも(現代の)従来の鉄触媒によるアンモニア合成法と比べ生産量は劣るが、常温常圧でアンモニアを生成できる触媒である。
もとより、現代の商業ベースに乗るような設備の建設は初めから不可能である上、商売敵などいない世界なので、今回はモリブデンを使用しアンモニア合成を開始することにした。
北常陸・高萩ではサマルスキー石が産出する。この鉱石から溶媒抽出法でサマニウムを抽出する。
サマニウムにヨウ素を加えて60℃程度に熱すると、ヨウ化サマリウムが出来る。ヨウ素は天然ガスから得られる。
このヨウ化サマリウムとモリブデンを真水と空気に入れ攪拌するとアンモニアが生成されるのだ。
自分がこの世界に転移する前に有名科学雑誌に掲載されていた最新の方法である。
攪拌には水車が理想だが、いまだ堤防建設中であるので、風車を作成した。
房総の太平洋岸は海風が強く風力もかなりのものがある。
しかも、この方法、触媒となるヨウ化サマリウムとモリブデンの損耗も非常に少なく、正に画期的な現代の最新方法である。
この方法で出来るアンモニアは気体であるので、そのままガラス管を通って、硫酸を底部に入れたガラス器に注入する。そして一定時間経過すると器底部に硫酸アンモニウム所謂硫安の結晶が沈殿する。
また、アンモニアの気体と新津油田での製造の副産物である炭酸ガスを青銅の容器に入れて混ぜ、150気圧、200℃mまで加熱し一定時間経つと尿素が得られる。
150気圧というとんでもない圧力は日光三山に製造されたチート磁石を使用することで実現させた。
現代での元婚約者であり電磁気研究のエリート・香織が発明・発見した落雷により製造された超強力永久磁石である。また、青銅・ブロンズは異世界物などで初級冒険者の称号として使われたり最弱の金属と思われがちだが、意外なことに耐圧に関しては非常に強い合金である。
一応、この世界の青銅でも同じかどうか、房総沖まで舟で出て検証した。
150気圧といえば、海底1500メートルの水圧である。
太い麻縄で青銅を厳重に縛り2000メートル弱の長さの縄に括り付け海に降ろした所、全く損壊することがなかったので、青銅の高耐圧力を改めて確認できた。
こうして化学肥料の主材料の一つである窒素は硫安、尿素という形で製造の目途が付いた。
2.リン
燐灰石という鉱石がある。足尾鉱山、釜石鉱山、秩父鉱山、丹沢の玄倉鉱山などで産出する。この鉱石を臼で粉状になるまで砕いて硫酸と攪拌すると、過リン酸石灰が製造できる。
3.カリ
安房・館山の船形鉱山や伊豆大島でカリ岩塩が産出する。これを臼で砕いて浮遊選鉱で塩化カリウムを製造する。 また、藁灰や木灰を水に浸し上澄みを掬う事で炭酸カリウムを得ることができ、カリ肥料として使用できる。
これで、”肥料の三要素”の生産が可能になったことになる。この化学肥料製造奉行には前田利長を起用した。この一年何事もそつなくこなすオールラウンダーの彼を抜擢した形だ。目付兼技術サポート役はかつて小田原でニトロ作成を指揮した二曲輪己助である。己助には技術研究所として利長も立ち入り禁止の一画を用意した。己助がそこで与えられた密命は硝酸と硝安の密造である。
(1)アンモニアを酸素と反応させ水に吸収させ希硝酸を作る。
(2)これを濃縮し濃硝酸を作る。
(3)(1)をアンモニアに反応させた硝安溶液を濃縮・乾燥してつくる無色無臭の結晶を硝安という。
言うまでもなく、爆薬の原料である。戦乱の時代は終わったが、念のためある程度はストックし続ける事にしたのだ。
本話は当初、チート磁石による高圧コンプレッサーの実現を描く予定でした。
しかし、昨年開かれたCOP26が例によって玉虫色の合意文書で閉幕したのを見て内容を改めました。
メディアでは政治家が集まるCOP26のような大きな会議しかなかなかニュースにはなりませんが、現場の研究者レベルでは様々な脱炭素への研究が行われています。CO2総排出量の3%をアンモニア合成が占めているそうですが、それを削減する為に新たな触媒の研究を日々続けていることを本作を書くに当たって知ることができました。本作で取り上げたモリブデンも、少し触れたニッケルも実際に研究されている触媒です。ささやかですが、本話を持ってCO2削減に向け日夜努力を続ける研究者へのエールとさせていただきます。




