報告
カチャ
扉をくぐるようにして現れたのは妙齢の女性。
身長は恐らく190センチ以上、丸太のようにたくましい手足と広い背中。
よくサイズがあったなと思われる清楚な紺地のワンピース、その上には白いエプロン。
エプロンの両肩と裾にはフリルがあしらわれふんわりとしたラインをえがく。
長い髪は鳩羽色、三つ編みにされた先端を白いリボンが飾る。
四角く角ばった顎、鋭い眼光、太く濃く力強くつり上がる眉。
「フェオリア様、本当にお一人でい…」
「ひっ!怖ぇっゴルゴサーティいうぐくぐう」
恐怖からかひきつった叫び声をあげた拓斗を七瀬が殴り安藤泉が口を塞ぐ。
だから声出しちゃダメだって言ってんじゃんとピストニカが口パクで叱る。
「…フェオリア様…私の事が怖いんですか?たしか初めてお目にかかった時に白目を剥かれておられましたが最近は慣れてくださったと思っていたのに…」
悲壮な表情で嘆くリリー。
怖さ3倍増。
「ち、違うのよリリー!怖いだなんてとんでもないわ!たしかに初めてあなたに会った時は失神してしまったけれど…まだアタシ3歳だったから人見知りが酷かったからよ!!」
怖いだなんて聞き違いよ! と姫君は必死で誤魔化す。
「う…ううっ ほ 本当でございますか?」
「ええ!」
姫君がにっこりと愛らしく微笑んだ時
先刻から白い霧を吸ってみたり臭いを嗅いでみたりしていた厳蔵が
何やら震えている。
「ゥフ…フェクッショイっ!ちくしょう!」
くしゃみと「ちくしょう」はワンセットらしい。
焦った姫君は慌てて両手で顔を隠しながら「は はくしゅんっ!は はっくしゅんっちくしょう!」
とカナリ無理のある演技をしだす。
「…フェオリア様どうなさったのですか、くしゃみの後にちくしょうとかいうのはお止めになった方がよろしいですよ?」
リリーが怪訝な表情で眉を顰める。
怖さ5倍増。
「ウ ウフフ、そうね気をつけるわ。…というか気をつけてほしいわ」
唇に少しひきつった笑いをつくり、視線だけ厳蔵をヂロリと睨む。
厳蔵は片手で謝罪しつつ「すまねぇ」とクチをパクパク。
「ところでリリー、アタシになにか用だったの?」
この時間メイド達は遅い朝食をとっているはずだ。
ちなみに先刻追いかけられていたのは先に朝食をとったフェオリアの食器を下げに来た際丁度脱走を発見されてしまったのだ。
「ああそうでした。実は公爵令嬢のアンジェリカ様のことですが…」
「まあ!そうだったわ、今日はアンジェリカが育てているセバスチャンを見せていただく約束を」
「あの…それがですね……」
前科七犯殺人罪っぽい表情でリリーが口ごもる。
眉間に皺を寄せて口をつむぐ様子は赤ん坊が見たらヒキツケをおこしそうな程恐ろしいが、長い付き合いである姫君はそれが『言うべきかどうか逡巡している』表情であるとすぐに理解したらしい。
「どうしたのリリー、隠さないで教えて?」
フェオリア姫はとても優しげな雰囲気の少女で、実際とても穏やかな性格だ。
大陸中に知れ渡るほどの美貌を誇っていながらそのことを決して驕らず身分の隔てなく誰にでも公正に接する。
そしてそれは決して弱弱しさや引っ込み思案であるからではない。
「リリー、あなたがアタシに言わない事ってことはあまり良い知らせではないのね。でも大丈夫よ、アタシは絶望で儚くなったりはしない」
姫君は微笑む。
力が強くなくても魔力がなくても抱しめれば折れそうな身体でもまだ十代前半という若さであっても
生まれた時から皇女である彼女は恵まれた自身の立場と引換えに他人の命に関わる決断を下す重要性、そしてその責任として心の脆さは赦されないという事を叩き込まれて育った。
「わかりました、ではお話いたします」
リリーが重い口を開く。
姿を消したまま事の成り行きを見守る7人と三つ子が小さく息をのむ。
静かな水面のように凪いだ瞳の姫君が言葉を待つ。




