ミーナの行方
冬馬の表情を見て冗談ではない事を察した俺は、すぐに話を聞いてその場所へと向かった。さっきまで俺が居た道に比べると、人通りは少ないが、それでも普通に通っているし、一目にもつきやすそうな場所だった。
「どの辺りだ?」
「あそこに女性用下着取扱店があんだろ? その横にある細道に引きずり込まれる形でな。すぐに行ったけどよ、人っ子一人居やしねえ」
「そうか……見たところ人通りは多少あるみたいだけど、何で周りの人には気付かれなかった?」
「相手は魔力操作ができるヤツだと思うぜ?」
「魔力操作?」
冬馬に魔力操作に関して教えて貰う。……なるほど。魔力はそんな扱い方も出来たんだな。でも確かにその方法なら、他の人からは注目されずに動けるな。
一度細道に入る。完全に直線になっていて、入れそうな扉も無い。そして一番奥は壁になっていて、一方向からしか出入りが出来ないような道だった。それに、その現場を見た冬馬がすぐに飛び込んだときにはすでに誰もいない状態……。何か仕掛けを使ったのか……冬馬を凌ぐ身体能力を持つような強者か。
いや、今は相手の事なんてどうでもいい。まずはミーナが何処にいるのかを見つけ出さないと。でもどうやって……。
「どうする大護。一度リュウ辺りにでも相談に王宮に戻るか?」
「ん? なんでリュウなんだ? というよりリュウはまだ王宮にいたのか。ミーナと話してたからすっかり忘れてた」
「なんか王宮の図書室を借りてるらしいぜ。んでだ、リュウならあの魔法使えるだろ。あの"オニごっこ"でも使ってた」
「――っ! 詮索魔法か」
リュウのあの魔法ならデカイ範囲で人探しも出来るかもしれない! ナイスアイディアだぜ冬馬! ただ、今から王宮に戻るとなると時間が無い。
……一か八かやってみるか。
「冬馬、王宮に戻ってリュウを連れてきてくれるか? 俺が行くよりお前の方が圧倒的に速い筈だから」
「任せとけ。大護はどうすんだ?」
「リュウが来るまでに出来るか分からないが……詮索魔法を今から試す」
「そうか……大護ならできる! 俺も直ぐ戻るから、無茶はするなよ!」
言いながら一瞬で人ゴミに消えていく冬馬。本当に頼りになる親友だ。この場にいた理由の追求は止めておくか。
多分冬馬は十五分程度もすれば戻ってくるはず。ただ、少しでも早くミーナを取り戻さないといけない……。詮索魔法を展開するために魔力を練る。
魔法はイメージ。この街一帯を覆える位の範囲で考えろ。他の人間の魔力はどうでもいい……今はミーナの魔力だけを探れれば、それでいい。
ミーナの魔力をイメージしろ。学園生活で感じてるあの魔力を。魔法を使った時のあの魔力を。今日繋いだ手の温かさから感じた、ミーナのあのやさしい魔力を。……イメージしろ。そして、ミーナを取り返す意識を強く、強く、強く。
「――いた」
ここからそう遠くない場所にミーナの魔力を発見した。移動中ではないところを見ると、どこかに監禁されている状態か?
どちらにせよ急ごう。ミーナが実力者という事は分かってるけど、いつまでも不安にさせるわけにはいかない。それに……今のミーナを"美少女"としてではなく"ミーナ=メリト=フィアンマ"である事を分かってる上での行動だったとしたら、ミーナパパにではなく、国王様に突き出さないといけないしな。
でも、どうやって行くのが、ミーナの元への最短距離となるか――
◆ ◇ ◆
薄暗い部屋の中。あちこちから腐臭がただよう劣悪な環境の中で、ミーナは意識を失っていた。手足に拘束具の類は無いものの、着ている服は汚れ、帽子と伊達眼鏡も外されていた。
「皇女を攫って来いって依頼を聞いた時にはちょっとばかしびびっちまったが……へっ、やってみると、案外簡単にいくもんだ」
そんなミーナを舐め回すように見る男。小柄なその身体からは脂汗が滲み出ており、一目で肥満体と判断が出来る様な男。
「あっ……も、勿論アッシ一人の手柄なんて。これっぽっちも思っちゃいねーぜダンナ。ダンナのご助力あってこそ、今回の成果が出せたんだ」
そんな下衆な男が目線を向けた先には、口元までを布で覆い隠した、筋肉質な男が座っている。その男の側には、男の武器と思われる両手剣が壁に立て掛けてある。
「ダンナのご助力が必要だった事は紛れもねぇ事実だったとしても……よ。その、この場所を提供したのもアッシだし、皇女の場所を突き止めたのも、アッシだろ? だ、だからよその……報酬をもっと上げてくれるように、依頼人に頼んじゃくれねぇか?」
男の問いかけに対し、少しだけ視線を向けた布の男。
「ひっ……む、無理にとはいい言わねぇよ? ただ、依頼人と直接のつながりを持ってるダンナに頼んだ方が良いと思っただけなんだって!」
「……検討してやろう」
「はっ……さ、さっすが、ダンナだぜ。へへっ、頼みましたよ?」
二人のやり取りはここまでだった。気を失っていたミーナが目を覚ましたからである。
「――っ、ここ……は……?」
目を覚ましたミーナの元へ布の男が近づく。自分の身に起こった事を思い出し、直ぐに警戒の体勢を取るミーナ。それに対し布の男はミーナの様子に目もくれず接近してくる。
「近付かないで。貴方達は何者なの? 私が誰か分かってこんなマネをしているのかしら」
ミーナ自身の本心としては、権力を振り翳しているこのいい方には、正直嫌悪感があった。しかし状況が状況であると判断したミーナは、護身のためにもそう切り出す。
「メリト王国第十五代目皇女様、ミーナ=メリト=フィアンマ様……であろう。分かった上でのこの扱いだ」
布の男が言い放った一言に対し、魔法での返答を試みるミーナ。しかし――
「――っ!? 魔法が……出ない?」
「拘束具の類も付けずに監禁してるんだ。その程度の事当たり前だろう」
魔力が扱えなくなる薬の類がある事は何度か聞いた事もあるし、学園でも学んでいる。相手もそこまで馬鹿じゃなかったと、苦虫を噛み潰したような顔になる。
ミーナと布の男の距離がなくなり、手が届く範囲となった時、男の方からさらに会話が進む。
「アンタはここで大人しくしてくれ。直、国王にも娘が攫われたという文書が届くはずだ。国王が俺達の用件を飲んだら直ぐに開放してやる」
「……アナタたちの、目的とは?」
「それを人質に話して何になる。大人しくしてさえいれば危害は加えん」
そう伝えた布の男は、自身の武器を持ち、そのまま外へ出る。男が出た途端に足の振るえが止まらなくなっている事に気が付くミーナ。無意識の内に恐怖を感じ、その恐怖から開放された事による安堵が漏れた結果だろう。