1591年7月1日 新津油田
本州最大の油田とも言われる新津油田を差配しているのは二曲輪丁助と二曲輪戊助だ。二人とも一年前は小田原でダイナマイトの製造の指揮を執っていた者である。
俺は、相良油田は内燃機関の研究開発に特化させ、ここ新津では石油化学の研究を主に行っていた。所謂、合成ゴム、化学繊維、プラスチックの三種である。
これらの原料となるのは石油から取れるナフサであるが、ナフサ生成以降の過程は高分子の世界であり孝太郎もプロではないため、試行錯誤が必要となってくるのだ。
現在、新津の研究所には100人程の人員がいるが、その内、20人は現代で言うところの身体障碍者だ。
盲(目の見えない者)、聾啞(耳の不自由な者)、片輪(手足等体の一部が不自由な者)達である。
彼らは生まれつきそのような状態だった者もいれば、戦で負傷した結果そういう体になってしまった者もいる。
この時代、この世界では、彼らは被差別者というより、居場所が殆どないというのが実情だった。それでも、捨てられず家で軟禁同然の暮らしを送れている者はまだマシな部類というのが現状だったのだ。
だが、俺は彼らの能力に着目していた。五感の内、一部に不自由があるなら他の四感は常人より優れている筈と考えたのである。体が不自由な者も同様で研究に必須な一つ所にじっと留まって物事を観察したり、考察したりするには向いていると考えていた。
実際にところ、俺はこの世界の一般の領民の思考放棄ぶりに呆れかえっていた。ちょっと自分達でどうしようもない事が起きると、『祟りだ!』などと騒ぎ出し、金がある物は寺から坊主を連れてきて念仏唱えて貰ったりしており、自分達で物を考えようとしないのである。
”必要は発明の母”と言われるが、この世界の人達は必要に迫られても”念仏”ですましてしまう。
その点、この世界で居場所が乏しい所謂、障害者であれば、この世界の常識にも染まっていないだろうと考えたのだ。
そして、その考えは、俺自身が期待していた以上に良い方向に作用していた。
彼らは研究所に入所するとまず、所内の塾で文字の読み書きと四則演算を半年間学ぶ。三か月目からは、化学の基礎を学び始め通算6か月のOJTを経て研究現場に配属される訳だ。
元々、文字の扱える者は四則演算や基礎化学に。盲の者は文字は使えないので代わりに記憶力向上のトレーニングを実施した。といっても、孝太郎が自作した方法で円周率を丸暗記、とか、常用対数の底の丸暗記に始まって、徐々に元素記号の暗記、主要な化学式の暗記、早口言葉なんてのもあった。算数の暗算も加えられた。
こうして、この世界の人間ではあり得ない程の有識者となって現場に配属されていったのだ。
彼らの活躍によって研究は進められていった。九戸に差し出したポリエステル(第100話)もここ新津油田で作られた品だ。
実際、彼らの活躍ぶりは凄かった。普通の職人なら見落としそうな作業工程中の様々な事象を記録し、化学の法則に照らし合わせて考察し、次はどんな物質で試行すべきか、時間や温度をどう調整すべきかを提案していった。
この世界の時間の測り方は香が燃え尽きることで把握するのが一般的だが、石油を使用するこの研究所では火器の利用は最低限にするよう決められている。そこで、音感というかリズム感の良い者が頭の中でタイムを計り時間経過を告げるという方法が取られた。実際、湿度に左右される香による時間測定より彼らの方が正確だったのである。
また、特に女性たちのドキュメンテーション力には目を見張らせるものがあった。おかげで、職人たちは居ながらにして一日の作業レポート、進捗状況を書き留められていったのである。
昨年の9月から始めた研究所や掘削施設に施設に1か月、彼らが塾を卒業して現場に来たのが今年の4月だから、僅か3か月で合成ゴム、ポリエステル、ナイロン、プラスチックの試作品の作成に成功したことになる。以前、九戸に見せたポリエステルは偶然の産物だったが、今回は違う。製品に至る過程が克明にドキュメントされてあるのだ。量産、品質の向上も早々に実現するだろう。
この新津油田での成果物が実用化されたら、凄い事になる。塩化ビニールはハウス栽培に使用できるから寒冷地の農耕に貢献するだろうし、化繊は輸出商品になりえる。生糸を輸入する時代から布を輸出する時代になるのだ。その他、ゴムはバリスタの強化を始め、靴などにも使用でき用途は多彩極まりない。プラスチックは落としても割れないガラスとして南蛮人を驚かすだろう。
そうなれば、開発に携わった彼らに苗字を与え、盲とか聾啞といった言葉を差別用語から、お伊勢様の加護を持った異才の御方という意味に変え、日ノ本全土から彼らを見出して教育を施せるようになるだろう。
この新津もまた、相良同様、様々な意味で日本の未来を背負った場所なのである。
すみません。高分子本当に知らないので、こんな抽象的な文章しか書けませんでした(>_<)




