もういいかい
「かくれおにしよぅよ!」
隠れ鬼は、かくれんぼと鬼ごっこが合わさったような遊びだ。最初はかくれんぼと同じように鬼を一人決め、他の子供は散り散りに隠れる。鬼が「もういいかい?」と尋ね、皆が「もういいよ」と答えればゲームが始まる点も同じ。だが、鬼は見つけるだけでなく、身体に触れて捕まえなければならない。
ルールには地域差がある。賢治たちの間では、鬼は途中で交代せずに、全ての子供が見つかるまで続けられた。そして捕まった子供は、鬼と一緒に捜索を手伝うのだ。
「もぉいいかい?」
「サブロー」とあだ名された子供は、賢治ら遊び友達の間では浮いた存在だった。いつも汚い半袖のTシャツに同じ短パンというみすぼらしい出で立ち。使い古したぶかぶかの野球帽は顔を半分隠さんばかりで、その下では歯の欠けた口元がニコニコと純粋な笑みを浮かべていた。滑舌が悪く、「隠れ鬼」の発音も独特なものとなっていた。関西圏の田舎において、なぜか標準語で話していたのも馬鹿にされる理由かもしれなかった。
「まぁだだよ!」
サブローはずっと鬼をさせられ続けた。のろまな鬼はなかなか他の子供を捕まえることはできなかった。捕まえられた子供も、サブローを補佐することはなく、むしろまだ捕まっていない子が見つからないように誘導することさえあった。
サブローだけを遊び場に残して皆で帰る時もあった。賢治たちが遊んでいたのは、大人にも知られていない秘密の裏山だ。日が暮れ、ひとりぼっちでうっそうと生い茂る木々を彷徨うサブローは、それでも皆と遊べるのが楽しくて、いつものニコニコ笑いを浮かべていた。
「もういいかい……?」
そのような仕打ちを受けてなお、皆と過ごす時間はサブローにとってかけがえのないものだった。流行のゲーム機や、ボールなどの遊び道具を持っていないサブローでも、身一つで遊べる隠れ鬼には参加できたからだ。子供たちはそんな事情をも了解しつつ、サブローを侮り、弄んでいた。
しかしその日は様子が違った。サブローの他にも、「鬼」が現れたのだ。
「もういいよ」
夕焼けの中、赤鬼は口の端をつり上げて、サブローにどす黒い手を伸ばした。