一歩リード、
所変わってミーナの部屋。リンを含めた女性陣四人で部屋で寛いでいるようだ。最初はリンの緊張が治まらずに、会話も中々難しい状況となっていたが、今では大分打ち解けあっているようだ。現に今リンは、アリアの膝の上に座り、後ろから抱きつかれている。
「リンちゃんって普段は何してるのー?」
「……鍛錬か、ごはん。あとは寝てる」
そんな状態のリンに対して話しかけるのはレイアだ。抱きついているアリアはその様子を見てほっこりとしている。
「れ、レイア……あんまりその子に色々聞き過ぎない方が……」
「もう、どうしちゃったのさーミーナってば。いつもと全然違うじゃーん!」
そんなレイアの様子を見て、一際怯えているのがミーナだった。彼女がこうなっている原因はそろそろ分かるので割愛。
「……リンも、レイアに聞きたい」
「おっ! 何々ー?」
嬉しそうにリンの方を見るレイア。自分の後ろでミーナが「それ以上はダメッ!」と言っている声も聞こえず。
「……とうまの、どこが、好きなの?」
レイアの表情が一度硬直し、徐々に赤らむ。
「……とうまの、どこに、惚れたの?」
リンの追撃の前にレイアが起こせた行動は、可愛らしい悲鳴を上げながらの逃走だけだった。……逃げ切れなかったが。
リン。幼く何も知らない様に見えて、色恋は大好きな十八歳の女の子だった。
◆ ◇ ◆
「リンちゃん、忘れ物はないか? って言っても殆ど手ぶらで急に来たから、持ち物すら殆ど無いと思うけど」
「……だいじょーぶ」
リンちゃんの急な来訪から一日。今日の昼頃にはゼルの所へ戻ると決めたらしく、みんなでお昼ご飯を食べてから、リンちゃんの見送りに来ている。見送りと言っても校門までだけど。
長期休暇で生徒の多数が帰省している事もあって、食堂はガラガラで、食堂のおっちゃんもかなり暇そうにしていた。ただ、リンちゃんの姿を見た途端、別人のように熱い男へと変貌したけど。無事にお茶も渡せたし良かった。
「リン、また遊びに来い。それまでにオレは腕磨いておくからよ!」
「……君、誰だっけ?」
「やっぱり今殴る!」
「止めなってノエル。どうせ勝てやしないんだからさ」
息巻くノエルを冷静に止めるレド。なんだろうな、冷静なその言い方が一番ノエルの心にダメージを与えてる気がするんだけど。
「リンさん。今度お会いした時は、貴女の故郷チキュウについて、色々と教えて頂ければと思います。ダイゴ君とトウマ君では力不足な部分もありますので」
「……うん、わかった。いっぱい、お話ししようね」
ノエルの時とは打って変わっての対応を見せるリンちゃん。一瞬ノエルに気があって云々も考えたけどあれは違う。ただ単にノエルの反応を面白がってるだけだ。気持ちは分かるから止める事はしない。
「じゃあねリンちゃん。絶対また遊びに来てねっ?」
「……もち。昨日のがーるずとーくも、楽しかった。またお話ししようねっ」
大分打ち解けた様子を見せるリンちゃんと女の子達。しかし何故だろう。ガールズトークというワードが出る度に、レイアとミーナが怯えるように反応するのは。
「……女の子には、秘密がいっぱい」
「詮索はしないよ。だから俺の考えてる事も詮索しないでほしいかな」
「……? 詮索の、必要がない。全部、出てるもん」
「ほぅら大護逃げんな。現実からもこの場からも逃走は許さん」
冬馬に首元を掴まれて捕獲される俺。色々と情けなくて涙が出てくるぜッ。
「気ぃ付けて帰れよ。言ってもまぁ、リンちゃんだったら何かあっても、返り討ちに出来そうな気もするけどよ」
「……その時は、気絶させるくらいで、抑える」
「そっちの気構えの方が正しい気がするなぁ」
挨拶も終わったところでいざ出発……かと思われたが、最後に冬馬に対して手招きをして自分の元へ呼んだリンちゃん。近づいた冬馬の身体をよじ登り、そして、
「……またね」
と言いながら冬馬の頬に……あらまっ。
「あぁーーーっ!!」
その様子を見てレイアが叫び声を上げるが、そんな事はお構い無しとレイアに向けてしたり顔を向けながら、ブイサインを見せるリンちゃん。
「……リンが、一歩リード」
そうして冬馬の身体から飛び降り、今度こそ笑顔で手を振りながら帰っていく。最後の最後に波紋を呼びそうな事をして行きやがった。
元気に走り去っていく彼女の背中を見送った後、半ば放心状態へと差し掛かっている冬馬へ声を掛ける。
「さて、寮に戻って訓練場に行こうと思うが……お前はどうする?」
「……ちょっと部屋でクールダウンしてから行くから、先に向かっててくれ」
「りょーかい。じゃあ先に行ってるから、また後でな」
他のみんなが騒ぎ出す前にその場を離れる。校門から大分距離が開いた時に「トーマッ!!」というレイアの叫びとノエルやリュウが冷やかしているであろう声が、後ろから聞こえてきた。
そのまま一人で自室へ戻り、準備をしてから訓練場へと向かう。訓練場に着いてから約一時間。ちょっとぷりぷりしているレイアが訓練場に登場。訓練の為というより、何だか鬱憤を晴らすように動いていた。
レイアの鬱憤も晴れたように見えたのがそれから更に約一時間経過した時。その期を狙ったかのように冬馬が到着し、休憩中だった俺は再び訓練を開始したのだった。
訓練を終えた夜。汗を流して食堂で夕食を食べ終わり、すっかりいつも通りに戻った冬馬と一緒に部屋へ向かっていた。
「じゃあまた明日なぁ大護ぉ」
「おう。おやすみ」
隣の冬馬の部屋前で分かれ、そのまま俺は自室の扉を開ける。明日は"能力"の訓練でも進めようかと思っていたところで、腹部に軽めの衝撃が走る。完全に気を抜いていた俺だったが、軽くふらつく程度で踏みとどまる。
「うお……ってリンちゃん!? どうしてまたここに――」
「だいごぉ……たろにいちゃんが、たろにいちゃんがぁ……」
俺に飛びついてきたリンちゃんは、昼の別れ際に見せた笑顔を消し、泣きじゃくりながらそう呟いた。




