1591年6月3日 幕間・ガールズトーク
「今回もお手柄だったわ、きょう」
『有難うございます。夕様』
木更津郊外の海に面した浜に三人の美女が佇んでいた。
時刻は深夜1時、賑やかだった宴が終わった後、三人でここで寛いでいるのである。三人とは歩き巫女の夕、凶それに禍である。
こんな時間に美女三人だけで不用心ではないか?普通ならそう思うところだが、歩き巫女に関してはその心配はない。襲ってきた男たちが悲惨な目にあうだけである。
「それにしても、毎回、よくあんなに殿が好みそうな女子が手に入るわね」
『はい。西の方ではオスマン朝に追われた他国の人々が大量に奴隷に落ちているそうです。彼ら彼女らの中には、殿の好きそうな背の高く脚の長い女や髪が金や赤の女がいるのです。私達が保護するまでどんな扱いをされていたかはわかりませんが、私がそういった容姿の女で出来るだけ良い状態で欲していると天竺あたりの海賊にも噂を流しているので、集まり安いのです』
「戦乱に塗れているのは、日ノ本だけではないということね」
『左様にございます』
ここで、禍が口を開く。
『澳門には娼館があって、明人の女が葡萄牙人を客に稼いでいるようでしたが、娼婦では殿に献上するわけにはいかないでしょうね。脚の長い女はそれなりにいるようでしたが。あと、葡萄牙人の女というより子供ですが、攫ってくることは可能でございます。最も殿の好みに育つかどうかはわかりませんが』
「娼館に何人か潜入させて、その美女の出身を探ったりできない?明国はとても広いわ。娼婦に身をやつす前に確保できれば良いんじゃない。それと葡萄牙の女ね。少し興味あるわね。葡萄牙人は男しか見たことないから」
『娼婦は金次第で何でも喋ってくれますから、身の上話を聞くふりして出身を探り出すのは容易いでしょう。凶が海から連れてくる女とは、また違った雰囲気の者が多いです。胸が大きい女もおります。今度探ってみますわ』
「そうそう、胸よ。殿は絶対胸の大きな女が好きだわ。時々、私の胸元を見てガッカリしているわよ。全く腹が立つわね」
凶が笑いながら言う。
『女の魅力は胸だけでないことを夕様から直接手ほどきして殿に教えて差し上げないと。いずれは夕様が殿の正室に収まるのでしょう?』
「まさか!あたしは忍びの女よ。殿の正室に素性も知らない女がなるわけにはいかないわ」
『それはそうですが。でも、殿と話している時の夕様は何かとてもウキウキしていて楽しそう。夕様とは子供の頃からのお付き合いですが、あんな雰囲気の夕様は見たことありませんわ』
「まあ、今迄、出会った事がない種類の男には違いないわ殿は。頼りになるような。それでいて、守ってあげたくなるような。不思議な男ね殿は」
『『まあ、お熱い事ですわね』』
凶禍が声を揃えて冷やかした。
「でも、実際問題として、殿の正室は誰が良いんでしょう?殿は公家が大嫌い。寺の坊主も大嫌い。お社もお伊勢様に祀られるまでは嫌いだったみたいだし、そうなると、やはり武家の女かしら?」
『でも、夕様は日ノ本の女は殿に近づけるな!と仰ってませんでした?』
「それはそうよ、殿は日ノ本全忍びの頭領なのよ。正室が特定の武家に繋がる者では不味いわ。でも、強いて言うなら北条家内の者からとなるかしら?それでも、忍びの世界に動揺が広がるのは間違いないわね」
『そういえば、前回連れて来た女はもう懐妊したそうですわね』
「ええ、殿が絶倫なのか、女達が厚遇されて安心したのかわからないけど早かったわ」
『南蛮(東南アジア)の王家の女とかは如何です?シャムとかアチェとかチャンパとか』
「殿は南蛮ではクメール人の女がお好みみたいだけど、クメールって王国なの?」
『昔々はクメール王朝というのがあったそうですが、今は周辺国の草刈り場となっているようです。なのでクメール人奴隷も数が多いのでしょう』
『以前、夕様は殿は蝦夷を重視しているとお話されていました。ならば、蝦夷の国からご正室を迎えられては?』
こう言ったのは禍だ。
「それが、松前にいる怨からの情報によれば、蝦夷は国を持っていないようね。其々の小さな集落単位に首長がいて、互いに交易しながら暮らしているらしい。そんな訳で蝦夷を束ねる国王というのはいないのが実情ね」
『では、昔々日ノ本に攻めて来た蒙古などは?』
「蒙古は明国に追い出されたのだったわね。その後は全く情報なしね」
「いずれにしても、日ノ本と近い国の縁者は殿の正室とするには色々と問題ありそうだし、かといって、葡萄牙とか遠い国だと王家の者を連れて来るのも難しいし、殿の正室の件は暫く棚上げね。いっそ、本物の天照大御神が降臨して正室になって下されば良いのだけど」
『『確かに、それなら誰からも文句はでないわね』』
歩き巫女のガールズトークは結局明け方まで続いた。




