よこそう救世主
と、突然エレベーターの扉からヤバげなピンク色の光が漏れてきた。
その光は徐々に強さを増していき目を開けていることすらできない。
横に動くエレベーターはスピードも驚異的なものになり声を発することすらできない。
どれくらいそうしていただろう
「ぐえ」
「きゃぁ」
「ヒェっ」
「ぎにゃあ(>Д<)」
「うお」
「どあああああ」
「ぐっ」
誰が発したかはわからないが、まあとにかく七人全員がカナリの衝撃を感じた。
エレベーターはもう動いていない。
場末のパブみたいだった怪しげなピンク色の光も消えた。
「どうしよう…まだ車のローンが残っているのに妻と子を残して…」
最初に口を開いたのは意外にも田所だった。
まぁ如何せん現実逃避気味だが。
「あら田所さん、保険には加入なさっていらっしゃいます?」
「ええ、でも災害保険とあとは会社で入っているのだけなので…」
「俺は税金すら払ったことねーぞ」
「いや税金は保険ではないので関係ありませんよ」
「マヂかっ?!」
「ねえねえ、どうでもいいけど出るしかないんじゃない?」
またもや夜のお仕事してそうな姉ちゃんが軌道修正。
人間見た目じゃわからない。
かたく閉ざされたエレベーターの扉をかるくあごで示す。
「あー!どっかで見たことあると思ったら502号の水商売系姉ちゃんじゃん。化粧してねーからわかんなかった」
恐ろしいことをさらりという小学生。ランドセルにつけたお守りを握りしめている。
「そういうキミは同じ階の小学生か、いつも廊下でぎゃあぎゃあうるさいガキ…」
長いカナリ傷んでそうな髪をかきあげながら目を細める。
睨んでいるわけではなくコンタクトをしていないのでよく見えないかららしい。
「ガキじゃねぇよ、名前くらい知ってろよ。これだから都会のマンションは近所付き合いがなくて温かみがないとかかんとか報道番組で悲しげな口調のレポーターが…」
「506に住んでる高槻七瀬です」
小学生の言葉を遮って女子高生が水商売系の女に自己紹介をはじめる。
「あー、506の子ね。ふーん、その制服知ってるわ。青蘭学院でしょ?すごい進学校。ウチの店の近くにあるブルセラショップでもその制服はレアで高いのよ」
「じゃぁ今度もう一着買って売りにいこうかな」
「それよりもネットオークションの方がバレないし値段も上がるわよ。あ、そうそう私はアケミ。よろしく」
「わかりました、アケミさん。こんな状況でどの人間が一番頼れそうか見回してみてアナタが一番マトモに見えました。よろしく」
七瀬がにこりと不敵に微笑みアケミが頷く。
「七瀬姉ちゃん、オレだって頼れよ!唯一のかおなじみみだろ?」
「こいつは505の入谷拓斗です。生意気なクソガキですがよかったらよろしく」
また吠え掛かろうとする拓斗の頭を強引に下げる七瀬。
「あらあら自己紹介?そうねこんな時ですものね、お互い知っておいた方がいいわよね。私は602の沢口やす子です。夫は銀行員で息子は中学生でバスケ部、息子はやんちゃだから下の階のみなさんにはいつもご迷惑かけてしまって申し訳ないわぁ」
ゴミ袋を持ったままの主婦やす子はコロコロと笑う。
所帯染みた雰囲気はいかんともしがたいが、人あたりの良いなかなか可愛らしい顔をしている。
その横でいかにも典型的なサラリーマン風の男が名刺をあわてて探している。
「す すみません、あいにく名刺が会社に置いたままでしてお渡しできないのですが。私は4階の田所聡史です。妻が町内会役員をしていました…あ、妻は田所澄江です。」
「澄江さんはゴミ収集所のお掃除当番長もなさっているのよね、みなさんも一度はお会いしたことがあると思いますよ」
やす子がそう口を挟む。
するとどうひいきめに見てもマトモな仕事はしてなさそうな柄シャツでガラの悪い男が話しに入ってくる。
「もしかしてあのパーマのきついオバちゃんか?知ってるぞ、へーあれあんたの女房か。あ、俺は山城だ。山城厳蔵。仕事は…まぁ主に社会福祉かな」
「おっさんヤクザだって噂だけど?」
拓斗が無邪気さをよそおって尋ねる。
厳蔵、鋭くいちべつするが否定もせず。
「で、あなたは何階の方だったかしら?あまりお見掛けしないのだけれど」
敏感に空気を察知してやす子が流れを変える。
話しかけられ二十歳前後と思われる男がびくりと身体を硬直させた。
「あん?なんだよコイツ怪しいな。もしかしてテメエがこのエレベーターになんかしくさったのか?」
