奪還
"空上都市ナス"の夜。大護たちが眠る宿とは別の宿の一室に集った三人のフードの者たち。
「……結果の報告だけ頼む」
「方法は不明だが、"剣"の位置を探られた。"ヤツ等"は近々その場へ向かうと思われるが……こちらには場所が特定出来ていない状態だ。後手に回るほか無いだろう」
「もーっ! 何でアンタがいて防げなかったのさーっ! それかアタシたちにも場所が分かるようにもうちょっと頑張ってくれれば良かったのにぃーッ!」
「無茶を言うな【氷帝】。俺にもムリなものはムリだ」
「そんな事言って、ホントは可愛い女の子に目を奪われてただけなんじゃないのー? 昔のアンタみたいにさー」
「そんな訳あるか。今は妻と娘の姿が見れるだけで幸せなパパであり旦那だ。昔と一緒にしないでもらおう」
「しーらーなーいーよーだっ! それよりもナッつん。どうするのさ?」
「……ハァ、こういう場ではナッつんとは呼ぶなと言ってるだろうが。このチンチクリン」
「なんだとーっ! チンチクリンとは失礼なっ、アタシには"ローナ"という名前と【冷酷―氷帝】という二つ名が……プフッ。【冷酷―氷帝】って何よ、どう言う意味よぷーぷぷぷッ」
「自分の二つ名で笑えるお前も何なんだって話だけどな……こんなのは良いとしてだ【炎帝】。"本"に関しては無事だろうな?」
「それは任せろ。あの本には誰にも奪わせんし、触れさせもしないさ」
「あぁ。頼んだぜ……俺は"剣"の方を、どうにかしてみる」
「アタシも行くよマスター。あんな奴等の前に、アンタ一人でなんて絶対に行かせない」
「反応に困るから急にそのモードになるのはやめろ。でもまぁ、ありがとよ」
話は済んだと言わんばかりに立ち上がる男……ナック。その後に続くような形で【冷酷―氷帝】事、ローナも動き始める。
そのままローナが転移を発動し、二人の姿は宿内から消えて行った。
残された男……【龍操―炎帝】事、バドル=メリト=フィアンマは、テーブルに置かれた酒を一口煽る。
「任せたぜ……マスター」
呟かれた一言は部屋の中へと響くが、ただそれだけだった。
◆ ◇ ◆
部屋の窓から俺の顔目掛けて太陽光が飛び込んでくる。ほのかに感じる暖かさを心地よく感じながらも、それでも寝ぼけ眼へのダイレクトアタックは辛いものがある。つまり眩しさには適わない。
「ふ……んん」
何とか目を空けるが寝起き過ぎて意識がハッキリしない。辺りを見回すと見慣れない部屋……じゃなくて昨日泊まった空上都市の宿だ。
俺と冬馬とゼル。男三人で過ごす用のちょっと広めの部屋。三つのベッド以外には二枚の扉があり、洗面所とトイレになっている。
風呂とかシャワーとかは各部屋にはないようで、部屋の外に共用の仮設シャワーのような物があった。勿論男女別だったし、なんなら宿泊とは別料金まで持ってかれた。上手くやってンなァって。
冬馬に寄り添う形でリンちゃんが眠り、その隣のベッドでゼルが死んだように寝てい……あれ? ホントに死……あ、生きてた。胸が上下したから判断できた。
隣の部屋は、女性陣が借りて泊まっている筈だ。多分俺の頭側の方の部屋。内容までは流石に分からないし聞く気もなかったけど、昨晩二人の小さな話し声が聞こえてきたのだ。あとそれ以外に何かバタバタするような音も聞こえたな。こう……部屋の中でちょっと騒いでる時、みたいな感じ。
朝日の傾きから察するに、時刻は大体――いや察せるかよ。今は異世界人とか言ってるけど、根っからの一般人だよ、パンピーだよ。そんな能力備わってる訳がないだろ。しっかりしろ桐生大護。
……はぁ。大分目も覚めて、頭も動いてきたな。自分の変な思考に対してツッコミを入れられるくらいに覚醒すれば日常生活には何も支障はないだろう。
ベッドの上で足を開き、軽く身体を伸ばしほぐし。股割りの要領でのんびりとストレッチ。朝日を浴びながらの日課は良いもんだ。うきうきしてくる。
身体をほぐし終わったらベッドから降りて、頭をグルリと回し、首元もほぐしほぐし。こういうストレッチもそうだけど、身体の柔軟性は動く上で重要だからな。覚えていて損はないし、実践すれば尚の事ばっちぐーだ。
よし。日課のストレッチも終わったと。最後に一伸びした俺は、そのまま息を吸う。そして――
「何でリンちゃんがコッチの部屋にいるんだよぉぉぉ!?」
寝ぼけてた訳じゃないと確信を得た俺は、溜めに溜めたツッコミをここで発散させていくのだ。
「……ねむぅ」
「……だなぁ。……ふあぁぁ」
「朝食食べたらすぐ戻るんだから、も少しシャキっとせい。リンちゃんは勝手に男部屋に入り込んだ事を反省せい」
俺のツッコミという名の咆哮で目覚めた冬馬とリンちゃんとゼル。ゼルは普通だったが朝に弱い二人は未だに覚醒には至っていないようで、朝食を食べながらうつらうつらしている。リンちゃん、それ以上頭落としたらスープにポチャンするぞ。冬馬、それ以上船漕いだら目の前のパンもどき祭でストライク出るぞ。
「ンな細けェことネチネチ言ってやんな。第一リンは召喚されてからずっと俺様と暮らしてたんだから、その程度普通の事だろォぜ」
「異性のベッドへ潜り込む事が普通……どんな暮らしをして来たのよアナタたち」
「普通の暮らしに決まってんだろ。第一あれを異性に見る方が俺様には難しいな。箱入り娘のお姫さんにゃ刺激が強すぎたかもしれねェけどな。ケケッ」
「馬鹿な事言ってないで早く食べたらいいのではないかしらタロウさん」
「……可愛げがねェ女だなァ全くよ」
殆ど寝ながら朝食を食べ進める冬馬と、完全にスープに浸ったリンちゃんの奥では、ミーナとゼルが対立している。お互いに名前だけ知っていて、昨日初めて話した関係にも関わらず、お互いに容赦しない。二人の辞書に容赦の文字は無いようだ。
「二人ともそろそろ帰るぞー、食べ終わったら宿のおっちゃんのところに食器を持って行きなさーい」
スープ塗れになったリンちゃんの顔面をおしぼりで拭きつつ、いつまでも対立してる二人を促す。その間、対立してる二人の事よりも、自分の顔面のスープを一舐めしたリンちゃんが「……リンって、美味しい」と言い出した事の方が心配だ。
……というか、今の俺の状況……。
「大護お前……オカンだったのか?」
「俺もたった今チラっと思っちゃったけどそんなわけねーだろ。早く学園に戻って特訓したいんだ。……それよりお前、何時の間に食べ終わったの?」
さっきまで山盛りのパンのような食べ物が積み重なってた筈だったんだけど。
「大護がリンちゃんの顔を拭き始めようとした瞬間くらいだなぁ」
「冬馬お前……食べ物吸い込めるの?」
「任せとけ。コピー能力はないけどなぁ」
パンみたいな食べ物から何の能力がコピー出来ると言うのか。