最後の一撃
どのぐらいの時間が経ったのかわからねえ。もう何十分もこうしてんのか、それともまだ数分も経過してねえのか、そんな事すら分からなくなってきやがった。
おっさんの攻撃を受けすぎたのか、左の視界は殆どない。多分腫れて目が塞がれちまったんだろうなあ。自分の身体に起きている事なのに、どこか他人事に感じてくる。そんな状態だ。
それでも手は、足は休めねえ。大護が勝ったんだ、俺だけ負けるわけにはいかねえだろ。負けちまったら後で小言とか言われるかもしれねえしな。アイツは小姑かってんだよ。
そんな事を思いながらも、目前に迫るおっさんの拳を頭だけを左に振って、最小限の動きで避ける。避け様に右の上段蹴りをおっさんの横面にぶつける。
蹴りの勢いに押されたおっさんが、体勢を崩しながら後方へ退く。頭では追撃を考えるも身体が言う事を聞かず、俺はその場に立ち尽くす。
「ほンとに……びっくりしちゃうわ。そんな状態なのに、まだこんな攻撃が出来ちゃうなんて……」
「へっ……そんな、余裕な面ァしてるヤツに言われたって……嬉かねえよ」
「そう見えるかしらん? アチシも結構ギリギリの状態なのよ、魔力もあと少ししかないわねん」
「……そうかい」
――俺は魔力も体力も殆どねえよ、おっさんには言わねえけどな。言ったところでどうこうなるわけでもねえし。
「だから……この戦いは次の一発でお終いよ。その身体に鞭打ってでも抵抗しなさい」
「なんでい、優しく俺に勝ちを譲ってくれたりするんじゃねえのかよ」
「それはアチシの信念が許さないわ。それにアンタだって望まないでしょう?」
「まあな、言ってみただけだ」
少しだけ交わされた雑談の後に訪れるのは静寂。嵐の前の静けさってヤツになるかもしれねえそんな空気が、俺とおっさんの間に流れる。
魔力を身体強化に持って行く事に全てを集中している俺に対し、目の前のおっさんはその威圧感を膨れ上がらせる。その結果、おっさんの存在が一回りデカくなったような感覚に襲われる。呑まれんな、俺は負けちゃいねえし、この勝負は絶対に勝つんだよ。
おっさんの威圧を跳ね除け、再び魔力を集中させる。
数秒だけ流れたその時間は、瓦礫が少し崩れたような小さな音を切っ掛けに壊される――
第三段階まで引き上げていた身体強化をさらに一気に強化する。第四段階と言いてえところだが、感覚的にはその一歩手前って感じだ。ホントの最後の力でも振り絞れたのかもしれねえが、攻撃するってなると一撃が精一杯だろう。
――だからこそ、その一撃を確実に当てなきゃならねえ。
だが、俺のその考えはおっさんには読まれていたようだ。
「アチシに確実に一撃入れるつもりかしら? それなら……"スタイルチェンジ――ダークエンジェルゥゥゥ"!」
不気味な掛け声とともにおっさんの身体が黒く変色していく。一体なんなんだありゃあ?
「"ダークエンジェル"……体内の魔力を全身に集中させることで、攻撃・防御・速さ、全ての身体能力が強化されるのよん。見た目がプリチーじゃないのがちょぉっと気に入らないけど、言っちゃえばアチシの身体強化の中で最強の強化……アンタに打ち破れるかしら?」
「ここにきて最強の技を見せてくれたって事か……良いのかぁ? 負けた時の言い訳無くなっちまうぜ?」
「負ける事なんてないでしょうけど……そうなったとしても、そんな野暮なこと言わないわよ。だからこそ全力でお相手するんだからねん」
「……戦い始めてから初めて、アンタの事をカッコいいと思えたぜ――いくぜェェェッ!!」
おっさん目掛けて走り出す。傍から見ると一瞬の事だとは思うけど、俺にはかなり長い時間に感じた。
ようやく到達したおっさんの正面。顔を上げ、おっさんの表情を見てみると、驚きを露わにしてる。今までよりだいぶ速く動けたみてえだな。
握りこんだ右拳。拳に、腕に、肩に魔力を更に巡らせる。纏うようにじゃねえ、張り付くように。一つの魔力も溢さねえように意識だ。
そしておっさんの懐へと潜り込み、走りこんできた勢いを殺さねえように……おっさんの腹へと拳をぶつける――
「オォ――――ラァッ!!」
おっさんの身体が宙を舞う。そのまま地面へと叩きつけられてから多少地面を削りながら、砂埃に包まれて止まる。
肩で息をしながら、振りぬいた右手をだらりと下げる。もう上げるための力すら入らねえや。
「はぁ、はぁ……み、たかよ、おっさん……今のが、俺の……ぜんりょ――」
肉体の限界が来たのか、身体を支えられなくなった俺は地面に倒れこみ、そのまま意識をとおの――
◆ ◇ ◆
広場を砂煙が覆う。冬馬が【地帝】へ攻撃を与えたのは見えたが、それ以降が砂煙に邪魔されてしまい確認が出来ていない。
ただ、激しい音が鳴った後に、何かが倒れるような音が小さく響いてきた。恐らく最後の力を振り絞って攻撃をした冬馬が、地面に倒れこんだんじゃないかと思っている。明らかに魔力も体力も限界に達していたからな。
砂煙が収まったら様子を見に行こうと思い始めたタイミングで、その砂煙の中に人影が見え始める。
徐々に体格もはっきりし、そうして砂煙に呑まれていた人影の正体が中から戻ってき――
「やぁねぇもうこんなになっちゃって。お化粧も崩れちゃったし、お洋服もボロボロになっちゃったわん。早くシャワー浴びないとっ……どうしたのかしら、黒髪ボウヤに【嵐帝】ちゃん?」
「どうしたじゃねえだろこのおっさん!?」
「こっちに色々聞く前に早くそのきったないモノを隠してもらえるッスか!?」
現れたのは冬馬を担ぎ上げた、何故かほぼ全裸となった状態の【地帝】のおっさん。一応服だったと思われる布が多少は身体についているのだが、股間の紳士だけはバッチリ出てきてた。まさにコンニチワしてる状態だ。
「うふふ、二人とも照れ屋さんなんだからん。何ならもっとしっかり見てもいいのよん?」
「話聞こえてるッスか!? 隠せって言ってるんスよ!」
「何なの!? 見せるなってハッキリ言えばいいの!?」
「そんなに大きな反応を見せてくれるとなると……もっとサービスしなきゃダメかしら?」
「通訳を呼んでくださいっ!!」
俺たちの必死の抵抗と懇願は、空しいかな【地帝】のおっさんには全く届かない。寧ろ紳士の存在感は上がってきているような気が考えるな見るな俺ェェェ!!
「キリュウ君! アカホシ君たちの戦いは一体どうなったの?」
そこへこれ以上ないほどのバッドタイミングでミーナたちがやってくる。ミーナには見せちゃいけない! リンちゃんは何となく大丈夫な気がするし、太郎は寧ろ道連れにするとしても、ミーナには見せちゃいけない!!
「ミーナ! 今はこっちに来ちゃダメだ! 死ぬぞ!!」
主に精神的にッ!!
「えっ? どうし――」
「いいから目を瞑ってそこにいなさあああいッ!!」
こうして俺・冬馬対氷帝・地帝の戦いは幕を閉じた。……どうしてこうなった。