開戦
何が起こっているのか状況が理解できない。何故リュウが倒れている、リュウをやったあの男は誰だ、そもそも何処から出てきた。 俺の脳内で様々な事が飛び交うが、正直今はどれも考える余裕はない。
あの男は今"地球人"と言った。聞き間違いでもなんでもない、間違いなく、そう言ってきた。
ノエルとレドによって俺たちの方に引き寄せられたリュウ。見たところ外傷は特になさそうだ。本当にただ、吐血しただけというような状態に見える。
「キリュウ君! みんな!」
檻の近くに居た筈のミーナが、俺たちの後ろから現れたようだ。"ようだ"というのは、俺がまだ状況に追いつけずに、ミーナの方を見る事ができないからだ。
俺の様子を見兼ねたミーナが俺のすぐ隣まで近づいてきてくれる。
「戻りが遅いから来てみたけど……。キリュウ君、あの男が?」
「……ああ、リュウの事をやったヤツだ。そして、俺たちが異世界人だと知っている」
「なっ、それってどういう――」
「あーちょっとごめんよ大和撫子なねぇちゃん。そいつと後ろのデカい茶髪はオレ様と話したがってるみてぇだからよ」
手をひらひらとさせてミーナにはまるで興味がないといいた様子で、俺たちを指名する男。白衣を着て、黒髪にパーマが掛かっており、無精ひげを生やしている。背丈は冬馬より明らかにでかいが、かなり細い。どう見ても格闘ができるような体格には見えない。
「ハッ、オレ様"たち"が正解だろうよぉ」
「ほー、気付いていやがったたぁな。……リン、もう出てきていいぞ」
男がそう言うと、木の上から女の子が降りてきて、そのまま男の近くへ移動する。かなり小柄な子だな。男との身長差がすごい。
「……ちょっと、不服」
言いながら口をぷくっと膨らませる。こんな状況でなければ妹の様に可愛がれる愛嬌があるのに残念だ。
「見たところ、黒髪が遠距離型でデカい茶髪が近距離型、ってところか。それに……大層な"能力"まで身につけてるみてぇだなぁ、オイ」
――っ! こいつ、能力の事まで知ってやがるのか!
「いやーオレ様のオーガを討伐したのはどんなヤツかと思ってたけど、まさかこんな子供だったとはなー」
そいつは言いながらポケットから手を出す。――来るッ!
「取り敢えず、テメェ等もやられとけ!」
「――っ、冬馬ァ! 一旦任せる!」
「任されたぜぇッ!」
一瞬目を合わせただけで俺の考えを把握してくれた冬馬が、俺と男の間に割って入るような形で男の動きを止めて、そのまま移動していく。俺はその間にその場を離れ、ミーナたちの元へ駆け寄る。
まだ現状に追いつけていない他のみんなに、出来るだけ遠くに離れてもらう為だ。
「ミーナ! リュウの容態は?」
「大丈夫、今は眠っているだけのようだわ。あの男の言う通り、時間が経てば問題なく起きられると思う」
「良かった……。すぐにここを離れてくれ。どこまで行けば安全なのかは分からないけど、一先ず先生たちが居る場所までは急いでほしい」
「救援は?」
「必要ない、大丈夫だ。――寧ろアイツ等は俺と冬馬でやらなきゃいけない気がする」
「そう」と言って顔を俯かせたミーナ。また直ぐに顔を上げて真っ直ぐに俺を見る。しかし、その表情はどこか煮え切らないようなモノだ。
「あの二人、かなり強いわ。魔力量も私たちとは比にならないくらい高い」
「だろうな、それもあるから俺たちが二人でやる」
……多分一緒に戦うと言えない事が歯痒いんだろうな。だからこそそんな表情で俺を見ている。……んだと思う。
「大丈夫だミーナ、俺と冬馬の本当の強さも話しただろ?」
指にはめた、魔力を抑える指輪を見せながらそう伝える。
「それに、こういった場面では笑って送り出してくれた方が、男ってもんは本気で戦えるってんだよ」
胸を張ってそう伝えたのはいいが、自分で言っててスゲー恥ずかしくなってきちゃった。うわーっ、格好つかねっ!
ミーナから何の返答もなく数秒。無言に耐え切れなくなりミーナの顔を確認してみる。
――チラッ。
――顔を伏せて肩が小刻みに揺れている=笑ってらっしゃいますね!
もう俺は立ち直れないかもしれない。
やべーやつだよどうしようこれでも今さら引き返せないしもういっその事このままイスカンダル辺りまで逃亡してやろうかな今だったら割と行けそうだしとか思っていたら、急にミーナが顔を上げて俺を見る。
「アナタたちなら絶対やれるわ。いってらっしゃい」
「――っ、百万点の笑顔ありがとよ! いってきます!」
冬馬にはミーナにいってらっしゃいって言われたことは黙っておこう。この笑顔は俺のもんでい。
「だ、ダイゴくんッ!」
冬馬のところへダッシュで戻ろうとしてたけど、寸前でアリアに止められる。……いや、止められることは分かっていた。振り返ると、ミーナと倒れているリュウ以外の皆が、同じ目をして俺を見ていた。そりゃそうだ。"地球人"なんて、みんなからすれば聞いたことも無い単語だしな。
「……後で、ちゃんと話す」
「ぜ、絶対だよ?」
不安そうな顔で言ってくるアリアに手を挙げて答える。……帰ってリュウが起きたら、ちゃんと皆に話さないとな。
今は先ず、冬馬と合流しないと。いつまでもアイツ一人でやらせてるわけにはいかない。
音を頼りに冬馬たちの姿を探す。時間もそんなに経っていないから早い段階で見つかると思っていたけど、結構遠くまで離れているようだ。みんなを危険にさらさない為の冬馬が配慮をしてくれたんだろう。
「――いたっ! 冬馬ァ!」
「やぁっと戻ったか大護ぉ!」
言いながら俺の近くに来る冬馬。特に大きな怪我はしていないようだが、所々に小さな裂傷があり、地面にはいくつものクレーターが出ている。
冬馬はすでに制御の指輪を外していた。二人を同時に相手取ってたとはいえ、指輪を外した状態での戦闘を強いられるとなるとやっぱり……。
「アイツ等も"異世界召喚された"って事だな」
「あぁ、間違いねぇだろぉ。因みに女の子の方が"リン"、男が"ゼル"って名前らしい」
「成程な……。奴らの武器は? 傷から察すると刃物系か?」
「いや、それより厄介だなぁ。――そら、来るぞッ!」
冬馬に連れられてその場を離れる。直前まで俺たちがいた地面に、刃のような形をした何かが突き刺さり、そのまま消えていく。
「今のって……もしかして魔力で出来た刃か?」
「ご名答ぉ。純粋な"魔力の刃"だ」
山全体から……ゼルっていったか。そいつの声が響いて聞こえる。これじゃあどこにいるのか判別できない。
つーか魔力の刃にするなら、普通に火の刃とかにした方が強――
「因みに魔力の刃より火の刃にした方が威力高いんじゃーとか考えてる黒髪。何かあるからこうして使ってんだろォ?」
くそう! ついに初めて会う奴にまで心読まれたよチクショウ!! もうそういうキャラでいいよ全くもうっ!! ばーかばーか!!




