プレゼント
歩く度にカランコロンと音が鳴り、聞きなれぬ音に興味を持った人々が音のする方を見る。
「あら、凄く綺麗なお召し物ね。何処で購入されたのかしら?」
「おぉー! 偉い別嬪さんがいるなー。あの服は初めて見るけど、一体何だ?」
「おかーさんみてー! キレイなおよーふくー!」
普段着ている制服や、私服のズボンとは違う肌触りに、少々困惑しながら歩く。露出は少ないものの、見慣れない服への興味からか、人目が服を着ている人物たち……レイアと冬馬へ向けられる。
「どうだよレイア。"浴衣"っていいだろ?」
「いいんだけどさ……皆が見てくるのが、ちょっと恥ずかしい……かな。あとちょっとだけ歩き難い、かも」
冬馬の能力"創造"にて作り出された地球の"浴衣"。浴衣だけでは物足りないと"下駄"も作り出し、着替える為の更衣室まで作り出した。お陰で十五分程度動けなくなった冬馬だったが……。
金髪少女の浴衣姿。地球では中々お目に掛かれない姿に、冷静を保っているように見える冬馬も、内心ではかなり悶えていた。ここに大護が加わりでもしたら、男の子トークが止まらなくなるだろう。
「だろうなぁ。こっちには無い服だしよ。その浴衣はそのままあげるから、また機会があったら着てくれや」
冬馬が何気なく伝えた『あげる』という言葉が、レイアの脳内で反響する。
「それってつまり……ウチへのプレゼント……って事?」
恐る恐るといった様子で冬馬へ尋ねるレイア。
「そうだなぁ……そういう事で!」
――――っ! 向けられた笑顔を直視出来ない。今冬馬の顔を見たら、自分が自分じゃなくなりそう。それより、今の自分はどんな顔をしているのか、無意識ににやけてしまっていたりしないか。そう思ってしまう程、"プレゼント"の破壊力は高かったようだ。
しかし、そんな幸せな時間にも、狙いすましたかのように邪魔が入るのがこの世の不条理とでもいうものか。
「おっ。可愛い子はっけ~ん! うわっ、服もスゲー可愛いじゃ~ん」
「ホントだ! 彼女さ、こっちの男なんて放っておいて、オレたちと遊ぼうよ~」
本当にどうしてこういった場には、毎回こんなのが沸いて出るのか。その悩みは地球でもミリアルでも共通だった。
レイアの表情が一気に冷たくなる。しかしそんな変化に気が付く二人の男ではなかった。
「お兄さん達と遊べば、そんな男の子じゃ体験させられないようなスゴイ事もできちゃうぜ~?」
「ギャハハッ! 確かにそうだ! ほら、一緒に遊ぼうぜ? お譲ちゃん」
男達の声にうんざりしたレイア。男達を黙らせるべく一歩踏み込んだ……ところで突然身体が持ち上げられる。
肩を抱かれて、膝裏に腕を通される……所謂お姫様抱っこというやつだ。レイアを抱えているのは勿論――
「ととととトーマ!? あの……こ、この体勢は……」
「レイア。ちょっと我慢してくれや」
またしても向けられる笑顔。しかしこの体勢では顔の逃げ道がない。ばっちり冬馬と目を合わせた状態で首を激しく縦に振る。
「あぁ? 何だガキ。女の子の前だからって調子に――」
「あ、聞く気ねえから。じゃあな」
一段階目の魔力強化を足へ施し、誰にもぶつからない様に注意をしながら走る冬馬。男達も追いかけようとした様子だったが、一段階目とは言え、そのスピードは常人で追いつけるものではなかった。
人ごみを脱出したところでレイアを静かに降ろす。少しふらついたレイアだったが、無事に体勢を立て直す。
「ふーっ、危なかったぜぇ。もう少し遅かったら、レイアがあいつ等に攻撃入れちまってたな」
冬馬の軽口に答えられないレイア。それほどまでに先程のお姫様抱っこに衝撃を受けてしまっているのであろう。
「あんなのはほっとけばいいんだよ。殴るレイアの手がもったいねえや」
一先ず冬馬にお礼を……そう思って冬馬と向き直ろうとしたが、足先から痛みが走る。
「痛――っ」
「ん? どうし……あぁ、不慣れな下駄で靴擦れ起こしちまったかぁ。……用意した俺のせいもあるし、仕方ねえか」
言いながら腰を落とし、レイアに背中を向ける冬馬。
「早く乗れよ。おんぶして運んでいくからよ」
「……うえぇぇ!? いやいやいやいやダイジョーブだよこのくらい! 問題なく歩け……いっ」
問題無い事をアピールするつもりで走ろうとしたレイアだったが、痛みには勝てず、その場に蹲る。
「ほら言わんこっちゃねえ。嫌かもしれないけど乗れって」
「……はい」
嫌なんて事はない……という一言は、恥ずかし過ぎて言えなかった。
冬馬におぶられた状態で帰路に付く。今は多少慣れた様子だが、流石にこの状態のまま再度祭に行くのは、レイアの心がもたなかったようだ。
会話もなくただ歩き続ける冬馬。メリト学園の寮まであと十分程度といったところで、不意に冬馬が話し始める。
「ごめんなぁ、不慣れな履物履かせちまってよ」
「ううん、大丈夫。そんなに謝らないでよー。すっごく楽しかったんだからさっ」
レイアの言葉は、勿論本心から出ている言葉だ。しかし冬馬には無理をしているように聞こえているのか、一向にいつもの冬馬に戻る気配がない。
「……えいっ!」
起こしていた上体を、冬馬の背中にピタリと付けるレイア。勿論、素敵な柔らかい感触が、冬馬の背中を襲う。
「うおっ……と。いきなりどうしたんだぁ?」
「怒ってないよーっ。ホントのホントに楽しかったんだから、そんな顔しないでよーって事を態度で示してみた。……ありがとね、トーマ」
耳元で囁かれたレイアの本音。気恥ずかしさを感じたように、軽く鼻先を掻く冬馬。
そのまま少しの静寂が流れ、レイアが自らの発言に後悔しそうになったところで、急に冬馬が顔を後ろに向ける。
超至近距離で冬馬とレイアの目が合う。
「俺もスゲェ楽しかったぜ! また来ような、レイア」
言った冬馬はまた顔を正面に戻す。そのすぐ後に学生寮へ到着した冬馬とレイアの目に入ったのは、二人を待ち受けていたのか、寮の玄関先に居た大護とミーナ、そしてアリアの三人だった。