アリス、魔法使いについて語る
甘く芳ばしく香りに満ちたこじんまりと清潔な家の中で、少年が足をぶらぶらさせながら菓子をほおばっている。
その向かい側には少年よりも5つ位年上であろう少女がいて夕食の下ごしらえなのかさやえんどうのスジ取りをしている。
「私説明ホント苦手だからわかりにくかったら質問してね。 あ、お茶おかわりあるよ」
すこしぬるくなったお茶をカップにつぎ足し「二杯目は味を少し変えて飲むと美味しいよ」と乳白色の小さな角砂糖のような塊を一つカップに落す。
小さな塊はお茶の中でほろほろと崩れお茶の色を薄い乳白色へと変える。
拓斗は珍しそうに見つめ、軽くスプーンで混ぜてから一口飲む。
「あ、ちょっと甘くなって美味い!」
ミント系のさっぱりしたお茶にコンデンスミルクが混ざったような味。
喉ごしがまろやかになり拓斗はこっちの方が好きだなと思った。
アリスはいったん席を立ち、さやえんどうを茹でる為水のはいった鍋を火にかけついでにヤカンのお湯も温める。
「ええと知りたいのは魔法の事だよね?どの辺から説明すればわかりやすいかな…。拓斗くんのいた世界には魔法を使える人は全然いないの?」
小さなキッチンから戻ってきたアリスの手にはボールにはいった数種類の野菜と包丁。
どうやら皮むきをしながら話す様子。
まだ14.15だろうに主婦のように手際が良い。
「あー、うん。少なくてもオレは会った事ないぞ。テレビとかで自分は魔法使いーとか超能力者だーとか言ってるヤツはいるけどやっぱ目の前で見なくちゃわかんねェじゃんそういうのって。」
だからココにきて空飛んでたり火出したりするの見てすげェって思った、と拓斗が屈託なく笑う。
犬を追い払う際に使った炎の呪文を見て興奮していた拓斗の様子を思い出し、あんな初級魔法でも喜んでくれたようなのでアリスもえへへとか笑う。
「じゃあまずこの世界でどれくらいの人が『魔法』を使えるのかから話すね。えっとなんだっけ『もしも世界が100人の村だったら』ってカンジで説明すればいいんだよね?」
「うん、前学校でセンセが読んでくれた本なんだけどわかりやすかったからそんな感じでー。あ、そういえば三つ子が無性体が10%の確立でーとか言ってたな」
焼き菓子をたらふく食いまくってやっと満腹になったからかちょっと眠そうな声で相槌をうつ。
「わかった。えーっとそうだなぁまず100人のうちだいたい10人が無性体だってことは知ってるんだね?無性体で生まれた子供はまずほとんどの子が魔法を使えるの。…なんでかはわからないんだけど。で、その10人を含んだ60人が魔法を使える人間。残りの40人はまったく魔力を持ってない人間ね。まぁ魔力なんて持ってなくても大して不便じゃないんだよね」
じゃがいもの芽を包丁の角で抉ってボールの端に捨てたらすかさず拓斗が食べようとするので慌てて止める。
「わわ、ダメだよ!毒毒毒!!!…ええっと、でね魔力があるって検査でわかった人でも
ほとんどの場合ちょっと指先から火が出るーとかちっちゃい風がおこせるーくらいなの。で、たまに『攻撃』として使えるくらいの魔力を持っている人もいるんだけどそういう魔法を使うには『呪文詠唱』ってのが必要なんだよね。」
芽をとったじゃがいもをザクザクと適当な大きさに切りにんじんも一口大にそろえて切る。
毎日やっていることのなのだろう、包丁の動きに無駄がなくついついじっと見入ってしまう。
拓斗は昔よく料理をする母親の手元を覗き込んでいたことを思い出す。
今は学校から帰るとすぐ遊びに行ってしまうので夕食の準備なんて見てないけど。
「でね、その呪文とかは近所で魔法使える人に教えてもらったりあんまり危険じゃないのだったら魔法関連の専門書にものってるし。後は…本格的に勉強したい人は学校にいたりするけど本当に魔法を仕事にできるって人は…魔力があるってことを前程にしても100人中7、8人かなぁ。それに難しい魔法にはながーい詠唱が必要だしその詠唱だって古代文字とかで書かれてたり発音がメチャクチャ難しかったりそうとう才能があってそうとう頭良くなきゃ王宮直属の魔法使いになんてなれないんだよ!」
話していて興奮してきたのかアリスは包丁を握りしめて力説する。
拓斗は半分上の空だっのであわてて「うんうん!そりゃホウトウだな!!」とか話し聞いてないのまるわかりな相槌をうつ。
「だからね、私と同じ年の子達が王宮付き魔法使いってスゴイでしょ!魔法がちょっと得意な子達の間じゃ一度でいいから会ってみたいって話で。でもお城に行く機会そうそうないし…三つ子っていうのと15歳っていうのと何故かまだ未分化らしいって事が噂されているだけなの。」
包丁を両手で握りしめ「サイン欲しいー」とか言って悶える。
拓斗は「どこの世界も若い娘は変わんねェな」などと子供らしくない感想を抱きつつ曖昧に頷く。
「でも別にフツーだぞ?同じ顔でーなんか真っ黒いローブ着てて…髪とか目は黒いけどなんか日本人っぽいカンジじゃないんだよな。まー異世界なんだから当たり前だけどさ。つうかあいつらなんかよりオレはお姫サマの部屋に来たメイドがまじ怖ェ。アリスも見たら驚くと思うぞあのメイドさん…」
メイド服を着た樋熊ことフェオリア付きの世話係り兼ボディーガード兼教育係のリリーを思い出しぶるりと拓斗が身震いする。
「怖い?メイドさんが?」
アリスが首を傾げる。
三つ子の噂は流れていてもリリーの噂は城下に届いていないらしい。
「うんメチャ怖い。ドア破壊してたし、それになんだっけな確か樋熊…本当は樋熊?だっけか?」
いや ちょっと違う。
「え!お城はメイドさんがクマさんなの??」
違う違う。
「んー、まあいいや。ところでオレは空飛べる?」
「え…いやだからね……」
異世界の一般市民に誤った知識を植えつけつつけれど拓斗は無責任にもすっぱりと話題を変えやがった。
どうやら今までしていた説明はまったく意味をなさなかったらしい。
アリスはがくんと肩を落とし、数秒してからよろよろと復活。
そして先刻の話を拓斗にもわかりやすいよう「あるところに魔法が使えるうさぎさんとー」とか言いながら幼児を相手にする保育士さんのような、なかばヤケクソ気味の表情で再度説明をはじめた。




