暴力、暴力、暴力、
「ちっ。あのやろう、ちょっとつえーからって調子に乗りやがって……」
布の男が出ていった事により、小柄な男がミーナへ近付く。
「アイツは危害を加えないとか言ってたけどよ……こっちはそんな約束してねぇんだよ!!」
小柄な男が繰り出す突然の拳に反応できなかったミーナは、その暴力をまともにくらう。
「う――っ」
小柄とは言え男の攻撃。身体強化も使えない状態のミーナは軽々と吹き飛び、そのまま部屋の壁に叩きつけられる。
布の男が居なくなった事で緩和されていた思いが、再度ミーナの心へと重くのしかかる。
――恐怖という感情が。
ミーナの様子を見ても、小柄な男の暴力は止まらない。
「何がっ、何が貴族だ! 何が王族だ! 何が皇女だ!! てめぇらみてぇな奴らが上に居るから! 俺達底辺がいつまでも苦しい思いをしないといけねぇんだよ! どうせてめぇの親父なんて、俺達の事なんて考えてねぇんだろ!? 上辺ではこの国をやらこの世をやら抜かしておいて、どうせ自分の懐を暖める事以外なんて興味ないんだろう!? なぁ!!」
身体と心とどちらに対しても降り注ぐ、男からの圧倒的暴力。
殴られ蹴られ罵られ、ミーナはまさに全身で男の怒りを受け止めながら、必死に考えていた。
昔、父が言っていた。どの国民の声にも耳を傾けて、全員が過ごし易い、みんなが笑顔になれる国を作るのが王族の役目。と。
昔、父が言っていた。不要な人物などこの世には存在しない。全員に存在意義がある。それを証明し、皆の光となるのが王族である。と。
昔、父が言っていた。全ての声に耳を傾けても、叶えきれない想いも出てしまう。その事があった事を、決して忘れてはいけない。と。
そんな国王の言葉を幼少より聞き、行動する父の背中を見てきたミーナは、国王は……お父様は断じてそうではない。そんな人間ではないと強く言える自信を持っている。
しかし、その言葉をこの男に言ったところで……果たして通じるのか? この男にお父様本来の姿は映るのだろうか? そう思えてならない。
やがて男の体力の限界がきたのか、暴力が止まる。ようやく止んだ暴力から逃れるために身体を動かそうとするミーナだったが、身体が上手く動かず、足への猛烈な痛みが走る。腫れた目を薄く開けて自身の様子を見ると、足が大きく晴れ上がっていた。
折れているんだなと、どこか他人事のように思うミーナだったが、そのまま男の方に視線をずらす。不気味な笑顔が目に入り、悪寒が走る。
「どうせここまでやったんだ……最後はその身体を、楽しませてくれや」
気味が悪い。この男から離れないといけないそう思えど身体が動かない。今から何をされようとしてるのか、考えたくないがわかってしまう。
「だ……れか……」
声を上げようとしても声が出ない。動きたくとも動けない。
「たすけ……て……っ」
男の手がミーナの身体に触れ――
「きりゅう……くん……っ!」
――天井が、破れる。
「何してやがんだクソヤロウ」
◆ ◇ ◆
最短距離で行く為に、民家の屋根を渡ったのは正解だった。でもそんな事は今は考えられなかった。
目の前には下品な顔をしていたが、俺の姿を見てうろたえ始めた、小太りな糞男。そして後ろには……。痛々しい姿で横たわるミーナの姿があった。
素人がぱっと見ただけでも、両足と左腕は骨が折れてるだろう。そして……腫れ上がった頬、目元。そしてコイツは、ミーナに一生治らなくなる傷を付けようとした。
「な、な、何なんだよてめぇは! 良い時にじゃ、邪魔しやがって!!」
その口を閉じろ。
「――――っ!? ――――!!」
「騒ぐな。後でまた開いてやる」
雷の熱を極限まで高め、男の口を溶接する。痛みからか転げまわる音が部屋中に響くが、耳障りな声はしなくなっただけ良いだろ。それよりも――
「ミーナ!!」
ミーナの元へ駆け寄り、その身を抱きかかえる。改めて見ても酷い怪我だ。早く病院に連れて行かないとマズイ!
「ごめん……なさい。……こんな所にまで、迎えに……来てもらって」
「喋るな! もう直ぐ冬馬も来るから、そのまま病院に行くぞ!」
と言っても、病院みたいな施設があるのか? 王宮へ連れて行った方が良いのか……いや、考えるよりまず動け。一先ずここは空気が悪過ぎるから、場所を変えよう。ミーナの身体に影響が出ないように慎重に移動しないと
「ミーナ抱き上げるぞ、痛かったら言ってくれ!」
移動しようとしたところで、俺の服が弱々しく掴まれる。勿論ミーナの手だ。真意を確認する為にミーナの顔を見ると、ゆっくりと首を左右に振る。
「もう……いいのよ……」
その一言だけでミーナが何を言おうとしているのか理解できた。――理解できたからこそ、続きを言わせる訳にはいかない。
「喋るなって言ってんだろ! いいから連れて行く――」
「最期に、看取られるのが……キリュウくんだから……いいの」
俺の動きが止まる。最期? 何が? 看取る? 誰が誰を!?
「自分の、身体よ……分かるわ」
ふざけんなふざけんなふざけんな!! 認めてたまるか! 何でこんな男のせいでミーナが死ななきゃいけない! そんな事あってたまるか! ――それならっ!!
「最期に……伝えたい事が――」
「聞かねぇよ。それに、最期になんて、絶対にさせない」
そっとミーナを降ろして、指輪を外す。俺の体内から魔力が溢れだす。今日も結構魔力を使ったと思ったんだけどな、何処にこんな魔力が残ってたんだか。
「何……を……?」
「俺がこの場で、ミーナを治療する」
「バカ、言わないで……」
「異世界人を……魔法大好きな地球人を舐めんな。このくらいの不可能――」
そのまま両手に魔力を溜めて、とびっきりの回復魔法のイメージを開始。
「――覆してきた漫画なら山ほど見てきてんだよ!!」
ミーナの身体に両手を当てる。魔力を流すことと、身体の傷を全て治す事だけに意識を集中しろっ!
傷が治るには細胞の活性化が必要だ。既に死んでいる細胞を取り込んで生きている細胞を全て活性化させる。そのまま肉体組織の修復を開始させて、傷を回復させる……大まかにはこんな感じだったか? それをイメージしながら、外の傷だけじゃなくて、内蔵部分の回復……特に骨か。折れてる骨と骨を付けて、その繋ぎ目に仮の骨を作り出し元の状態に戻すとかそんな感じだったか?
他にイメージするのは、完治してからのミーナの姿。今まで通りの姿に回復出来るように。いつものクールな顔も、母親のように少し微笑んだ顔も、悪戯っ子のような小悪魔的な笑顔も、怒りの表情だってそうだ。とにかく全て。全てのミーナの表情が、また元通りに回復するように、イメージを!!
目の前が霞んできた。魔力を一気に消費し過ぎたか? そりゃそうだよ。全魔力を爆発的な速さでミーナにつぎ込んでんだから。身体に負担だって来るさ。
俺の様子を見かねたのか、ミーナから何か声が聞こえる気がするけど、全く聞き取れない。いや今は聞かなくていい。この子を救うことだけに集中しろ。傷跡なんて残してたまるもんか。この子は嫁入り前の皇女様だぞ。俺の魔力を使い果たしてでも必ず――救ってみせる!




