暗躍
辺り一面中が砂や枯れ木で覆われている。遥か昔のこの地にて、"最悪の脅威"と恐れられたモノと、後の世にて"勇者"と称えられる者との戦いが行われたという。 その戦いは三日三晩にも及んだ末、見事"勇者"の勝利となり、世界は平和に包まれた。
しかし激戦の代償故か、決戦の地となったこの地に、緑が戻る事はなくなってしまったという。
"勇者"の物語は伝承として語り継がれていたが、いつしかその風習が消え去り、現代では御伽噺として世に知られているという。
その地に二人の人影が映る。
「へぇ、こーんな偏狭の土地に、そんな大層なお話しがあったなんて、俺っち全く分からなかったなー」
「無理もない。貴様が"こちらに来て"から数年しか経過していないのだから。今となってはその御伽噺ですら、目を通せる場所も限られている状態だ」
砂除けのためか、頭まで隠れるローブを身に纏っている二人の人物。話し方から、どちらも男性であると思われるが、固い口調の男は武道家の様な大柄な体格をしており、軽薄に聞こえる口調の男は、一般的な成人男性と変わらないような体格だ。
「おおよそ3000年前の話……だったっけ? そりゃー伝承も途切れるって話だってばよ。キリストも生まれる前じゃないか。聖お兄さんもビックリだぜ」
「貴様の言うモノは我には判らんが……。確かに、途方も無い話よ」
大柄な男は一度話を区切り歩を進める。それに着いて行く形でもう一人の男も後方へ続く。少々歩いたところで立ち止まり、胸に手を当てた状態で「だが」と大柄な男は話を続ける。
「彼の者たちの意思は心に残っている。それが我が成さねばならぬ事なのだと」
「……やっぱり何度聞いてもこの感想しか出てこないやー。――気持ちが悪いくらいに歪んでるねぇ、アンタの一族は……」
一歩離れてそう言う。大柄な男が振り向きながら「ムッ」と短い息を漏らすが、その様子を気にも留めずに言葉を続ける。
「だが、それがいい」
ローブの隙間から僅かに覗かせた口元を大きく歪めながら。
返す言葉が見つからなかったのか、それとも必要がなかったのか。大柄な男はその言葉に対して追求せず、踵を返して再び歩き出す。それに着いて行くようにもう一人の男も歩き出す。
数十分の無言が続き、男たちはとある岩へ辿り着く。大柄な男は、その岩を確かめるような手つきで撫で回し、もう一人の男へ向き直る。
「ついに見つけた。そう言いたいのかな」
「ああ、その通りだ。だが……やはり力がまだ足らんようだ。何も反応を示さん」
「そっかー。どんな事が起こるのかが見たくて、わざわざこんな偏狭までアンタに着いて来たのになー。骨折り損のくたびれもうけかなー」
「……その言葉も、"向こう"の言葉か?」
「そそっ。"諺"って言ってね。ざっくり言うと、状況を示すときに使う簡単な言葉みたいなもんだよ」
「そうか。簡潔と言うが、あまりそうは感じられない言い回しのような気もするが」
「そこは言わないでやってよー。そうやって言い伝えられてるんだからさー」
不意に大柄な男が動きを止め、そのまま空を見上げる。
「"閃光"だ」
「"閃光"ってもしかして【闇夜の閃光】かな? スゲーや超大物じゃん。どうすんのさ?」
「……今はまだやる時じゃない。このまま退くぞ」
「なーんだ、俺っちはいつでも行けるのになー」
「つべこべ言うな。早くしろ」
「へーいへい」
気だるそうに"転移"を唱える。魔法に包まれた男たちの姿は既になくなっていた。
男たちが"転移"して数分後、ギルド"精霊の涙"のギルドマスターであるナックと一人の女性が偏狭の地へ降り立った。
「やっぱ既に気配はなくなってやがるな。俺の魔力を感知してずらかった後ってところか」
「いやいやナッつん。アタシかもしれないよ?」
「アホ。臨戦態勢に入ってないお前の魔力なんて俺でも感知できんわ」
「なんだとーう! アタシだって帝なんだからなーっ! 学生時代と一緒にすんなー!」
「うるせーなーもう。……こんなんが【冷酷―氷帝】とか呼ばれる意味がわからん」
隣でぷりぷりしている【冷酷―氷帝】を視界から外し、ナックは空を見上げる――
「次は逃がさねぇぞ"ファレーラ"」
――敵を見るかのような鋭い視線で。