本
暗い部屋の中。一人の男が腕を組みながら椅子へ座り、その男の前にもう一人別の男が膝をついて頭を垂れる。椅子に座る男は【闇夜の閃光】であるナックが"ファレーラ"と呼んだ男。そしてもう一人は、口元まで布を巻いた、ミーナを攫った男であった。
「主よ、申し訳有りません。任務を成す事が出来ませんでした。何なりと罰をお与えください」
「いい。今回の失敗が、キサマがしくじったものではない事は分かっておる。……私があのようなクズを使ってしまった事に問題があった。……頭を上げて下がるが良い」
ファレーラの言葉に咄嗟に頭を上げて、反論する布の男。
「っ!? いえ、主の責任ではござりませぬ! 自分がその場を離れてしまった事に問題が――」
「くどい。――下がれと言っている」
布の男はそれ以上何も言わず、部屋の扉から出て行く。
「おっさんがおっさんなり掛けの野郎に凄みを利かせるとかなんて地獄絵図だよ全く。見せられてる俺っちの気持ちにもなってよねー」
部屋の扉とは逆側の壁から、また別の男の声が聞こえる。その軽口から分かる通り、以前ファレーラと共に行動していた男だ。その男は身体のあちこちが赤黒く染まっていた。
「……帰っていたのか、"レイト"。例の物は?」
「ばっちり取ってきたよー。ただ……ちょっと邪魔が入っちゃったから、三人くらい殺しちゃったけどねー」
"殺した"。そんな単語を顔色一つ変えず、右の手をヒラヒラとさせながら言ってのけるレイト。
「珍しいな。キサマが殺すほどの獲物だったのか?」
「んーいや? 本当だったら興味なんてわかないタイプの奴だったかなー。なんとなく? 気分がのったから? 的なやつ」
「まあいい。それよりも……」
「あぁ、はいはい。これっしょ? ほいっ」
レイトがファレーラに渡したのは小さな小瓶。その中には水のような液体が入っていた。小瓶を受け取ったファレーラは一度蓋を空けて匂いを嗅ぐ。目当ての物だったのか、再度蓋を閉めて自らの懐へしまう。
「間違いない。"女神の湖"の水だ」
「そうだって言ってるじゃんか。なーに疑ってんだいこのバカチンがーっと」
レイトの言葉には返答せず、椅子へとさらに深く座りなおす。
「今ので三つだっけ? "邪神復活の為のアイテム"は」
ファレーラの正面に来るように椅子を持ってきてそこに座り、話を続けるレイト。
「そうだ。あと二つではあるが、一つは未だに場所が分からぬ」
「分からないのは"剣"だったっけ? 剣なんて直ぐにでも見つかりそうなんだけどねぇ。RPGの勇者なんてさくさくっと見つけてくるのに……。"ゼルのやつが裏切らなかったら"、もう集まってたかもしれないよねー」
突き刺さっている剣を引き抜くような動きをして「シャキーンッ」といいながら手を上に掲げるレイトの姿を見るファレーラは、レイト=イサキというこの"異世界人"に少しの恐怖を感じる。
今の立ち振る舞いを見ている限りでは、普通の青年にしか見えないレイト。そんな男がここにいる理由はただ一つ。
――強いやつを殺すため。
今は目的の為に戦闘をなるべく控えながら過ごさせているが、その目的を達成した時……つまり、枷が外れた時。この男は一体どうなるのか、と。
ファレーラも腕には自身がある。しかしそんな自分に、自らの欲望を抑えている状態にも関わらず、恐怖心を抱かせるレイト=イサキという男――
「――ラ? ――レーラってば。……おーい、おっさーん」
「――っ。すまない、考え事をしていた。どうした?」
「おっさんで反応するとか……あんたも好きねぇ」
わざとらしく腰を捻りながらそう言ってくるレイト。
「つまらん事を言ってないで用件を話せ」
そんな男に恐怖心を持たされた事に、若干の苛立ちを覚えたファレーラは、極めて冷たくレイトへ返答する。
「冷たいなぁドライだわぁアサヒスパドゥラァイだわー……いやね"剣"以外のもう一つの物って何だったっけと思って。ほら、本当は今日持ってくる筈だった王宮のやつ」
あれだけ説明したであろう……と言いそうになった気持ちを堪える。
「"本"。王宮に祭られた最後のパーツだ」
狙いは、"本"――