力の差
「まぁちっとばかし難易度が高すぎたかもな。答えを教えてやんよ。答えは――」
――後方から聞こえる風切音。
「属性を持たせるよりも、研磨出来るようになる。よーするに刃はより鋭く切れ味を持たせる事ができ、鈍器はより重く硬化させられるって事だぁ。……よく防げたなぁ」
ニタリと。そんな効果音がつきそうな笑顔でこちらを見るゼル。正直かなり危なかった。俺と冬馬を守るように魔力障壁を展開させつつ、指輪を外した。指輪を外しながらでは間に合わないと判断したからだ。
……一瞬でも判断が遅れれば、この魔力は俺と冬馬の頭を貫いていただろう。"鼻先まで迫っていた"魔力が消えていくのを見ながらそう考える。
「風の音がなかったら、アウトだったよ」
「オーイオイィ、あの攻撃だけで随分元気がなくなっちまったじゃねェかよ」
「……うるせぇ」
何とか虚勢をはってみたが、結構マズイかもな。指輪を外して、魔力的にはさっきよりもずっと楽になったのは間違い無いが、制御できる気がしない。抑えてばかりじゃ使いこなすのは不可能って事だろうなコリャ。
「冬馬……身体は大丈夫か?」
「先に動いてた分、俺ぁもう大丈夫だぜ。大護もまず身体慣らすところから始めとけ。その間は俺が守ってやっからよ!」
「おう、スゲー頼りにしてるから」
会話を終え、俺は自分の魔力を身体全体へ送り込み、冬馬はゼルに向かって走り出す。先ずは全身で魔力を感じて、その後実際に魔法へと変換するんだ。
「――なァるほどな。テメェ等、全力でやった事がねぇンだなァ。だからどこか動きにぎこちなさが出てくるって訳か」
「それがぁ……どうしたってんだよォッ!!」
冬馬の殴打を簡単に、白衣のポケットに手を入れたまま、紙一重で避け続けるゼル。あの身体の何処にあれだけ動ける力があるってんだよ。
「――ンのヤロァァァッ!!」
避け続けられてた冬馬の攻撃は、最後に地面に叩き付ける形で終わりを告げる。その攻撃もゼルには届く事なく、地面に大穴を開けるだけに終わった。
「くッそ! のらりくらりと避けやがってェ!!」
やばい、冬馬の頭に血が上り始めている。早く魔力を身体に馴染ませて、俺も援護にいかねぇと!
◆ ◇ ◆
あぁ、イイ感じだコイツ等。やっぱ早ぇ段階で接触しといてよかったぜ。
流石ァ……とでも言っておいてやるか。……ケッ。
しっかし……。まだ不安定だ、不安定過ぎる。
――このまま続く様なら
――いっその事
――どっちか"殺すか"
◆ ◇ ◆
「"ライ・ガン"ッ!」
両の指に五発ずつ、計十発を最大まで溜めてゼルへ打ち込む。指輪を着けていた時よりも数段の威力、速度が出ているはずなのに、分かっているかのような動きで避けられる。
俺の反撃の後、奴は無言で魔力の塊を打ち出してくる。様々な形状となり、モノによってかなり速度が違う。恐らく最速はナイフのような短い刃の魔力だ。切れ味も抜群に高い。
冬馬も先ほどから距離を詰めて、近距離戦闘をしているがあまり成果は見られないようだ。それどころか、要所要所でカウンターを貰い始めてしまった。
アイツが身体強化をした時は、相当頑丈な筈なのに、ゼルは容赦なくダメージを与えていく。
冬馬の右拳がゼルの顔面の直ぐ横を通過する。すかさず左拳を返す冬馬だったが、ゼルは自信の右拳を重ねてカウンターを打ち込み、冬馬の顔が弾ける。
分が悪いと感じたのか、冬馬がバックステップで距離を取る。そのまま大きく息を吸って……フンスーと吐き出す。
「ふぅ、大分……慣れてきたぜぇ」
そう言った瞬間、冬馬が纏っている魔力が爆発的に増す。身体強化のレベルを上げたみたいだな。
「ほォ、さっきよっか随分雰囲気が変わったなァ。……確かにそれなら、俺の頬に拳が届くかもなァ」
「――上等だテメェェェッ!!」
ゼルは自信の右頬に指を当てながら冬馬にそう投げかける。……また、アイツ今"俺には"って言った――っ! ヤバイッ!
「戻れッ! 冬馬ァァッ!!」
俺が叫んだ時には、冬馬の目の前にはリンという名の少女が、冬馬の行く手を阻むように立っていた。
そのまま静かに腰を落とした彼女はゆっくりと拳を構え――
「……た……ゼルに、触っちゃ、ダメ」
「――がっ、は――っ」
冬馬の身体が俺の後方へと吹き飛ぶ。勢いが止まらず、後ろの木々を数本倒しながらかなり離れた位置でやっと止まる。
「冬馬ァァァッ!!」
目の前の敵には目もくれず、冬馬の下へ駆け寄る。よかった、息はある。……腹部の傷がかなり痛々しいけど……。うっ。木々に当たった背中の傷もかなり悲惨な状況だ。
「ゴハッ! ゲホッ! ……やっべぇ。今の一撃は、中々効いたなぁ」
「冬馬! 無事か!?」
「無事では、ないかもなぁ。……ちょっと動けそうに、ないぜ」
く、っそ。回復魔法は使えないんだ。今は一刻も早く冬馬を病院に運ばないと――っ!
「気持ちは分かるがぁ、オレ様たちがみすみす逃がすとでもぉ?」
「……リンの全力で、まだ意識がある。……やっぱり、ちょっと不服」
奴等がここぞとばかりに詰め寄ってくる。ちくしょう、そうだよな。逃がしてくれるわけが無いよな。でも、この状況で冬馬を助けるには――
「おせーんだよオメェは」
「なっ! ぐあぁっ!」
一気に接近して来たゼルの足蹴りで身体が中に浮く。浮いた身体の背後からリンの一撃が俺の背中を捉え――
「――ッ!」
い、きが、できな、い……ッ!
俺の身体はそのまま冬馬とは逆方向へ飛ばされる。やばすぎる、打つ手がない。冬馬も俺も、本当に――俺の意識が途絶えた。