老兵
なだらかな丘の上に豪華ではないが頑丈な城が建っている。
実直そうな老兵が、古びてはいるがよく手入れされた正面門を守っている。
彼は少年の頃からこの城に勤め今年で六十年になる。
先代の王にもお目通りしたことがあるのが彼の自慢で新米兵士はこの話を二〇回以上は聞かされる。
そのおかげか先代王の容姿や話し方の特徴をすべての兵士が暗記しているというクウィンディア城。
世界は破滅にむかっているともっぱらの噂で、彼自身も何度かあの気持ちの悪い泥人形『ジョワンズ』とやりあったのだがそれも幻であったかのように今日はなんとも良い天気だ。
どこから軽やかな少女の笑い声が風にのって聞こえてきた。
よく知った声だ。
知らず、老兵の頬が緩む。
声の主は御年十四になられるクウィンディア王国の末姫フェオリア様だ。
長く勤めているだけあって王族からも信頼厚い老兵は、たまに昔話を所望され王子や姫君方の話相手をする。
この国の王は子沢山で3人の王子と4人の姫君がいる。
フェオリア姫は7人兄弟の年の離れた末っ子で溜息がでるほど愛らしい見目をした少女だ。
性格も明るく聡明で城の者にも誰隔てなく接する。
もちろん上の王子や姫君もとてもよくできた優秀な方々で、仕える身の老兵にとっては鼻の高いのであるがフェオリア姫は特別だった。
本当に赤ん坊のころからちょくちょくお顔を見、歩き始めた頃には手をとり、無礼を承知の上だが子のいない老兵にはまるで孫娘のような存在なのだ。
いつまでも幸せでいてほしい。
それが老兵の想いだ。
「もう御年ですし、長年勤めて下さったあなたには城からも報奨金が出ます。そろそろゆっくりなさったらどうですか?そうでなくても門兵ではなく城内の仕事に移られるとか…」
何度もそういった誘いはあったが老兵は頑なに門兵を辞さなかった。
この城の門はあの異形等を通さない。
フェオリア姫のいるこの城の入り口が自分が守る。
老兵は皺の深いその両の手に持った槍を、強く握り締めた。
と、少女の明るい声が頭上で響いた。
「ゼオお爺ちゃん!ちょっと出かけてきますね!」
「ひっひひ姫様!!!フェオリア姫!?またお城を抜け出す気ですか!」
「「「じいさん心配しなくてもお姫様はちゃんと帰すから大丈夫だよ♪」」」
老兵が振り回す槍のはるか上空でフェオリア姫と三つ子の魔法使いが手を振っている。
フェオリア姫はドレスのまま三つ子の一人に抱えられ、あまり上品な姿とは言いかねる。
「こぉのぉ三つ子の疫病神!姫様をどこに連れて行く気だぁっ!3日前にきつく叱ったばかりだろうがああぁ!!戻れっ!下りてこーいっ!!」
顔面に青筋をたて真っ赤になって怒る老兵。
慌てて城内から兵士がわらわら出てきて「ゼオさん!落ち着いてください!血管切れちまいますよ!」とか「そんなに跳ねたらまたギックリ腰になって寝込みますよ!」とか言って取り押さえている。
「ウフフ、みなさんゼオお爺さんのことよろしくね。夕方にはちゃんと帰ってきますから」
「てかそのじいさんいつもウルサイよー!そろそろ寒くなってきたから内勤にさせてやんなよー」
「そうなの、冬に門番は大変よね。アタシも何度も言っているのにゼオお爺ちゃんきかないんだもの。ねぇお爺ちゃん!パリラも心配しているから城内のお仕事になさってよ!」
「べ べつに僕は心配して言ったわけじゃ…」
「フェオリア姫―!ワシは身体だけは頑丈ですぞ!温かいお言葉いたみいりますがそれよりなにより姫様が心配で心配で胃に穴があいて心筋梗塞ですぞおおおぉ!!」
「「「胃に穴があくのは心筋梗塞ではないと思うよ?」」」
「黙れ三つ子――!」
三つ子と姫様の笑い声が城下に響く。
ついでに老兵士のしわがれた叫びも響く。
のどかな朝の風景、イン クウィンディア。