1 五歳でやらかしました!ー発動
設定から生まれた話。どこまで広げられるかが課題です。
ゆったりペースで更新&話の内容も進みます。
よろしくどうぞ~。
「ん〜、いいお天気!」
五歳になったばかりのリーシアはすとん、と小さなベッドから降りて窓際の椅子に上がりカーテンを開ける。
自室である子ども部屋に、窓はひとつ。
澄んだガラスの窓は貴族の家だからこそだろう。外の様子がよく見える。
よく晴れた青い空。それに加えてリーシアの姿もうっすらと映っている。
紅茶色の髪は母譲り、肩下まで伸ばし寝る時にはゆるく首辺りで結んでいる。
ぱっちりと開いている紫紺色の瞳は父譲り。
今日、リーシアは父とともに、父の実家であるラーティア侯爵家に出かける予定だった。
父の実家であるラーティア家の習わしとして、五歳になると一族の集まりに、本家に呼ばれるようになる。
リーシアが生まれた家は、そもそもラーティア侯爵家の分家の分家でラーカス子爵家という。
二人姉妹の姉である母が子爵家の後継ぎで、父は本家であるラーティア侯爵家からの婿入りだった。
そのため、リーシアは血統的には本家に近い。
ラーカス子爵の領地は山岳地帯と沼地に近く、街道も通っていない、いわゆる田舎である。王都から海への街道沿いにある侯爵領からは離れている。父の実家、血縁にこちらから会いに行くのは、リーシアにとっては、これが初めてで、この二十日ほど毎日指折り数えて今日を待っていた。とおっても楽しみにしているのである。
今回は生まれたばかりの弟と産んだばかりの母はお留守番である。
母の妹である叔母も昨年出産していて、子どもの世話と母の世話を受け持つため、一族の会合には欠席するとのことで、父とリーシアだけの参加予定だった。ちなみに叔母の夫は子爵家の家令を務める家出身で、今回は一緒にお留守番である。
つまりは、いろいろ状況が揃わないと行けない親族の集まり、本家での食事会が今日なのだ。
そんな特別の日に、いつもよりずっと朝早く目覚めてしまったリーシアは、
(さてどうしよう?)
と思った。
旅に出るわけではなく、父の転移魔法でサクッと侯爵家に行けるため、焦って支度をする必要もない。
すでに持っていく着替えや小物はまとめてあるし、それだって父の亜空間魔法でできた小さなバッグ一つだけ。
リーシアでも余裕で持てる物なのだ。今さら慌ててすることもなく・・・せっかく早起きできたのに、さてどうしよう?なのだった。
「ちょっと外に行こうかなあ・・・ちょうどコヤの実がなってるよね。お土産・・・にはならないかもだけど、おはじきの代わりにはなるし、持っていこうかな。遊び相手になる年の近い子がいるといいなあ。」
叔母の子ども、リーシアにとっての従兄弟は四つも年下で、面倒を見ることはあっても、一緒に遊んでいるという感じにはならない。何せまだ一歳である。子爵家の使用人の子どもたちは六つ以上年上ばかりで、相手にしてもらえない。可愛がってはもらえるが、対等ではない。まあ、身分のこともあるのだろう、十歳ともなれば、もう見習いになる頃だ。なかなかに寂しい環境だった。
「父方の従兄弟たちとは会ったことないんだよね~。確か一歳違いの子がいたはずだから・・・一緒に遊べるといいなあ」
ちょっとした希望である。父方の従兄弟は全員男子で女子がいない。そこは残念なのだが、他の分家には近しい年頃の女子がいるかもなので、そちらに期待している。
(仲良くできるといいな)
まあそこは、中身年齢が十以上年上の自分次第になるかも?と思案を巡らせつつ、
「よし!行こっと!」
早速、ひとりで着替えを済ませる。子ども服で簡素なものだ。外遊び用のズボン、チェニック、上着。五歳児だが、十分に一人でできる。だって前世の記憶があって、精神年齢は十九才である。いや、こちらでの五年を足せば、二十四才か。まあでも、体に引きずられている感じはあって、以前よりも思考や感情が幼くなっている自覚はある。
鼻歌を歌いながら上機嫌で部屋を出る。
「あら、おはようございます、お嬢さま。今日はお早いですね」
廊下でにこにこと挨拶してくれたのは、女中頭のケイトおばさんだった。
「うん、おはよう、ケイト、楽しみで早く起きちゃったの!」
「今日は待ちに待ったお出かけの日ですもんねえ」
「そーなの!じゃ、急ぐから!ちょっとお外に行ってくるね!」
「まあ、お一人でですか?」
「ダットンの所に寄るからダイジョーブ!」
「ああ、そうですか。わかりました。朝食までにはお帰り下さいね?」
「はーい!行ってきます!!」
そのままいつものズボン姿でリーシアはとっとこ駆け出した。
小さいながらも一応はお屋敷になっている子爵家の裏門を通り過ぎ、裏門と林の間にあるダットンさんの家へ向かう。家の主人はすでに外にいて、蒔き割をしていた。
「おっはよう~!ダットン!」
手を振りながら声をかける。
(呼び捨てにやっと慣れて来たなあ。ほんとは、さん付けしたい。ケイトにも)
でもそれは、こちらではおかしな事なのだ。母も父も、ケイト、ダットン、と呼び捨てだし、他の人たちも基本的には呼び捨てなのだ。領主一家なのだから。
「おお、おはようございますな、お嬢さま」
(うん、お嬢様呼びは流石に慣れた!!赤ちゃんの時からだもんねー。)
ダットンさんは、なかなかの老爺だが体は大きく頑丈で動きも淀みなく、蒔き割の斧も軽々と扱っている。
垂れ目の好々爺である。
「あのねあのね、今日はお出かけするの!!」
