あくまのキッス(物理)
「よっし! 健気なチミの為に、アチシがヒント上げちゃうっ」
……何でだろう、尻を隠さないといけない気分になってきたなぁ。
「んもう、そんな怯えた顔しないで頂戴よぅ。……ホントにナニかしたくなっちゃうじゃなあい」
一瞬(男としての)死を感じたが、おっさんはどうやら冗談で言っていたらしい。俺の反応をみて「うふふ」と、文字だけで表すと気品ある笑い方をしてやがった。……顔? 声? 聞くな。
一つ咳払いを入れた後に、ピッと人差し指を立てるおっさん。
「一つ。チミの発想は間違っていないの、言うならヤリ方が違うだけよん」
ニュアンスが違ったと思うが気にしない方向でいくぜ。
「二つ。ヤリ方関連の事で被っちゃうけど、魔力を纏うんじゃなくて"張り付ける"の方が良いわね」
張り付ける……? どういう事――
「三つ。聞いたら即行動っ! いっくわよぉぉぉん!」
不気味な叫び声が聞こえたと思っておっさんの方に意識を戻す。
するとどうでい……肘を手に当て掌を上向きに。そして唇を尖らせながら、内股で全力疾走してくるガチムチなおっさんが一人。
立ち向かうだぁ? 何言ってんだいバッキャロォォォオオオッ!!
「さ、さっきみたいに普通に来やがれクソヤロォ!」
「もう無理よ……アチシの理性が保たなかったわん」
「ふ、ふざっけ……このバーカッ!!」
捕獲=死(男的に)。そんな構図を嫌でも連想させる筋肉からの逃走劇。こっちに来てから初めて心から思った、地球に帰りたいってなぁ。だが、それと同時に思った事がある。
殺らなきゃヤラれる。まさに弱肉強食だってな。
まずはおっさんの言葉の意味を考えろ俺。えーっとヤリ方が……違ぇこっちじゃねえ。纏うんじゃなくて"張り付ける"だったか……そう思って逃げながら腕に魔力を送り込んでみたけど、いつもと同じ感覚だな。そもそも意味的にどう違ぇってんだ? オーラだろうが霊気だろうが纏うって言うよなぁ普通だァァァッシャッ!?
「アァン、もう少しで捕らえられたのにん」
顔面……というより寧ろ唇から着陸してきやがったおっさんから距離を取りつつ、再び魔力の事を考える俺。冷や汗で濡れた髪の毛が額に引っ付いて鬱陶し――
「そういう事かよぉ……」
「隙ありよん」
目前に迫っていたおっさんに気が付けず、あくまのキッス(物理)が俺の目の前に迫――
「いやん、あのヒントだけで分かっちゃった上に、直ぐに使いこなしちゃうなんて……ますます可愛い子ねん。おてて頂きっ」
「ヘッ。強くなれるんだったら右手くらい安いモンだ」
「あらそう? なら、すンごく汗出てるのは興奮からかしら?」
「圧倒的冷や汗だ。生憎身体は正直なんだよ」
目前に迫ってたおっさんの顔面に右の拳を叩きこんだ。右拳がおっさんの唇に触れちまったが、それは後でタワシで洗えば問題なしとして……今まではビクともしなかったおっさんを少しばかし後退させることに成功した。込めた力はさっきと殆ど変わらねえ、じゃあどうしてなのかって事だが、
「確かに"纏う"ってイメージよりか"張り付ける"って考えた方がしっくり来た。外に出てるけどそれ以上逃がさない感覚って言やいいのか?」
「そうねん。アチシはお気にのシャツを着た時と同じ感じで憶えてるのよ」
「……考えたくなかったけど想像出来ちまった自分が憎い」
「えっち」
「張り倒すぞ」
「大歓迎よ」
「前言撤回。やっぱりぶっ飛ばす」
言った時にはすでに身体は【地帝】の左頬を捉え、更なる追撃をお見舞いしてた。身体が勝手に動いちまったぜ……にしても、使い方一つでここまで変わるもなんだなぁ。これなら身体強化の段階も上げられそうだぜ。
強くなっている、その実感が俺の心と身体を突き動かす。
「さァて、もう少し練習相手になってくれよぉ! 地帝のおっさん!」
「うふっ。次おっさんなんて口にしたら全身の皮を剥ぐわよ? ガキンチョ」
お互いに飛び出し、接近戦の応酬が始まる。
俺の左拳が顔に入れば、返すようにおっさんの右拳が俺を捉える。少し体勢を崩したところにおっさんの左の上段蹴りが飛んでくるが、それを屈んで避け、姿勢を落とした状態からおっさんの腹に拳を打ち込む。
表情を崩しながらよろめき、後方へ下がるおっさん。さっきまで殆ど効いてなかった俺の攻撃だったけど……やあっと通る様になってきたなぁ。
両拳を突き合わせて再び地面を蹴る。体勢を立て直したおっさんと再び始まる接近戦。拳と拳、蹴りと蹴りがぶつかる度に骨が軋む。筋肉がはち切れそうになる。やっぱまだ分が悪ぃみてえだな。
「でも……俺だけ負けるって訳にはいかねえんだよッ!」
◆ ◇ ◆
【氷帝】との戦いを終えた俺は、少し離れた位置で冬馬と【地帝】の戦いを見ていた。
お互いに一歩も譲らない接近戦。冬馬も俺同様に何かを掴んだみたいで、かなりいい勝負をしているように見える――けど。
「このままだとお友達、負けるッスよ?」
「嵐帝……さん」
軽く手を挙げて近付いてくるのは、未だにフードを深く被り、口元しか確認ができない状態の【嵐帝】だった。
「嵐帝なんて固い呼び方はやめてほしいッスよ~。"ウィード"って名前で呼んでほしいッス、ダイゴさん」
そんな事を言いながら、少し科を作るように口元に指を当てる姿を見ると、帝には変態さんしかいないんじゃないか説が浮上してきてしまって……。
「何やらスゴク失礼な事を考えてるみたいッスけど、オイラは至って普通の男ッスよ~、地帝のおやっさんと一緒にしないでほしいッスね~」
腰に手を当てて少し前傾姿勢。フードの下から唯一見えてる口元を膨らませるという、ザ・ヒロインみたいな事しながら何言ってんだろうこの人。
「そんな事より」と続けた嵐帝――ウィードさんは改めて、今も殴り合いを続ける冬馬と【地帝】へと目を向ける。
「ダイゴさんも気付いてると思うッスけど、お友達……トウマさんは、最初よりは善戦してるッスけど、まだ色々と無駄が多いッス。地帝のおやっさんより魔力量は多そうなのに、その無駄のせいで疲労が半端ないことになってるッス。だからこそ、このままだと負けるッスよ」
ウィードさんの言う通りだ。俺が見始めた時より戦況はマシになってるけど、冬馬がギリギリだってことは変わらない。
でも……アイツなら大丈夫だと思うのが俺の本音だ。だからこそ、余計な心配はしないで黙って見守るんだ。
「冬馬はまだまだこんなもんじゃないですよ。こっから楽しみにしててください」
俺の方がよっぽどザ・ヒロイン的な発言だなと、心の中に思いながら。




