……えっち
「ダイゴ君は、幼い子にもおモテになるんですねえ」
その様子を見てたリュウが冷やかしているのか、肘で俺を突きながらそう言ってくる。
「なんだよ幼い子に"も"って。第一リンちゃんは……そういえば話してなかったな。俺らと同い歳だから幼くはないんだ」
「「「「えっ?」」」」
空気が一瞬止まる。そうだった、俺らも最初に聞いたときそんな感じだったと思う。
「ご冗談を……失礼を承知で伺いますが、リンさんはお幾つで?」
「……こないだ、十八になった」
リュウが派手にずっこけそうになった。中々レアな光景を拝めたな、やったぜ。
「わぁ。同い年で私より小さい人初めて会った。私はアリア=エクリアル、改めて宜しくね。リンちゃんっ」
「……よろ、しく」
少しだけ顔を上げたリンちゃんだったが、アリアの顔をチラッとだけ見て、また直ぐに顔を伏せる。
「なんだぁリンちゃん。恥ずかしくなったのかぁ?」
「……こっちで、同い年の女の子、初めて話すから」
さっきノエルの事をぶっ飛ばして、滅茶苦茶煽ってた子と同一人物とは思えない態度だ。ゼルと一緒にいたから、男とは話し慣れてたのかな。
「ほーら、ちゃんと挨拶しないとダメだろぉ?」
肩車状態での挨拶を許さなかった冬馬パパは、リンちゃんを自分の肩から剥がし、アリアの前に着陸させる。
「……!? と、とうま、やめ……あうぅ」
結果、アリアと急接近する事になったリンちゃんは、恥ずかしさに耐えかねて、腕で自らの顔を隠すように覆う。栗色の髪の毛がぴょんと跳ねる。
「~~ッ! 可愛い子だよぉっ!」
昂ったアリアがリンちゃんを抱きしめる。「わぷっ」と言いながら引き寄せられたリンちゃんの顔が、体格に似合わないアリアの豊満な胸元に埋まる。
「わぉ! アリア枕を独り占めなんてズルいぞリンちゃん! ウチも混ぜろーっ!」
そうして始まる女子たちのキャッキャウフフな光景。寂しい俺の部屋に一気に華が出た。……うらやいやいや何でもないぞ?
「キリュウ君。何か邪な考えが見えたけど……どうかしたのかしら?」
「ばっかやろう何でもねえですので見えてしまった男心には触れないでやってくださいぃぃっ!」
変な思いを見抜かれた恥ずかしさから、滅茶苦茶な言葉遣いになりながらも必死に懇願する。必死ですとも……そりゃあ必死になりますとも。
俺の必死な願いに対し、少し戸惑った様子を見せるミーナ。そのまま俺に手招きをして自分の方へと呼び寄せた。何かと思いつつ近寄ると、俺の耳に自らの口を近付けて――
「……えっち」
一度上へ跳び、浮いた状態で正座の姿勢を整える。そしてそのままの姿勢で床に着地し、頭も床につける。そう。ジャンピング土下座と呼ばれる技だ。そして、
「なんか分からないけどスンマセンでしたぁぁぁっ!!」
美少女に言われる"えっち"という言葉の破壊力たるや否や……何故かわからないけど罪悪感が溢れ出てきたからこそ繰り出された大技だった。
「大護の土下座なんて、これから見れるチャンスはなさそうだなぁ。……リュウ」
「バッチリです。すでに抑えました」
何やら不穏な会話をしているヤロウたちが後ろにいるけど、今の状況じゃどうにもできないから後でどうにかしよう。
「冗談って訳でもないけど、そんなに謝らなくてもいいじゃない。ちょっとからかってみただけなんだから。それよりも……もう一度確認なのだけれど、リンって子、私たちと同い年なのでしょう?」
「えっ? あぁ、そうだけど……それがどうしたんだ?」
顎に手を当て、思案顔を見せるミーナ。
「すると、アカホシ君は同い年の女の子を密着させてほぼ一日過ごし、キリュウ君は抱きつかれても平然としている……という事になるわね」
