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権田太志

 

「出前のピザ、ここ置いとくで……」

「うっさいねん、ばばあ!」


 足音が近づいてきた時から太志ふとしは苛ついていた。それはインターネットの対戦ゲームの敗戦濃厚な戦況に大きく起因していたが、全てではなかった。怯えているような、忍ぶような母のすり足への嫌悪感も、原因の一つだった。がらんと広いだけの家で暮らす、老境の母親と無職の一人息子の親子の絆は、とうに歪な主従関係に成り果てていた。

 しかし一吠えした気迫が効き目か、画面の中では勝利を収めることができた。


『やりましたね、ソニックさん!』

『この調子で月間ランキング1位、目指しちゃいましょう』

『好きー!(>_<)』


 同じチームの面々からは次々と太志を褒め称えるチャットが送られてくる。彼らはお互いの顔を知らない。「サバイバーズ」という名前のギルドに所属する、インターネットの中だけの関係だ。太志もソニックなどという見た目とはかけ離れた偽名を名乗り、仮想世界の英雄を気取っていた。


「ふん、俺のプレイヤー・スキルに寄生する小判鮫どもが。ちょっとくらい役立てよ」


 一人で傲慢な悪態をつきつつも、太志の機嫌は明らかによくなっていた。特に回復役の少女・ハートは太志への好意を隠さない。ギルドのオフ会に誘われる日も近いかもしれない……。

 こんこん、と控えめにもう一度鳴らされたノックにも、鼻の下を伸ばした太志は怒鳴り散らすことはなかった。いったんパソコンの前から離れ、ゴミだらけの部屋を横切りドアを開けた。


「静かにせえって、おばはん――」

「あ!? 誰がうるさいって?」

「た、たっちゃん!」


 廊下に並んだ4人の姿を見て、太志は頬を綻ばせた。


「よお。生きとったんかデブ」

「きゃはは、タツヒロひどいってー」


 達弘の悪態混じりの挨拶に、あげはが爆笑した。その隣で、優希は控えめにニコニコと微笑んでいる。母親に対する態度とは打って変わって、太志は卑屈な笑みを浮かべた。


「いや、ほんまやで、たっちゃん。急に驚いたわぁ」

「なに言うてんねん。ニートはいつも暇やろ」

「あはは、これでもランク上げとかで忙しくて……」

「太志君、久しぶり。会えて嬉しいで」

「う、うん。ありがとう優希ちゃん」

「僕も安心したよ。元気そうじゃないか」

「なんや。賢治もおったんか」


 小学生からの幼なじみである彼らと言葉を交わすのは、太志にとって想像よりも心安らぐ体験だった。それは虚構の対戦ゲームでは得られない感覚だっただろう。

 仮想世界の勇者は、生活ゴミに部屋の半分を分け与えている。5人は応接間へと場所を移し、時計回りに座った。太志、あげは、優希、達弘、賢治の順だ。優希の顔を正面から見られて、太志は内心ほくそ笑んでいた。


「しかしこうして集まれたのも太志のおかげやな! 感謝してるで!」

「そ、そんなことないで、たっちゃん。昔からたっちゃんが俺らをまとめてくれたやん」


 達弘は典型的なガキ大将で、太志たち遊び仲間のリーダーだった。小学生の遊び友達がこうして20代になって再会したのは、彼の行動力によるところも大きかった。

 優希は昔を懐かしむように目を細めた。


「達弘君はベンチャー企業の社長やって? 子供からの夢やったもんな」

「ほんまや。やっぱすごいなぁ、たっちゃんは」

「あほ、照れるやろが。まだまだこれからやわ。

 それ言うんやったら、お前らも夢を叶えてるんとちゃうか?」


 達弘の言葉通り、5人はそれぞれの目指す道を歩み始めていた。


「優希は看護師に憧れてたんよな。今は専門学校やっけ?」

「うん。実習とレポートで、毎日大変なん」

「うげー、勉強とかうちが一番苦手なやつやわ。ユキはえらいなぁ」

「あげはやって、お店で一番人気なんやろ? すごいやん」

「そう! お客さんに喜んでもらえると嬉しいで。タツヒロも今度遊びに来てな。まけとくから」

「あほ。俺はそういう趣味はないねん。

 太志はゲーマーやったな」

「そうやで。この前も大会の地区予選があって、俺的には納得いかへんスコアだったんだけど一応、まあ予選だし通れて――」

「すごいね。もうプロやん」

「い、いやあ。まだまだアマチュアの域を出てないっていうか」


 優希の笑顔に、太志は分かりやすく赤面した。が、当の優希はすでに太志の方を向いてはいなかった。


「今日集まろう言い出したんは、賢治君やんな」

「え、賢治が?」


 太志は怪訝な顔で賢治を見据えた。この地味な男が?


