帝
"空上都市ナス"の扉を出て、国王様の転移に乗せられてとある場所へ向かう。
転移が終わって目を開けると、目の前には俺と冬馬からすると始まりの場所と言っても過言ではない、ギルド"精霊の涙"の前だった。
「そう言えば帝のトップはナックさんだって言ってたな。だからここなのか」
「うえっ!? 大護、ナックさんってここのギルドマスターってだけじゃなかったのか!? なんだよ帝のトップって!」
あ、そう言えば冬馬に話してなかったな。
「みたいだぞ。俺も昨日国王様に聞いたばかりなんだけどな」
「ほぉん、今度会った時には手合わせの一つでもしてもらいたいぜえ」
「そうか……もしかしたら直ぐに叶うかもしれないよ?」
国王様が何やら意味ありげな目線をこちらに向けて来る。何ですかその『イタズラ仕掛けて引っ掛かるのを今か今かと待ちわびている』ような表情は。大人のする顔じゃない。
「でも、それよりもね――」
国王様の首がグリンッと、俺たちの反対側へ向く。何今の動かし方!? 折れてないの!?
「どうしてミーナちゃんまで着いて来ちゃったの~っ! お家に帰りなさいって言ったじゃ~ん!」
久々に見たダメパパverの国王様。『ミーナちゃんとパパのスキンシップ』が始まるのかとも思ったけど、流石に外では始まらないようだ。
「嫌です、私も行きます。ここで引いたら、私はきっと守られるままになってしまうから……」
寧ろメッチャしっかりと返事をしているミーナさん。国王様の表情がパパからお父様へと変わる。いや、この変化結構大事なのよ。
「そうか……でも大丈夫だったんだよ。どうせ後から"みんなにも"声を掛けようとしていたからね」
「"みんな"って学園でよく一緒にいるメンバーですか? というより、なんでそのみんなにも声を掛けるつもりで……?」
「そうだな……良い言い方をするなら、若者の力を強化して、力の底上げのため。パパ的な本音だと、娘の友達を強くすれば、ミーナちゃんがより安全に過ごせると思ったから。そして今日は……そうだな。ハッキリ言っちゃうと――」
国王様の表情がお父様から更に変化する。その表情はまるで戦闘時の――
「キリュウ君、トウマ君。君等に"この世界のトップの強さ"を教えるための時間だ」
そう言って国王様――いや、【龍操―炎帝】は、ギルド"精霊の涙"の扉を開いた。
ギルド"精霊の涙"の扉を開けると、最初に訪れた時のような騒がしさに囲まれる。
しかし、国王様が一歩ギルド内に踏み入れた直後、一瞬で騒ぎが収まり、ギルド員全員が国王様を出迎える体勢を整える。なんだこの統率力と対応の速度は。
「お待ちしてました【炎帝】殿」
「出迎えご苦労。マスターはいるかい?」
「はい、いつもの場所に」
それだけのやり取りをして、国王様はギルド内の階段を上り始める。あまりの急展開に俺と冬馬の足が止まるが、ゼルとミーナは、そんなの関係ないと言わんばかりに、国王様の後に続く。
「ミーナは国王様の姿を見てるからこその慣れがあるのかもしれないけど……ゼルあのふてぶてしさを羨ましいと思う日が来るとは思わなかったぜ」
「……大護に同じく」
「……とうま、だいご、リンたちもごーごー」
冬馬に肩車されたリンちゃんに促されるように、俺達も階段へ進み昇り始める。
数十秒も掛からずに昇った先には、俺達も何度か入った事のあるギルドマスター――ナックさんの部屋の前。その扉へと手を掛ける国王様は、短く言葉を紡ぐ。
「"我を導け――ギーア"」
一瞬だけ扉が光ったと思ったが、すぐに普通の扉に戻る。それ以外には何の変化も見られないように見えるけど……。
国王様が一気に扉を開けると、そこにはギルドマスターの部屋はなく、学園の訓練場のような開けた場所へと繋がっていた。
扉を開けた国王様は、そのまま進む。俺達もそれに続くように中へ入る。最後の俺が入ったところで、後ろの扉が勝手に閉まる。
「やっほーやっほー! 君達が【炎帝】お墨付きの人達? って学生さんとかもいるじゃん! すっごいねー、アタシたち以来じゃない? 学生でここに来たのって!」
「そうかもしれないッスけど、そうじゃなかったかもしれないッスね~。とか言ってみますけど、ぶっちゃけ憶えてねッスわ~」
「あらん、ダイジョブよ【氷帝】ちゃん。アナタの記憶はバッチリ当たっててよっ。アチシが言うんだから間違いなくてよっ」
「そうッスね~、この中で一番古株の【地帝】のおやっさんが言うなら間違いな――」
「磨り潰すぞ【嵐帝】のガキが」
「あっははー! バカだねーわざわざ怒らせるような言い方してーっ!」
扉が閉まったことが合図かのようなタイミングで、いつの間にか正面には人影が並んでいた。
いつの間にか国王様も俺達の元から離れて、正面へと移動していた。国王様が加わった事で正面の人影は五人になった。
国王様以外の人達は全員頭からフードを被っていて、顔は分からなかったが、話し方だけでも大分個性的な方々が並んでいるのだと何となく察した。
その中心にいた人が一歩前に出た途端、騒いでいた他の人達が黙り込む。
「久し振りだな二人とも。ちょっとは"こっちの世界"にも慣れたのか?」
フードの頭部分を外しながらそう言ってきたのは、ギルドマスターであるナックさんだった。