1591年7月15日 涙の再開?
佐倉城下の忍びの交流サロン百石屋。俺は今日、ここで、軒猿の頭領の訪問を受けていた。軒猿はもともと上杉家の忍びだったが、現在は越後を治める氏照さんの配下となっている。
軒猿の頭領。彼は名を宇佐美定満と名乗った。日光から戻って来た重伍によると、軒猿の頭領は代々、この名を名乗るという。
今日は俺に折り入って話があるとの事だったが・・・
『お伊勢様。態々お時間を頂戴しありがとうございます。本日は亡き上杉家に付いてお耳に入れておいた方が良いと思いお話にあがりました』
『上杉の先代御実城様、景勝様の先代ですが、実は女性でございました』
重伍が物凄く驚いている。甲斐姫など女性の侍はいるから然程驚くほどのことではないと思うのだが・・
『先代御実城様は二度お子を御作りになっております。それも二度とも双子でございました。何しろ、御実城様が女性であることは秘中の秘。当時の軒猿は大変だったようです。一度目の出産の時は影武者をたて、御実城様は高野山に修行に出ると出奔なさったと噂をたて、二度目は上洛と称し、実際、影武者に上洛させたりと大わらわだったと聞いております』
何だか、確かに大変そうだ。それに上洛って帝に謁見する事だよね。つまり、その”おみじょうさま”ってかなりの有力武将ってことか!歴オタが聞いたら喜びそうな話かもしれないけど、生憎、俺は”おみじょうさま”なんて知らないんだよね。
『御生まれになったお子は、当然、表舞台に出すわけにはいきませんので、必然的に我ら軒猿が里で育てることになりました。そして、我らの里で育てば、お子達も忍びの術に興味を持ち、やがて忍びとなりました。先に産まれた女子は二人で一人のくノ一として活躍しておりましたが、当時、敵対関係にあった武田家領内である日消息を絶ちました。もう殺されたとか、歩き巫女になったとか噂は入りますが、確たる物はなにもありませんでした』
『そこで、伏してお伊勢様にお願い申し上げます。その双子の女性を探していただけないでしょうか?お伊勢様は日ノ本全忍びの頭領になられたとお聞きしました。既に、上杉家も武田家も滅亡しており、不利益を被る家はないと思います。我ら軒猿の力だけではどうしても行方を掴めないのでございます。どうか、お力をお貸しください』
ふ~~む。どうした物かな?確かに不利益を被る家はなさそうだが、この時代に人探しなんて可能だろうか?しかし、お耳に入れたい話とか言っておいて、結局、頼み事とはな・・
「して、行方知れずになったのはいつのことか?いや、そもそも産まれたのは何年前だ?」
!!!その時、殺気を自分の側をよぎったのを感じた!!!
この風魔小太郎の体に宿って一年以上、俺はこれくらいの体のポテンシャルを引き出せるようになっていたのだ。
『殿!女性の年齢を詮索するものではありませんよ!』
現れたのは予想通り夕だった。
目の前の宇佐美は目が点になっている。
『あ、あ、姉貴!』
ん?夕が宇佐美の姉?
『これこれ、宇佐美定満の名を名乗っている時に泣くものじゃありません。相変わらず頼りない弟です事』
う~~ん、話の流れからして
「つまり、宇佐美ら軒猿が探していた女性というのは夕でよいのか?」
『は!その通りでございます』
涙声で宇佐美が答えた。
「しかし、双子と言っていたが、夕ともう一人は?」
『いやですわ殿。女性の顔も覚えられないとは、殿方の風上にも置けません事ですわ。いつも、女性の胸元ばっかり見ているからそうなるのですよ、殿!!』
うわ、夕を怒らせたか?
『ご安心下さい殿。二言目には殿方の股間がとか品のない事を申すのは妹の方です。私は優しい方の夕ですよ』
そういえば、偶に”今日の夕は優しいな”と感じた事は何回かあったが、まさか俺の前にも二人で一人を演じていたというのか!
「夕、俺の前でも二人で一人の夕を演じていたのか?」
『演じていたのではありません。二人とも本当に夕なのです。小田原で火薬工場や珪藻土を見て回った時の事覚えていらっしゃいますか?その後、職人街に向かう所で妹と交代しましてよ』
「そんなに前からか。して、妹の方は今なにをしているのだ?」
『さあ、詳しくは存じませんが今日はお休みですから遊興にでも耽っているのでしょう?』
あいつの遊興?まさか娼館でSMクラブとか開いてないだろうな?
「ところで、宇佐美。弟ということは其方らも”おみじょうさま”の子供という事か?」
『はい、その通りに御座います。今は兄弟はじめ軒猿一党あげて陸奥守様に仕えております』
「陸奥守様ではない。氏照様だ。少なくとも俺の前では穢れた呼び方をするでない。これは北条家内では公に認識されている事だ」
あの、白粉爺が貢物の対価として与えた名など穢れ以外の何物でもない(怒)
『はい。承知仕りましてございます』
「姉弟の対面は久方ぶりなのであろう?俺は席を外す故、積もる話でもすると良い」
『有難うございます』
『あいえ、私は殿の護衛中ですから殿から離れるわけにはまいりません』
「心配いらん。この佐倉で俺に手を出す奴などいないぞ。それに、俺も伊東師範に教えを乞うているのだ。少しはやれるようになったのだぞ」
これは本当で、伊東師範も筋が良いと褒めてくれた。最も、筋が良いのは俺というよりこの風魔小太郎の体のお陰なのだろうが。