「せや。賢治のやつが急にみんなで集まりたいって言うから、俺がセッティングしてん」

「えー、そうなんー?」

「賢治君は作家さんだったよね」


 水を向けられた賢治は、待ちかねたように唇を湿らせ、ゆっくりと口を開いた。


「そう。今度、子供の遊びをテーマにしたホラー小説を書くことになってね。

 みんなはまだ、サブローのことを覚えているか」


 瞬間、場の温度が下がったのが分かった。太志は、嫌な汗があふれ出るのを感じた。


「おい賢治、ふざけてんのか。忘れるわけないやろ」

「そうだよな。あの日、殺されてしまった仲間のことなんだから」


 サブローは太志たちが一緒に遊んでいた子供だ。押さえ込んでいた記憶が蘇ってくる。一番大柄な達弘とも同じくらいの背格好だったが、迫力といったものは皆無だった。うどの大木と形容できそうな子供だった。

 サブローは太志たちに馴染めずにいた。一緒に遊んではいたが、からかわれていた。そればかりか、今の時代ではあれはいじめに属するものかもしれなかった。


「やめろや。その話はせん約束やろ」


 達弘は怒気を孕んだ声で腰を浮かしかけたが、殴りかかることはなかった、応接間に、茶のお盆を持った母が入ってきたのだ。太志は正直ほっとしていた。


「ばばあの割には気が利くじゃねえか」

「おばさん、おひさー」

「みんなありがとうね。来てくれて。お菓子もあるからね」

「おばさんもご一緒されるんですか?」

「え」


 見ると、持ってきたグラスは6つあった。一人分多かったのだ。


「あれ。6人いるんじゃなかったっけ――」


 その言葉に全員が、太志の隣の空いたスペースに視線を向けた。太志は総毛立つのを感じた。一瞬、そこに短パンで野球帽姿のサブローが座っているように錯覚したから……。


「おいくそばば! しゃれにならへんことすんな!」


 太志は立ち上がり、いつものように母へ右フックをお見舞いした。頬を打つ鈍い音が響き、哀れな女は吹っ飛んだ。


「ご、ごめんなさいぃ!」


 余ったグラスを掴むと、母は逃げるように応接間を後にした。残されたのは、すっかり冷え切った空気。太志の横暴な態度はその主たる原因ではなかった。確かに気分のいいものではないが、それはいつものことだ。しかし母が人数分より一つ多めにコップを持ってきたこと。その事実が部屋を凍り付かせた。

 まるで、この場にもう一人いたみたいではないか。




 皆が去った後、太志は再びゲームに興じていた。しかしどうも身が入らない。単純作業の周回プレイでもミスをする始末だった。太志に気があるハートも『大丈夫 (´・ω・`)?』と心配げだ。


「うっせえ! 雑魚が!」


 所詮はランクが下のプレイヤー。高ランクの太志に寄生してやっと戦えているだけの、コバンザメに過ぎない女だ。現実世界では不細工に違いない。優希には遠く及ばないだろう。

 腹いせに乱暴な言葉を投げかけようとした時、チャットの文字列が揺らいだ。なんだ、バグだろうか。眉をひそめた太志だったが、文字化けはすぐに直った。


『かくれおにしよぅよ』


「うわああ!」


 太志は椅子から転げ落ちた。隠れ鬼。先ほどの会話が頭をちらつく。サブロー。俺たちがいじめていた子供……。


「お、お前が悪いんやろ! 俺たちが帰ったことも気付かずにあんな危ないとこに一人でいるとか、襲われてもしゃあないやん――」


 こんこん。


 醜い言い逃れは、ドアを叩く音によって遮られた。またばばあか? いや――本当にサブローが戻ってきた?

 恐怖で心臓を縮み上がらせながらも、かろうじて太志はドアに向かっていった。大丈夫だ。仮にサブローだとしても、たかが子供だ。俺はソニック様だぞ。何体もの魔物を倒してきた。幾つもの世界を危機から救ってきた。やられるものか。

 意を決して扉を開ける。誰もいない。太志はほっとした。なんだ、聞き間違えか――。


「みぃつけた!」


 背後からの声に、今度こそ太志は恐怖のどん底にたたき落とされた。振り向いた太志はバランスを崩し、その頭部は廊下の固い床に吸い寄せられた。

 太志が今際の際に見たのは、薄汚れた半ズボンから伸びる、青白く細い足だった……。




 じっとりと嫌な汗で目が覚めた。狭い書斎のソファーから賢治は身を起こす。廊下の固定電話が鳴っている。早く取らなければならないとは思うが、身体は鈍重だった。

 内容は覚えていないが、なにかに追い立てられるような、嫌な夢だった。ホラーの締め切りは当分先だが、最近思うように筆が進んでいないのが原因かもしれない。だからこそ昔馴染みの達弘たちを頼ったのだ。

 自らを叱咤して、部屋の外へ出た。受話器を取ると、ちょうど通りかかった母が「あら電話?」と間の抜けた声を上げた。


「はい。宮川みやがわです」

『賢治か。大変なことになった!』

「どうしたんだい、達弘。そんなに慌てて」

『太志が死んだ』


 え。

 じっとりと嫌な汗が頬を濡らす。事実から目を背けるように受話器を離した賢治は、訝しむような母の視線に気付いた。


「太志が……亡くなったって」

「うそ」


 母は両手で口元を覆った。

 夢が追いかけてきたような錯覚がして、賢治は受話器を持つ手を震わせた。




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