女神の願い
「ちょ、ちょっと待ってください女神様。急かしたところですみませんが、一旦俺たちの頭を整理させてください。まともに話しが聞けなくなりそうです」
時間を貰って頭を整理する。異世界召喚された人間が、さらに別の世界に召還される? そんな事があるのか? いや、実際にあった話なんだ……よな、きっと。そもそもどんな確率でそんな事が起こるんだ? 一旦落ち着け俺。続きを聞かないと何もわからないから、一旦落ち着け。
「……ふー。ありがとうございます、落ち着きました。冬馬も大丈夫か?」
「えーっとつまり異界の英雄は実は召喚されたけどされてないようなもので幸せに暮らしたって事だななるほど」
「すみません、もう少し待ってください。冬馬がパンクしてますので」
物理的な事も含めて冬馬に刺激を与えて、何とか意識をこっちも戻させる。少し時間は掛かったけど無事に帰って来た。
「次こそ大丈夫です。続きを……お願いします」
「はい。まず、異界の英雄と呼ばれたお二人は、大護さんと冬馬さん同様に、地球人の方たちです。神であった父が殺され、邪神が猛威を振るっていたあの時に、ミリアルへと召喚され……いいえ。私が召喚し、共に邪神と戦いました。そして見事に邪神を討ち果たした私たちだったのですが……私が未熟だったばかりに、思わぬ事態を引き起こしてしまったのです」
「思わぬ事態?」
かるく頷いた女神様は、さらに話を続ける。
「元々異世界召喚というものは、世界の最高権力者のみが利用出来る手段です。しかし使用するにも"代償"と"条件"があったのです。父が殺された事で、急に最高権力者となってしまった当時の私は、その事を何も知らずに安易に使ってしまった。……"代償"は『召喚された者が命を落とすまで、使用者の魔力を封印する』という事。これにより、異界の英雄お二人を、地球に帰す事が出来なくなってしまった。……そして"条件"は『召喚された者は、脅威にさらされた三つの世界を救う』という事だったんです」
……使用者だけじゃなく、召喚された側にも責任が乗るのかよ。
「その"代償"と"条件"は使用者、召喚者の意思は関係なく働きます。その為、私の魔力が封印されても、異界の英雄たちは別の異世界に行ったのです。……その三年後でした。私に魔力が戻ってきたのは。……これが、物語の真実と、全てです」
俯き、肩を震わせながら話す女神様。想像を絶する真実に、言葉が出て来ない。ここに来た時に見たあの夢は、当時の光景を映し出していたのか……異界の英雄たちからすれば、女神様に裏切られた気分だったんだろう。
そして……冷静に考えてはいるけど、その当時と同じ症状が、俺と冬馬に課せられてるって事を考えると、他人事にするわけにはいかない。ミリアルを無事に救えたとしても、俺たちも異界の英雄たちと同様に、次の世界に飛ばされるだろうから。
……いや、先の事は一旦忘れよう。今はもう一つの理由も聞いておかないと。
「女神様、落ち着いてからで大丈夫なので、二つ目の理由も話してください」
「――ごめん、なさい。……大丈夫です、続きを話しましょう。時間も無くなってきてしまいましたし」
「本当に大丈夫かよ? 女神さん」
「はいっ、本当に大丈夫です。それに……二つ目の理由の方が、正直今は大事になっていますので」
今の話より大事な事……。頭の整理が追いつくかが心配になってきた。
「では、二つ目の理由です。……異界の英雄たちと私で倒した邪神を、復活させようとしている者がいます」
……ここに来てテンプレ展開か。ゼルたちとの戦いもあったから、手放しに喜べん。本当に死ぬ可能性もあるんだから。
「しかもその者たちの中にも、異世界人がいるようです」
「なっ!? 女神様が召喚した奴等……じゃないって事ですよね?」
「はい……。本来であれば、現最高権力者である私以外には出来ませんし、私もお二人を召喚しているので、すでに召喚を行える状態ではありません。私の知らない別の方法があると考えるしか……。すみません、魔力があればもっと分かるのですが、今の私にはこれが限界なのです」
そう、か。女神様は俺たちを召喚してるから、すでに魔力が無い状態なのか。テンプレ通りに考えるとなると、多大な犠牲を払って召喚を成功させた。とかになるかな。
「本当は、召喚をする時のあの場所で全てをお伝えした上で、お二人にミリアルに来ていただく筈だったのですが……。私が怖気づいてしまい、本当のことをお伝えするのが遅くなってしまって、本当にごめ――」
女神様が下げそうになった頭を俺と冬馬で止める。おっと、まさか行動が被るとは思って無かったなー、なんて。
「えっ?」
「しゃーなしっスよ女神さん。第一それを言ってたとしても、この魔法大好き生徒会長さんはコッチに来たと思いますぜ? ってなると、必然的に俺もコッチに来てるってわけっス。もーまんたいもーまんたい」
「冬馬に言われるのは癪ですけど、多分そうなってたんじゃないかと思います。やっぱり魔法も異世界も憧れの塊でしたし、それが合法で使えるってなったら、飛びついて話しに乗ってましたよ」
「――本当に、"運命の子"が、お二人で良かった……っ」
ん? "運命の子"? どうしよう、自分たちで作った良い雰囲気なだけに、聞くに聞けない感じになっちゃった。……こーなったら。
「女神様、また会えますか?」
もし会えないとなると、今の内に聞かないといけなくなるからな。俺の言葉に何故か一瞬戸惑った女神様。でも直ぐにまた笑顔を作り、答えてくれる。
「――勿論です。私もお二人にまた会える事を、楽しみにしてますっ」
よし、それなら大丈夫だな。ミーナにも心配を掛けてるだろうし、そろそろ戻るとしよう。
「大護が……女神さんを口説きにいった……ミーナちゃんとアリアちゃんに言ってやろう」
「何でその二人に言う事になるんだよ。……って口説いてないだろーよ」
「えっ、口説いていただけてないんですか?」
「ちょっ……冬馬テメェ! 女神様に変な言葉教えんじゃねぇ!!」
「……はぁ」
「何でため息なの!? ため息つきたいの俺なんだけど!?」
「ふふっ、本当に楽しいお二人です」
俺たちが入ってきた扉を女神様が開ける。そこに先ほどの空間は無く、眩い光に包まれていた。
「この扉から出れば、本が置いてあった部屋へ戻れます。私はこれから、邪神を復活させようとしている者たちの動きを探ってみます。何か分かったらお知らせしますね」
ここに来た時同様の可愛らしい笑顔で見送ってくれる女神様。その笑顔が見れれば、何とかやっていけそうだ。……女神様の顔が段々赤く……。あ。
「大護……やっぱりミーナちゃんたちに言う」
「心読める奴が悪いんだ! 俺は悪くねぇ!」
言い争いをしながら扉に入る。若干の恥ずかしさを引きずりながら女神様の方へ振り向くと、顔をほんのり赤らめながらも、俺たちの方を見ていた。
「ミリアルを、お願いします」
そしてそのまま頭を下げる。折角冬馬と一緒に止めたのが無駄になっちまったなと思いながら――
「「任せろ!」」
打合せもしてないのに、二人で息ぴったりにそう伝え、薄れ行く意識に身を委ねた。