「ヤクザのおっさん、それはねーだろ普通に考えて個人がどうこうできる現象じゃなかったから。」
馬鹿にしきった表情で拓斗が厳蔵を見下すのであわてて田所が話しをごまかす。
「えええと、いや私は彼を何度か見かけましたよ。入り口で。ね、ね」
「ぼ 僕は6階の…608に…」
「あら!あそこに住んでいらっしゃったの?!同じ階なのに気づかなくて申し訳ないわぁ」
「で、あんた名前は?」
自己紹介のまどろっこしさに嫌気がさしたのかアケミが男をみやる。
「す すいません…ええ ええと僕は608の安藤泉です、一応大学生…です。っつううぐつああああああ!!ミシェル――!!助けてくれ――!!こんな沢山の人間と会話だなんて僕には無理だああああ!!というかこのままじゃ朝9時からの『ゲロロ軍艦』を見逃してしまうー!ビデオをセットしてあるって?いやもちろんしてあるさ!でも生で見なくちゃ駄目なんだよ!」
「「「「「「……………」」」」」」
6人の注目を浴びながら絶叫する安藤泉。
つまりはひきこもりのヲタク。
ミシェルってなんだ?とか厳蔵が周りの人間に問いかけるがもちろんだれも答えられない。
「さて、じゃあ行きます?」
見るのも嫌だとばかりに目を逸らし七瀬が扉を指す。
「…そうね、進むしかないわね」
「どうするよ、出たらいきなりモンスターいたら」
「俺エーゴ喋れねぇぞ?」
「大丈夫ですよ私も出来ませんが姪が言うにはボディーランゲージで結構通じるらしいですよ。」
「ホントかい奥さん。ところでボディーランゲージってのは新手のSM道具か?」
「ウフフいえ違いますよ、身体で表現するって意味です。ジェスチャーですよ厳蔵さん」
「私も駅前で数年習っただけですから上手く喋れるか心配ですよ」
「あら田所さん習っていらっしゃったの?じゃあ安心だわー」
「おい、おっさんおばさんヤクザ。緊張感ない会話すんなよ」
「あんだとクソガキっ!」
「うあああああああああ!ミシェル――もう会えないのか―?!どうしてキミはミシェルなの?!」
狭いエレベーターの中は騒々しい。
「七瀬、ドアを手動で動かせるスイッチあったわよね」
アケミはドアに耳をつけ外の様子を伺っている。
「はいアケミさん。たしかこの非常ボタンを押して…あ、そうそうこの手動切り替え用ハンドルを回せば。」
七瀬は新しいマンションに引っ越してきた時や旅行でホテルに泊まる時なんかにも一番はじめに非常口や非常ベル、消火器の位置などを確認しておく人間なのでエレベーターの非常時操作も確認済みだ。
そんな、石橋を渡らず耐震や安全設備を見直してから新たに橋を建設してやっと安心して渡るタイプの人間なのにこんなアクシデントに巻き込まれるなんて人生わからない。
「うん、動く。じゃ、開けるわよ?」
「はい」
ギギギィ…
重々しげに扉が開く。どうやらエレベーターの外は屋外らしい。
まぁマンションの1階に出れるなんていう夢みたいな希望は7人だって考えちゃいないが。
と
「うっわあー本当になんか出てきたよーやっぱ僕達天才?」
「あれー?でも子供とかいる?」
「アタシ的想像だとメチャクチャ屈強な戦士とかだったんだけど、この人達ご近所さん寄せ集めっぽいわよね」
「えー僕の想像だとすげえグラマーな姉ちゃんとかだったんだけどー」
「それはアナタの希望でしょピストニカ!世界の危機にグラマーな姉ちゃんが何をしてくれるというの!」
「それはお姫様の前では…」
エレベーターの扉を開くとやはりそこは外で上を見ると空があった。
そして目の前にはなんかスゴイ勝手な事をぎゃいぎゃい騒いでいるまだ14・15であろう子供達が4人。
一人は西洋人形のようなとてつもなく愛らしい容姿で腰まで波打つ金髪、あおい眼に豪華なドレスを着ている「お姫様」と呼ばれた少女。
そして残りの三人はまったく同じ人間だった。
いや、三つ子だ。
少しツリ気味のきつい瞳、それと同じ色の黒い髪が肩あたりで不揃いに切られている。
そして三人共同じくるぶしまである黒いローブをまといその上からやはり黒い短めのケープを羽織っていた。
エレベーター内の面々は口を開こうとするが言葉にならず、結果的に黙り込んでいた。
最後の希望の日本国内という線も消えたので落ち込んでいるのもあるがあまりにファンタジックな展開に口が開けないとかそんな感じだ。
「キミ達、何?」
やっとアケミが問う。
すると4人はそろって微笑み、まるで示し合わせたかのように唱える。
「「「「ようこそ救世主!」」」