リュウとノエルと胸板と
目を覚ますと知らない天井だった。わりと長時間眠っていたのか、首を傾けて窓の外を見てみると、茜色の空が広がっている。魔力もそこそこ回復しているみたいで、動くことも問題なく出来そうだ。
「おや、お目覚めですか?」
「みたいだな。ダイゴーだいじょーぶかー?」
窓とは逆側に顔を向けると、手元に本を持ちながら椅子に座るリュウと、その隣に立つノエルの姿があった。よく見るとノエルの手には、水とタオルが入った桶のようなものが握られていた。どうやら二人が世話をしてくれていたみたいだな。
「あぁ、もう大丈夫だ。悪いな、世話になったみたいで。冬馬とか、他のみんなは?」
「いえいえ。トウマ君も先ほど起きて、今はレド君に支えられながらトイレに行っています。他の方は、時間も遅くなってきたので、先に帰宅してもらいましたよ」
「オレたち含めて、みんな結構心配してたから、明日にでも一言伝えてやってくれ。……特に――」
ノエルがそこまで切り出したところで、リュウが自らの人差し指を使ってノエルの口を押さえる。あれ?何でそんな恋愛物みたいな押さえ方なの?しかも男同士で。
「ノエル君。私たちの身も消されます。それ以上の発言は控えて下さい」
「――悪いそうだったな。軽率すぎた……。という訳でなんでもないんだぜダイゴ!」
「それはあれか、新手の振りかなんかか。気になって気になって震えるんだけど。なんだよ消されるって誰にだよ」
「リル先生とかですかね?」
「何でそこで疑問系で答えてくるのかな? 俺が聞きいてるんだよリュウさんよ」
「リル先生に消されるとかあばばばばばばば」
「お前は何の地雷スイッチを踏んだんだノエル!?」
「恐らくあれではないでしょうか。例の断末魔が響き渡ったあの日の」
「あぁ……」
確かにあの日、冬馬のやつも「今世紀の鬼を見た」とかなんとか騒いでたな。そして一言がリル先生に聞こえてさらにスゴイ事になってたな。……思い出すのはやめよう。俺は何もミテイナイキイテイナイ。
一通り茶番が終了したタイミングで、リュウが広げていた本を閉じる。「兎に角ですね」と続けたリュウは、そのまま立ち上がり、俺の方に少し近づく。
「皆さんが心配していたのは本当の事です。幸い怪我の程度はお二人とも軽いものでしたし、明日は支障なく動けるとは思います。しかし、現在はまだ治りかけの状態ですので、無理はせずに自室で安静にしていて下さい」
優しい表情ではあるけど、確かな真剣さを持った目でリュウにそういわれる。どうやら、このまま魔法の練習に向かおうとしてた事はバレてたみたいだ。
魔力も半分近くは回復したし、ちょこぉっとくらいなら動いても問題ないと思うんだけ――
「仕方がないですね。ノエル君。ダイゴ君を抱っこして部屋まで運んであげて下さい。勿論、お姫様形式の抱っこで」
「待ってくださいリュウさん! もう変なこと考えたりしないで安静にするから! 部屋に帰って一人ベッドでゴロゴロのんびり過ごすからぁ! お慈悲を! お慈悲をぉぉぉ! 辱めはイヤァァァァ!」
「フフッ。もっと早くそのお返事が聞けていれば、こんな事やらなくて済んだかもしれませんのに。……ノエル君」
いつの間にか上半身裸の状態になったノエルが、寝そべる俺に向けて進軍してくる。その目に光は宿っていない。待ってくれ! 色々と言いたい事はあるけど、何で上を脱いだんだ!?
恐怖のせいか、まともに立ち上がることが出来ずに、ベッドの上で何とか後ろに下がろうと試みるも、所詮はベッドの上。移動できる距離なんてあってないようなもんだ。
じわりじわりとわざと時間を掛けて迫ってくるノエル。そ、そうだ! コイツの説得をして、大ピンチを乗り切るしかない!
「ま、待てよノエル! お前だってイヤだろう? 男相手に……お、お姫様だっこ……するなんて、さ?」
ノエルの足は止まらない。
「おおお俺って結構重いからさ、多分お前でも、運ぶのは大変だと思うんだよね!」
ノエルの目に光は戻らない。
「そ、そうだノエル! 今度さ、俺もさ、覗きにさ、連れてってくれよな!? ほら、みんなで楽しみたいジャン!?」
ノエルは上着を着てくれない。
「無駄ですよダイゴ君。彼は今、私の為に動く忠実な玩具です。他の人の声は届きません」
そう言いながら自分の口元に紙切れのような物を持ってくる。それがノエルの弱みであると気が付くのに時間は掛からなかった。しかし、気が付いた時には既に遅かった。俺の目の前には鍛え上げられたノエルの胸板が迫って――――
◆ ◇ ◆
「――はっ!」
……知ってる天井だ。というか俺の部屋だ。ノエルたちの姿も辺りには見当たらない。……という事はさっきの胸板は夢――
「じゃないわよ」
「わっほう!?」
急に声が聞こえてきたもんだから思わず変な声が出てしまった……。ってさっきの声って。
「み、ミーナさん? 何故ワターシの部屋にいらっしゃるですか?」
「クラスメイトのお見舞いに来ている事がそんなにおかしいかしら? というか何? その喋り方は」
「い、いや、思いがけない訪問者にちょっと同様してた……。でもそうだよな、ごめん。あとありがとう」
「全く、調子良いんだから。……リーゴン剥いたけど食べるかしら?」
ミーナが剥いた果実……。リーゴンっていうのかそのリンゴもどき。
「ありがとう、頂くよ。――見た目もそうだけど、味もスゲー似てるな」
「貴方が以前いた世界にもリーゴンのような果実があったのかしら?」
「あぁ、地球だとリンゴって名前なんけどな」
「ふふっ、可愛い名前」
何だか久し振りにのんびりできているような気がする。遠足サバイバルから冬馬とのガチンコ訓練。こっちに来てから一番肉体を酷使した数日間だったからなぁ。そういえば他の皆は一体――
「――っ!!」
そこまで考えて、ミーナとの最初のやり取りを思い出した。思い出してしまった。
「どうしたの?」
俺の様子が変わったからか、心配した様子で俺の顔を覗きこんでいる。……かわい今はそうじゃない。
「ミーナ」
「な、何かしら」
「この部屋で最初に俺と話したこと……なんだけど、さ」
「最初の会話?」と言いながら小首をかしげている。どの会話だったのかが思い出せないようだ。
「ほら……。その、ノエルの胸板……」
「あぁ、カリエンテ君とフリューゲル君が貴方を運んできたのよ。……えっと、何故かカリエンテ君が上半身裸で貴方の事をお姫さ――」
「うわぁぁぁぁぁ!! やっぱり現実だったのかァァァァ!! イヤァァァァァ!!」
思い知らされた現実を前にして、頭を抱えて叫ぶ俺。その様子を「えぇ~……」という表情でみるミーナ。そんな混沌の空間は、俺が「ま、過ぎた事は仕方ねえ」と立ち直るまで続いた。