うまい食事と適度な運動
ガツガツと食事をする音が鳴り響く食堂。普段のこの時間なら他の生徒も多くいるところだが、長期休暇の前だからなのか、今日はそこまでの賑わいは見られなかった。
俺たちが食堂へ行くまでは。
目の前に積み上げられているのはどこを見ても皿、皿、たまに椀。積み上げられた食器の数に次々とギャラリーが集まる。
その中心で今も尚食べ物を胃袋へ納めていくのは、俺より遥かに小柄な一人の少女。
食事開始から約三十分。提供された最後の料理を口に含み、十分に租借してから胃へ流し込んだ彼女は顔に満足そうな笑顔を浮かべる。
「……まん、ぷく。ごちそーさまでした」
自然と沸き起こる拍手。向けられているのが自分だとわかっていないのか、彼女は特に反応を見せずに、定位置と化した冬馬の肩へと戻る。
「心なしか多少重くなってんなぁ。食べすぎじゃねえか?」
「……れでぃに、そういうこと、言っちゃだめ」
「俺は食べて直ぐ寝るヤツをれでぃとは呼べんなぁ」
「……ぶぅ。とうま、いじわる」
「いやそれよりどんだけ食べるんだよリンちゃん!?」
自然と開始された日常会話に混乱してたけど、この光景は決して日常じゃない筈だ。なんなのこの子、某戦闘民族なの?
「……いっぱい食べないと、おっきくなれないから」
「そうかも知れないけど……はぁ。食堂の人がノリの良いおっちゃんで助かった」
リンちゃんの食べっぷりを見て「お代はいらねえからたらふく食べさせてやりなっ!」とサムズアップしてくれたおっちゃんに感謝だ。張り切りすぎて厨房内に座り込んでるから、後で飲み物でも持っていこう。
「うわー何この食器の数。誰が食べたのー?」
おっちゃんへ持って行く飲み物を考えてたところで、聞き馴染みのある声が、積み上げられた食器の向こう側から聞こえる。我ながら変な事を言っていると自覚してるが紛れもない事実だ。
「その声はレイアか? 買い物は終わったのか?」
「えっ!? もしかしてダイゴ!? こんなに大食漢だったんだねー、ビックリしちゃったよー」
「どうやら俺が食べたと思っているようだが断じて違う。俺の食欲は人並みだ」
こんな量あったら一週間は過ごせる。……それだけの量を一人で食べたリンちゃん……考えないようにしよう。
「えー、じゃあ誰が食べたのさー?」
「それも含めて色々説明するから待っててくれ。まずは食器を片付けないと」
そう言って席から立ち上がり、厨房へと食器を下げようとするが、おっちゃんに止められる。
「後片付けはこっちでやるから、兄ちゃんたちは早く行きな」
「いや、そんな……悪いですって」
「いいんだ……最後まで美味そうに食べてくれた、そこのちっちゃい嬢ちゃんへの礼だと思ってくれ」
そしてまたもやサムズアップ。俺が将来目指すべきなのは、こういう大人なのかもしれないと思わせるようなカッコ良さが出ている。このおっちゃんには足を向けて眠れない。おっちゃん万歳。
「……おじさん、美味しかった。ごちそーさま」
「おう、良いってことよ! また腹減ったら来な!」
そうしてサムズアップ状態で俺たちを見送ってくれる。ギャラリーとして見ていた他の生徒も、釣られるように俺たちにサムズアップ。そして勿論俺たちもサムズアップ。固い絆で結ばれた気分だぜっ。
「えーっと、それで……何から聞けばいいんだろう?」
レイアの質問で現実に戻された俺たちは、部屋へ戻りながら経緯を説明する事になった。そしておっちゃんへ飲み物を渡し忘れていた事に気が付いたのは、部屋に戻ってからだった。
◆ ◇ ◆
「改めて……この子はリンちゃん。俺たちと同じ地球から来た子で、オニごっこの時に俺たちと戦った、白衣の男の連れだ。本人曰く、今日は遊びに来たらしい。」
「……よろしく」
食堂を出てからレイアに話をしていたら、途中でミーナとアリアにも遭遇した俺たち。どうせならちゃんとリンちゃんの事を説明した方が良いと思い、女性陣三人とリュウに声を掛けて、俺の部屋で経緯を説明していた。
ゼルにやられて意識を失っていたリュウ以外は、リンちゃんの事を覚えていたみたいで、最初は警戒をしていたけど、冬馬の頭を枕にして寝ている姿を見て緊張がほぐれたらしい。
食堂に来たときにリンちゃんの姿を見た筈のレイアに至っては、みんなの警戒具合を見て気が付いたらしい。本能的に問題無いと思えたという事にしておこう。リンちゃんに対して羨望の眼差しが飛んでた気がするけど気のせいだとしておこう。
「もう一度聞くけど、本当に敵対の意思はないのよね?」
「……もともと、そんな意思はない。だいじょーぶ」
前言撤回。ミーナがまだ警戒していた。そんなミーナをあわあわとしながらアリアが宥めようとしているが上手くいかないようだ。
「大丈夫だよミーナ。リンちゃんも白衣の男……ゼルってやつも味方だ、俺が保証するし、危険があったとしても俺が絶対に守る」
「……分かった。キリュウ君がそこまで言うなら信じるわ」
「ありがとう、ミーナ」
ぷいっとそっぽを向きながらぶっきらぼうに返事をするミーナ。心なしか顔が赤い気がするけど、実はまだ納得してないのか?
「おやおや、ダイゴ君は私たちの事は守ってくれないのでしょうか? 私なんて一度例の男に昏睡状態にさせられたというのに」
「何言ってんだよリュウ。全員守るに決まってんだろ」
そう返した俺に「そうですよね」と返してくれるリュウ。そして「そーですよねー」と苦笑いをしながらため息を付くレイアとアリア。そして冷え切った視線をくれるミーナ。急に何だこの状況っ。
「お前ってヤツは……一回脳みそのメンテナンスでもしてきたらどうだぁ?」
「……だいご、おばかなの?」
「え? リンちゃんまで?」
何を見て俺がお馬鹿扱いされなければいけないのかは疑問だけど、本題だったリンちゃんの紹介は丸く収まって良かったと思っておこう。
実は誰かに……最早みんなに読まれてる可能性があるけど、内心で安心していると、冬馬の肩から降りたリンちゃんが俺の元に移動してくる。こうやって対面すると身長差がスゴイな。
「どうしたリンちゃん?」
屈んで目線を合わせると、リンちゃんが手を広げて俺に抱きついてきた。そうして俺の耳元で、
「……だいご、ありがとう」
と、小さな声で呟き、いそいそと定位置に戻っていった。言ってから恥ずかしくなったのか、顔を冬馬の頭に埋めるようにしている。