リンちゃんを抱きしめていたアリアの動きが止まり、そんなアリアを抱きしめていたレイアの動きも止まる。
「……トーマ」
「……ダイゴくん」
「んぁ? どしたぁレイア?」
「アリアもなんだ?」
「「そこに座って」」
有無を言わせぬ迫力で突然始まるお説教タイム。リュウはさっと逃げ出し、リンちゃんはミーナが自室に連れて行ったところで開始。理不尽だ。
小一時間続いた理不尽お説教……もといレイアのお喋りタイム。辛うじてお説教と呼べるのはホントに序盤だけだったし……途中から何の時間なのかすら分からなくなった。
「いやー話すってやっぱり楽しいよねーっ。つい長話しちゃったよー」
うん、お説教じゃなくなってた。俺たちはただ『お喋り好きの女子の話を延々聞く』という罰ゲームを受けていたんだな。コイツァ一本取られたぜっ。
「……おはなし、おわった?」
罰ゲーム開始前にミーナに連れて行かれていったリンちゃんが、玄関から顔を覗かせる。終わった事を伝えると、そのまま部屋へと入ってくる。後ろにはミーナも来ていたけど、心なしか顔が赤い。なんか最近、あの状態のミーナをよく見る気がする。
「気のせいだから触れないで頂戴」
「お、おう」
先に釘を刺されてしまったので追及はしない事に。俺もさっき見逃してもらってるしお相子ってことで良いだろ。
部屋に入ってすぐ冬馬の肩に登ろうとしたリンちゃんをレイアが阻止し、諦めて俺の膝の上に座ろうとしたのをアリアが阻止する。最終的にリンちゃんがミーナの顔を見たと思ったら、おとなしく俺と冬馬の間にちょこんと座り始めた。なんだこのやり取り。
「まぁなんでも良いけど……ところでリンちゃんはいつまでこっちにいるんだ? ゼルのところには帰らなくていいのか?」
陽も落ちて外も暗くなってきた事だし、帰るならそろそろかなと思った俺は何となくそう聞いてみる。すると首をぷるぷると横に振り否定を表すリンちゃん。
「……お泊りしてくるって、言ってきた。だいご、とうま、お部屋泊めて?」
「何だそんな事か。別にだいじょ――っ!」
返事をしようとしたところで冬馬に肘鉄を食らう。見事に腹にクリーンヒットした俺は会話を続けられずにその場にへたり込む。
「よっしゃリンちゃん! 折角だから同年代の女の子たちに泊めてもらいなぁ! ガールズトークってのも面白いと思うぜぇ!?」
「……がーるず、とーく。……わかった、楽しむっ」
そうしてそのまま俺の部屋から出ていく女子たちとそれを見送る冬馬。そして悶える俺。一体何の図だ。
「大護……何で俺がお前の発言を止めたか……わかるかぁ?」
「げほっ、リンちゃんの為……じゃないのか?」
「……俺ぁもう諦めることにしたよ、大護クン」
そう言ったソイツは、今まで見たことが無いくらい優しい表情で俺の肩に優しく手を置く。
「諦めたらそこで試合終了ですよ?」
「――フッ」
俺の台詞に少しの微笑みを浮かべる冬馬。こんな状況でも使えるなんて凄い言葉だ。ありがとうございます。あんざ――
「テメエふざけてんなよコノヤロウっ!!」
「えっ? いや、まっ……イダダダダダッ! 決まってる! 完ッ全に決まっちゃってるからこれ!!」
突然始めるプロレスごっこ。バッチリ決められる腕ひしぎ十字固め。つーかマジで痛いから! 腕もげる腕もげる!
「流石にもぐまではやんねえけど、骨折くらいなら治せるだろぉ!? 色々といい加減にしろという俺からの愛のムチだ! このお馬鹿さんめッ!!」
「何だよ色々って!? ちゃんと言ってくれないとわかんねえだろ!? 何で喧嘩中のカップルみたいな会話してんだよ俺らぁぁぁああイダイイダイィィァアッ!!」
こうして俺たちの夜は更けていった。