「ほうほう、そうですかな、どちらに行かれるんで?」
「お父さまのご実家よ!!」
「ほうほう、それはそれは。そんでワッシに何用ですかな?」
「コヤの実が欲しいの!一緒に取りに行ってくれる?」
「はあ、コヤの実ですな、食えないもんを持って行かれるんで?」
「オモチャにするの!」
「ああ、投げ合いっこですかな。ふむふむ、ではご一緒しますかな。ちょっと片づけますんで」
「うん、ありがとう!お願いね。」
斧を家の中に仕舞い、割った薪を壁沿いに積み上げて終わり。すぐに片付いた。
念のため、水を入れた皮袋を持って出発だ。
と言ってもすぐ近くなので、子どもの足でも問題ない。とっとことっとこリーシアは速足で歩き、ダットンはゆったりと歩いて子どもの足に合わせる。手を繋いでいるのは飛び出さないように、である。
林の入り口に灌木の茂みがあり、これがコヤの木だった。葉には薬効があり、虫除けに使われる。黄色い花は染色に使われて、美しい橙色が生まれる。だが、木の実は固いうえに苦みがあり、また毒薬とまではいかないが痺れが出るので、食用には向かなかった。殻を付けたままなら痺れることもないから、子どもたちにとっては絶好のオモチャだった。おもに的当ての弾である。狩りの訓練にもなるから、大人たちは的当てに関しては、鷹揚に対応している。ただし、人の顔を狙ったらお尻百叩き、と言われているから、子どもたちもそれだけはしない様に気を付けていた。
ちなみに、おはじきはこの世界にはまだないようだった。なので、リーシアはちょっとした使命感を持って、おはじきを広めるぞー!と思っていたりする。何せ、雨の日のやることの無さといったら!!娯楽に飢えているのだ、たった五歳で。
(スマホもネットパソコンも、テレビもない。ラジオもない。本も雑誌もないんだもんな~。ああ、漫画が恋しい。)
当たり前だが遊園地だって公園だってないのだ。ジャングルジムもブランコも雲梯もない。鉄棒さえない。ないったらない。ああ、つまらない~!!
そんな訳で、まずはお手頃なおはじきから、広めようと思ったのだ。幸い、これは女性陣に受けて、母と叔母は覚えてくれた。女中さんたちにも好評である。が、男性陣は参加してくれず相手が限られていて、今のところ、リーシアは圧勝である。これはこれでつまらない。新しい相手が欲しかった。
対戦相手を見つけるとしたら、やはりワンセット作って、プレゼントするのがいいだろう。自分用のおはじきは荷物の中に入れてあるし、予備のワンセットもあるが、もう一つ作ってもいい。コヤの実を持って行けば、向こうで暇な時間に作れるだろう。大きさを揃えるために実を選り分けていれば、ちょうどいい時間つぶしになる。
「まだちょっと早いですなあ」
「そうだね・・・」
ゆっくりと見渡してみるが、まだ実は青く、熟した茶色には成っていない。青いままだとより痺れが強いので、殻付きであっても子どもたちは触ることを禁じられている。茶色になってからでないと、ダメなのだ。
「あーあ。ざーんねん。ちょっとはなってると思ったのになあ」
がっかりと肩を落としたリーシアを見て、ダットンは目を細めた。とはいえ、こればかりはどうにもならない。
一番日当たりのいいところがまだ青いのだから、日陰の実は言わずもがな。
「ちょっとだけ、あそこの実は黄色っぽいけど。あれはダメかなー?」
思いっきり見上げてダットンの顔を見る。
「ちょっとだけ、いい?」
「手袋は?」
「あるよ!」
「じゃ、手袋してですな、そのうち茶色になるでしょうしな」
「ありがとう!!」
やっと見つけた黄色の実は五つ。それだけでもゼロよりいいわ、と思って、ダットンにお礼を言って帰宅した。
朝食にはギリギリで間に合った。手を洗ってズボンを脱いで、巻きスカートならぬ巻きワンピースを羽織って上着を変える。食堂に着くと、父がすぐに傍に寄って来た。
「おはよう、リーシア」
「おはよう、父さま」
「裏の林に行ったと聞いたよ。今朝の収穫はなんだい?」
「コヤの実よ!まだちょっと黄色いけど」
「見せてもらえるかな?」
「はい!」
ベルトポーチから厚布の巾着に入れたまま出して、中身がよく見えるように紐を緩めて、父に差し出す。
「ありがとう。・・・今年はちょっと遅いな。いつもなら、もう茶色になっていてもいいはずだが。
少し気をつけてみよう。ああ、リーシア、ありがとう。これはどうするんだい?」
「おはじきにしようと思ってるの」
「そうか。でも、茶色になるまでは、待つんだよ」
「はーい!」
けどすぐにでもなったらいいのにな、とふと思った。思っただけだったが、淡い光が両手の間に生まれ、それは厚手の巾着袋の中に吸い込まれて行った。
「え?え?なに?」
びっくりして固まっているリーシア。その前で、父も硬直している。
口を何度か開け閉めして、やっと父が声を発した。
「リーシア・・・ちょっと、うん、食べた後でいいから、話をしよう。・・・うん、まずは食べよう。ああ、それと、その巾着は私が預かろう。いいね?」
「・・・は、はい。」
そっとリーシアは差し出した。
(わけわかんないわー!何事!!)
母は夜泣きした弟と一緒に今は寝ているそうだ。
父と二人での朝食になる。
(うーん、もしかして、やらかした???)
ともあれ、まずは食事だ。朝から裏の林にまで行ってきたリーシアは、もうすっかり空腹だった。
名前に迷いつつの出発です。
兄弟の名前がまだ決まらない・・・。